焔の記憶

 揺れている。まるで焔のように、疑念と疑心で揺れている。考えたくなくて、目を逸らし続けていた事が、今更になって鮮明に記憶の底から蘇ってくる。何も考えず、言い聞かせるのも限界だった。



(この復讐に、意味はあるのか)



 旭の心に灯された焔は応えようとしない。当たり前だ。この焔は、そんな理由復讐から創られたのではない。何も知らず、ただ魔法にのめり込んでいたあの頃が懐かしく感じられるほど、焔は復讐に染まってしまった。

 焼け焦げた野原を見渡す。生命の気配はこれっぽっちも感じられなかった。あの日の戦いに手がかりがあると再び訪れたはいいものの、糸口は掴めない。



(駄目だな……雑念が多すぎる)



 何も考えたくなかった。それなのに―――



Buenos nochesこんばんわ.。また会ったね、騎獅道旭。こんな夜遅くに何をしているのかな?」



 その女は現れた。



「……誰だよてめぇは」


「忘れてしまったのかな? いや、みんな忘れるようにしたんだったか」



 旭は自分の「直感」を何よりも信頼している。言わば本能とも言い換えることのできる「直感」は、DNAに刻まれた人類の歴史体験そのもの。それは、己が感じ取るあらゆる危険から身を守るための情報の束。人間が生まれながらに羽撃く蜂の音を怖がるように、暗闇を恐れるように、忍び寄る蛇を警戒するように、旭の血に刻まれた「直感」がけたたましく叫んでいる。



おそれよ』



(今まで生きてきて、こんなヤツは初めてだ)



 身体を巡る魔素まそが沸き立つように熱を帯びる。



「おっと止めとけ。私は争いを好まない。話をしようじゃないか。そうさ、私に知らないことはない」


「胡散くせぇな。そんなこと信じられるかよ」


「そうかい? なら信じさせよう」



 女は無から傘を作り出す。雨は降っていないにも関わらず、黒い傘を広げてふわりと空を飛ぶ。



「君の復讐の相手はだろう?」


「‪”‬火炎かえん‪”‬」


「こらこら、そう怒るなよ。信じないと言うから答えてやったのに」


「お前は誰だ!」



 旭の生みの親。この世全ての悪。母への復讐を知っているのは、獄蝶のジョカしかいないはずだった。モニカにも、親友であるレオノールと国綱にさえも教えたことはない。だというのに、女はそれを知っていた。



「私かい? 私はさ」


「魔女?」



 女が口にしたそれは、魔法使いではなかった。けれど、大魔法使いでもない。魔女、魔女。旭は心の中で何度もその言葉を反復する。



。俺は、この女を知っている!)



 どこかで会ったことがある。今の会話を2回目だ。同じことを聞いた。同じことを話した。



(なんで俺は覚えてない!)



 思い出せない。魔法を創り出した理由も、使う理由も。復讐の理由も、その意味も。目の前で笑う、女のことも。



「強欲だな」



 瞬きの間に、女が旭の目の前に移動する。



「一度捨てたものを欲しがるなんて」



 女は旭のこめかみの辺りに手を当てて、ゆっくりと顔を近づけていく。



「いいよ。思い出させてあげよう。ただし、二度と



 憎しみを、怨みを。君は一生忘れるな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る