餅
「何をしている」
「おやつ食べてんの」
今日は1ヶ月に1度ある寮の見回りの日。通常業務を終え、アステシアは見回りの仕事をしているはずの獄蝶のジョカを尋ねて盤星寮に訪れていた。見回りの日だと言うのにまだ騒がしい寮内を歩き回り、アステシアは面倒事の気配を察していた。各部屋を見て周り、最後に食堂の扉を開けた時、それは発見された。
「何を食っている」
「え? お餅〜」
「仕事は」
「あ、忘れてた」
「これは没収だ」
「やぁんいけずぅ」
食堂では、大量の餅が皿に盛られており、獄蝶のジョカの前には焼き海苔と甘露醤油、きな粉まで用意されており、厨房からはほのかに餡の匂いがしている。
ガミガミとアステシアが獄蝶のジョカを叱っていると、厨房から赤い着物を来た小福がひょっこりと顔を覗かせて見ている。小福は様子を見て追加の磯辺焼きを皿に乗せて持ってきた。
「これ、よろしければどうぞ」
「小福さん。こんなやつの言うことを聞くことはありませんよ」
「そ、そんな! 私がしたくてやっているんですよ」
「そーだそーだ」
「お前は黙っていろ」
文句は言いつつも、アステシアは目の前で美味しそうな匂いを漂わせる磯辺焼きを頬張る。思いのほか伸びる餅に苦戦を強いられるアステシアを、ケラケラと獄蝶のジョカがバカにしている。だが、アステシアは最後まで気品さを保ち、口元すら汚すことなく餅を食べきった。
「美味しかったです。ノーチェスでこのような食べ物は見ませんが、一体どこで?」
「えっ! そ、それはぁ……」
小福がアステシアから目を逸らす。何かを察したアステシアは獄蝶のジョカを睨みつけるが、明後日の方を向いて無駄に上手い口笛を吹いている。
「……何か隠していますね?」
「な、んのことですかね〜」
「小福さん、嘘つけないでしょう。本当のことを言ってください」
アステシアが小福に詰め寄ると、小福は獄蝶のジョカに何かを目配せする。それをバッチリ見ていたアステシアは、再び獄蝶のジョカを睨みつける。もうほとんどバレているようなものだと、小福は根負けしてついに真実を言うのだった。
「ジョカさんに頼まれまして……裏ルートで」
「ジョカ!」
「ごめんなさ〜い!」
「こんなものどこから仕入れている!」
「仕入れてないよ。提供してもらってるの!」
獄蝶のジョカは厨房の方を指さす。厨房に意識を向けて耳を澄ませると、かすかに「ぺたん、ぺたん」という奇っ怪な音が聞こえてくる。アステシアが厨房に入り込み、死角になっていた奥の方を確認すると、そこには見上げるほど大きく膨れ上がった餅があった。
「……なんだこれは」
「あちゃ〜バレちった」
「説明を! しろ!」
「ちょっと、帽子取るのはなし!」
アステシアに奪われたとんがり帽子を取り返し、獄蝶のジョカは縮こまって説明を始めた。
「この子は「静か餅」。色々あってこっちに迷い込んじゃってたから、居場所を提供してあげたの。お餅はそのお礼」
「いつからだ」
「さっきだよぉ! ここに来る途中に拾ったんだから」
アステシアと獄蝶のジョカがそんな会話をしている間も、静か餅はぺたん、ぺたんと周期的な、どこか心地よいような音を立てている。小福になだめられながら、静か餅は徐々に萎んで小福と同じくらいの大きさで止まった。
「はぁ……こんな妖屋敷に生徒たちを住まわせて、何かあったらどう責任を取れば……」
「大事だよ。みんな無害で優しい子たちばかりだから」
「……姿の見えない相手に一体何を期待しているのか知らんが、私からすれば所詮は妖に過ぎない。お前のように平等に扱うことはできん」
「冷たいヤツだなぁ。お前は昔っからそうだ」
獄蝶のジョカには、妖が見えているわけではない。もちろん、アステシアにも妖は視認できない。聞こえるのは声だけだ。
「見えない妖を見るためだけに、よくもまぁ、こんな方法を思いついたものだ」
「天才だからね」
2人は妖を見ているのではなく、それ以外のすべてを認識しているのだ。食堂内に
「あ、あの……静か餅さんは、どうなるのでしょうか?」
「だってさ。どうするんだい? 副学長?」
姿は見えずとも、アステシアには目の前の小福が認識できる。表情は見えずとも、念話によって脳に伝わる言葉から理解できる。
アステシアは大の面倒くさがりだ。仕事はなるべくやりたくない。残業などもってのほかだ。だが、アステシアが仕事を断ることは絶対にない。面倒くさがりではあるが、受けた仕事は100%完璧にこなすし、そのためには残業も辞さない。
「……また、この餅を食べに来ます。よろしいですか?」
「っ! はい!」
アステシアの厳しさの裏には誰よりも深い優しさが隠されている。自分の仕事でもないのに、盤星寮の様子を見に来て、そこに住まう妖たちを匿っているのも、彼女の優しさだ。アステシアは、面倒くさがりの完璧主義者。大魔法使い、「月詠の魔法使い」にして、クラス・アステシアを束ねる教師だ。
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