刃
走り去る2人を見送り、国綱は腰に携えた刀に手をかける。
「お、もうやる気? まだ姿も見えてねぇだろ」
そう言ってレオノールはおちゃらけた口調で国綱の肩に手を乗せる。そして、レオノールはそのまま体重を乗せて国綱を茶化そうとする。だが、国綱はレオノールの行動に全く動じず、目を閉じたまま刀に手をかけてじっと動かない。
「なぁ、そろそろ移動しようぜ。とっとと敵を見つけねぇと……」
「――いや、敵はもうそこにいるよ」
目で追うこともできないほどの神速。予備動作も、音もなく。ひたりと、首筋が冷たく感じるほどよ殺意。瞬きの間に抜かれた刃が、空を切り裂き、レオノールにまで届く。
国綱の刀は飾りではない。学園には「魔具」として届出を出しているが、実際は本物の真剣だ。極東の名匠が鍛造した2本の刀は、素人が振り落とすだけでも十分な凶器となりうる。
「っぐ!」
だが、国綱は獄蝶のジョカの元で剣術を収めている。ただの凶器を、己の武器にするための鍛錬を、何年も積んできた。タイマンなら旭に勝てる、という言葉はハッタリでも何でもない、整然たる事実だ。
刀の間合いに合わせて、咄嗟にレオノールは国綱から距離をとった。薄暗く館内を灯す明かりが、刃に反射してギラリと光る。まるで、獲物を狙う捕食者の眼光のように、刃がレオノールを見つめていた。
「他の連中なら騙せたんだろうけど、僕たちにそれは通じない」
「ちっ……」
「本物のレオノールなら、僕の言うことなんて聞きやしない。クラスメイトの名前もちゃんと覚えているはずだ」
「……はぁ、ダル。だからバウディアムスのガキには手を出したくなかったんだ」
見た目にはなんの違和感もない。身長も、口調も、性格も、完全にコピーされていた。何年も同じ時を過ごしていた国綱が、数分か共に行動してようやく気づけるほどの僅かな違和感だ。仕草、ホクロの位置、匂いまで、すべてレオノールそのものだった者が、化けの皮を剥がし、レオノールに化けていたオンナが顔を出す。
「じゃ、サクッと死んで」
開き直ったのか、
「……君、位置はそこでいいのか?」
「はぁ? 何言って――」
「そこはまだ、僕の領域だ」
目を離したつもりはなかった。事実、
”
接近戦は国綱の土俵だ。流桜は、国綱の得意とする接近戦を仕掛ける1歩目。独自に編み出したその歩法は、河に流れる桜の葉のように緩やかで柔らかい流動的な歩みだ。
姿勢を低くした国綱は
「”
「うっ……ざいなぁ! もう!」
空中に逃げた
「逃がすか……っ!?」
避けたはずのナイフは、国綱の服を貫いて地面に突き刺さる。引き抜こうにも、内部はかなり深く刺さっているようで、国綱は思うように身動きが取れ取れなくなってしまった。
「じゃあ、逃げさせてもらうね」
「くそ……待て!」
国綱が服を切り裂いて無理やり拘束を解いた時には、
「……エストレイラさんたちの!」
国綱は刀を鞘に収めて走り出す。国綱は自分の運動不足を感じたことはなかったが、自分の足の遅さを憎んだのはこの時が初めてだった。どうやっても、
「……お前は、偽物じゃないよな!」
「ったく、あんなパチモンに一瞬でも騙されてんじゃねぇよ」
国綱の隣で速度を緩めた稲妻は、レオノールへと姿を変える。声色、ホクロの位置、走り方、身長。どれをとっても先程までいたレオノールと相違はない。だが、国綱には目の前のレオノールが本物であるという確信があった。明確に言葉にすることはできないような、直感にも似た感覚だ。
「お前の
「言葉遣いに気をつけな。守ってくださいだ!」
その瞬間、国綱の「流桜」や抜刀など比較にもできないほどのスピードで稲妻が走った。
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