断章 つめあわせ

嘘つきな君と

 夢を見ていた。キラキラ、キラキラと、目が潰れてしまう輝き、独り舞台に立つ偶像。声として認識できないほどの歓声と、イメージカラーで染められた観客席。ステージに立つ偶像は輝き、輝く偶像は溢れんばかりの声援を受けている。

 1番前の観客席に座っていた。偽物の笑顔が貼り付けられた自分を、哀れみにも似た感情で見つめる。



「輝けるのはだけだもんね」



 ポツリと呟いた言葉は、後ろから湧き出てくる声にかき消される。だが、吐き捨てられた言葉は確かに舞台の上の偶像に届いたらしい。ファンサもダンスも止めて、観客席に座るただ1人を見つめている。そして今度は、聴き逃しのないように、歓声にも負けない声で伝える。



にいない私を見る人なんてどこにもいない」



 ギュッとマイクを握っているが、笑顔は絶やさない。貼り付けられた笑顔が、気味悪くて仕方がない。



「いつまでそんなことしてるの?」



 今度は、ステージに立つ偶像が話しかけてくる。歓声は止まない。



「それが私のしたいことなの?」


「うん、そうだよ」


「……そう。じゃあはもう要らないね」



 パチリと瞬きをした瞬間に、たくさんのサイリウムとスポットライトで彩られていたステージが真っ暗になる。観客はもういない。1人取り残された観客席はがらんとしていて寂れている。先程までの熱気は冷めきって、冷たい空気が流れているようだ。



「貴女は必ず、またを求めるよ」



 ぽつんとステージに佇む偶像は言う。笑顔はなく、凍えるような表情をしていた。



「貴女は私がいないと生きられない」


「いいよ。貴女がいなくても生きられる私になる」



 くるりと振り向いて、明るい光の差す扉へ向かう。偶像は追ってこなかった。


 扉をくぐると、微かに何かの音が聞こえてくる。周期的で、心地よい時間を邪魔するような音が耳を刺す。また、瞬きをすると、今度目に映ったのは見たことのある木目の多い天井だった。



「……ヤな夢」



 アラームを止めて布団から出る。隣で気持ちよさそうに眠る桃色の髪をした女の子は布団にくるまって出てこようとしない。



「先に準備しちゃお」



 今日もいつも通り、長い黒髪にヘアアイロンを使っておしゃれにアレンジする。鏡に映る自分を見てボーッとしていると、夢のことを思い出してしまう。



(自分の夢見るとか、末期だなぁ……)



 ふわりと髪を揺らし、艶のある髪を靡かせる。



「うん、今日も可愛い!」



 メイクも済ませて、学園の準備をしていると、隣で眠っていた女が目を覚ます。小動物のような幼げな顔で可愛く欠伸をしている。



「ヴァンちゃん起きて〜」


「は、ひゃい……っ!」


「ほら、髪の毛ぼさぼさじゃん。毎日手入れしないとダメだよ〜」



 髪に櫛を通して、丁寧に髪を整える。



「じゃ、一緒に登校しよっか」


「い、いいんですか?」


「もちろん、ヴァンちゃんさえよければね」



 メルティは俯いて答えない。ふるふると肩を震わせているようだ。



「……な、なんで私に優しくしてくれるんですか」


「え?」


「私は、卑屈で、ドジで、馬鹿なのに……どうして」


「ヴァンちゃん」



 メルティの口に手を当てて、その後に続く言葉を無理やりせき止める。背中から柔らかで暖かい体を抱き締めると、メルティの体温が伝わってくるような気がした。



「私ね、メルティちゃんのこと好きだよ」


「ほ、本当ですか……?」


「メルティちゃんの魔法、私はすっごく気に入ってるんだぁ」


「で、でも、「嘘の魔法」なんて……」


「いいじゃん、嘘」



 メルティが振り向くと、そこには華のように咲く笑顔のソフィアがいた。魔法のおかげか、メルティの目に映るその笑顔は、偽りではないと分かった。



「知ってる? 嘘より誠実な愛はないんだよ」


「そ、ソフィアさん……」


「ヴァンちゃんはさ、自分のために嘘ついたことないでしょ」


「なんでそのこと……」


「素敵じゃん。ヴァンちゃんは誰かのために線を引けたんだね」



 ぽろぽろと涙を流すメルティを慰めながら、ソフィアは支度をしてバウディアムスへ向かう。独りではなく、隣には優しい嘘つきがいる。もう、鏡の向こうの自分のことを気にならなかった。



(いつか、迎えに行くよ。捨てられた



 ソフィア・アマル。過去を捨てた嘘を愛する少女。

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