天災

 かつて、東の果ての地に舞い降りたその災いは、今では「消えぬ厄災」と呼ばれている。人魔法を編み出し、発展してきた歴史に付随して起こった、人類が忌むべき汚点。大地を、人を、希望すらも悉く塵に還す、天より舞い降りし災い。人類はそれを「天災てんさい」と呼ぶ。



「とまぁ、中等教育ではこんな風に習っただろうけど、ここじゃもうちょっと踏み込んで学習してみよう」



 そう言って獄蝶のジョカが白いチョークを手にして黒板に言葉を書き連ねる。今モニカたちが授業を受けているこの教室は、獄蝶のジョカ本人が、極東の様式を真似て作った教室らしい。そこかしこから極東独自の文化を感じることができる部屋で、モニカたちは「魔法史」の授業を受けている。



「この天災が起きる理由だけどね、各国の研究者たちが何年も問題解決に取り組んでいるが、未だに本質的な解明には至っていない」



 天災が初めて起こった地は極東だとされている。だが、それも約1000年ほど前の出来事だ。モニカたち学生であっても、ここ最近では至る所で天災の情報を耳にしている。



「そして、この天災の発生原因として、現在1番有力視されているのが、魔素マナっていうやつ」


「悪性?」


「そう。私たち魔法使いは、自身の体内に巡る魔素と、そこら中に霧散し、浮遊している天然の魔素を使って魔法を行使しているわけだが……」



 魔法を効率的に行使できるように進化した人類は、体内にエネルギーを消費して魔素マナを作り出して全身に巡らせる器官を持っている。簡単に言ってしまえば、魔素マナ専用の心臓だ。魔素マナの巡りが止まることで死ぬことはないが、魔法の行使は困難になる。この器官は医学に置いて「第二の心臓」と呼ばれており、モニカたち魔法使いにとってとても重要な器官なのだ。



「重要なのは、私たちが天然の魔素マナを使ってしまっているという点だ」



 体内に巡る魔素マナと、天然の魔素マナを使い、魔法使いは魔法を行使する。そんなことは誰でも知っている、当たり前のことだ。だが、当たり前であるが故に気づかないことがある。



「私たちが使った魔素マナは、悪性の魔法マナとなって体外へ放出される。これが問題だ」



 少量であれば、悪性の魔素マナがあっても問題はない。むしろ、純粋に近すぎる魔素マナは却って悪影響を及ぼす。問題はそのバランスだ。



「魔法を使う機会が増えた昨今、この悪性の魔素マナ



 モニカたちは息を飲んで獄蝶のジョカの話を聞く。天災という恐るべき災い。その原因が、自分たちの行使する魔法にあるかもしれないとなれば、不真面目に聞く生徒の方が少ないくらいだ。



「天然の魔素マナは、ただそこに在るだけでその地の治安を維持できる。それはもちろん、社会だけではなく、自然的な意味でもね」



 だが、この悪性の魔素マナは違う。伝染するように天然の魔素マナに悪性を移し、伝播していく。



「そして、この悪性の魔素マナが一定数を上回った時……」



 天災が舞い降りる。


 教室はしんと静まり返り、カコカコと獄蝶のジョカが黒板に言葉を書く音だけが聞こえる。もう、ノートに内容を写している生徒など1人もおらず、みんな揃って獄蝶のジョカの言葉に耳を澄ませる。次の瞬間に獄蝶のジョカはゆっくりと口開いた。



「それと――」



 獄蝶のジョカが何かを言いかけたその時、狙い定めたように鐘の音が鳴った。物欲しそうに、物足りなさそうに生徒たちは獄蝶のジョカを見ていたが、面倒くさがりな魔法使いはその期待に答えようとはせず、パタンと本を閉じて言う。



「じゃあ、今日はここまで。質問があったら今日中に私のとこまで。お疲れさん」



 そう言うと、獄蝶のジョカはそそくさと教室を出ていってしまう。まるで、居心地が悪かったみたいに、逃げるように。モニカが不思議そうに首を傾げると後ろに座っていた旭が急に口を開いた。



「天災は、師匠せんせいの故郷と家族を奪ったんだ。そりゃ、話してていい気分なわけがない」


「そうなの?」


「「消えぬ厄災」じゃねぇけどな。極東じゃ、天災から逃れるために土地の奪い合いは日常茶飯事だよ。師匠せんせいはそれに巻き込まれただ」


「そう……なんだ」



 何かに思い耽るように、モニカはボーッと目の前を見つめている。この時、モニカが描いていたのがなんだったのか、知るものはいない。だが、いつか語られることがあるだろう。

 外では桜が散って枝だけになった寂しい木々が並んでいた。八重の桜を思わせるほど幾重にも重なった花弁が、窓から入り込んでくる。



「戦争、なくならないの?」


「ん? まぁ、しばらくは無くならねぇんじゃねぇかな」


「じゃあ、いつか私が大魔法使いになったらさ。止めに行くよ。極東まで」


「……いや、絶対俺がやった方が早い」



 モニカはポカポカと旭の頭を殴りながら、少し瞳を潤わせていた。それに気づくことなく、旭は1人教室を後にする。その背中を追うように、モニカもガラリと扉を閉めて教室を出ていく。まだ教室に舞い散る桃色の花弁が2人の世界を彩っていく。

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