恩讐の果てに
モニカたちが女子会で盛り上がっている中、旭はあることを調べるために冒険者ギルドに訪れていた。
「うぅ〜む……こりゃ見たことない鉱物だな」
「そっすか」
かつて冒険者として活動していたギルドマスターは、旭が八重からもらった「黒白の宝石」を手にして微かに喉を唸らせている。
「すげぇ宝石だ。俺は目利きが悪いからな……専門のヤツに声かけてみるか」
「すみません、お願いします」
「気にすんな気にすんな! うちを繁盛させてくれてるお礼だからな!」
大口を開けて高笑いをするギルドマスターが「黒白の宝石」を置いてギルドの奥へのしのしと歩いていく。2m以上あるギルドマスターは頭がつきそうな天井を気にしながら腰を低くして扉をくぐる。
(あの巨体でドワーフだってんだから、信じられるわけねぇよなぁ)
顔つきはよく見る顔の半分ほどを覆う髭づらだが、どうにもその体格のせいで本当にドワーフかと、旭は疑ってしまう。しかも、ただ巨体なだけではない。絵に書いたような筋骨隆々な肉体は、今でも全盛期ではないかと勘違いしてしまうほどだ。そのため、このギルドでは喧嘩沙汰が起きないどころか、ギルドマスターの見た目に怖気付いた冒険者たちが近づいてこないので滅多に冒険者は入ってこない。
しかし、どれだけ言っても、ギルドマスターが「ドワーフ」という種族であることに変わりはない。全盛期を過ぎているという話から、ギルドマスターは少なくとも200年ほど生きているであろうと旭は推測する。そのギルドマスターが「見たことがない」と言っているのだ。
「……にしても、どっかで見たことある気はするんだけどなぁ」
白と黒の宝石によく似た何かを、旭はどこかで見たことがある。だが、どれだけ思考を巡らせても、何かにせき止められてるような感覚がして思い出せない。あと一歩で思い出せる、もどかしい感覚がして、旭は眉間に皺を寄せる。
「何か意味があるんだろ、八重……何か、俺に伝えたいことがあったはずだ」
「黒白の宝石」はただの贈り物ではなく、何かの想いが込められた大切なものということだけは分かる。それは、モニカの気にしていた俗説などではない。正確な言葉ではないが、「黒白の宝石」からは八重からの助言、もしくは警告のようなものが、なぜか旭には伝わってくる。そして、伝えられる八重の言葉を、旭はなんとなく理解していた。
「なあマスター……復讐って、よくないよな」
「ん?! なんだ旭君、藪から棒に。そりゃ……まぁ悪いことではあるんだろうけどな!」
一度は肯定したギルドマスターが、言葉を続ける。
「でもな、ぶん殴ってでも言いたいことがあるってのは、いいんじゃねぇかな。そんだけ、相手のことを想ってるってこったろ!」
旭はその言葉に妙に納得した。ギルドマスターの言葉の通り、八重はソラを奪った人間に復讐をしようとしていたが、根は人間のことを愛している1人の妖だったはずだ。その理由までは旭は知らない。けれど、そこに並々ならぬ想いがあることはあの時しっかりと伝わってきていた。
そして、あの男もそうだったはずだ。人間の復讐から八重を守るために命を燃やした白髪の男が成した復讐にも、そこには八重への想いがあったのだろう。
大切なのは、そこに懸ける想いだ。
旭は何かを覚悟したかのように深くため息をつく。復讐は何も生まない。だが、復讐は何かを変えようとする意思から生まれるのだ。もう、旭は意思を持たない復讐に囚われた獣ではない。
「お、あったあった!」
がさがさとギルドの奥を漁っていたギルドマスターが、探し物を見つけてゴツンと天井に頭をぶつける。扉をくぐって現れたギルドマスターが手に持っていたのは、1枚の紙切れだった。
「これな、昔俺のパーティにいたやつの名前とギルドIDだ」
「……生きてんのかよ」
ギルドマスターが口をポカンと開けて肩を落とす。
「まぁ、別にこれについては後でもいいし、今日は帰るわ!」
ギルドマスターから譲ってもらった中身の見えるタイプの透明な貴重品入れに「黒白の宝石」をしまい、旭は冒険者ギルドを去っていく。落ち込んでいるのか、ギルドマスターは小さな声で旭を見送った。
(復讐ってことにしちまえば楽だったから、ずっとそれを理由に生きてきた。でも――)
今日、復讐心を糧にして生きてきた旭に、転機が訪れた。
(今は、それだけじゃない)
顔面に跡が残るくらいにはぶん殴ってやりたいと、今でも思っている。だが、それ以上に強い想いが旭を突き動かす。
(ちゃんと、話したい)
これは、15年の時を経て旭がたどり着いた結論。忌まわしき過去に告ぐ、旭からの宣戦布告だ。
(復讐のためじゃない。分かり合うために、俺は戦う)
藍色の空の下で、旭が空を駆ける。心做しか軽くなった身体を躍動させ、旭は満天の星とともに踊る。
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