ズルいけど最強! ―2―

「今度はこっちにしようかな……」



 モニカは、寮生を探す任務という名の校内探検を存分に楽しんでいる様子だった。るんるんとした気分で廊下を歩いていると、ぴたりと周りから聞こえてくる話し声が途絶えた。モニカは自分の背後から感じる威圧感から目を逸らした。



「久しいな、エストレイラ」


「ひ、人違いじゃ……」


「ない。この私が一度決めた標的を忘れるものか」


(誰か助けて……!)



 少しくせっ毛のある茶色のミディアムヘアがモニカの視界の端に映った。振り向かずとも、漂う雰囲気が何者かであるのかを説明してくれる。ただそこに存在するだけで身が引き締まる。このバウディアムスの生徒を束ねる生徒会長。



「もしや、私が誰か忘れたわけではないな?」


「も、もちろん! エトゥラ生徒会長ですよね! それはそうと私仕事があるので……」


「まぁ待て。そう焦るな」



 フィスティシアはがっしりと肩に手を置き、逃走を試みるモニカを逃がそうとしない。



「人を探していてな。お前の力を借りたい」



 フィスティシアはにっこりと不敵な笑みを浮かべている。「力を借りたい」、という言葉からフィスティシアの思惑を理解したモニカはじりじりと後ずさろうとするも、どうやら拒否権はないらしい。



「いや、今のは建前だな……‪うん、正直に言えば、”‬奇跡‪”‬とやらを体験してみたいというのが本音だ」


「やっぱり……」


「まだお前への疑いは晴れていない。ここで1つ、お前がで合格を勝ち取ったということを証明してみてくれ」



 ざわざわと、外野が騒ぎを聞きつけて集まり始めたのを見て、フィスティシアはこっそりとモニカに耳打ちした。



「場所を変えよう。ここは人目につく」



 そして、モニカの楽しい校内探検はあっさりと終わりを告げた。

 モニカは迷いなく歩くフィスティシアの背中を素直に追いかける。やがて、風景は一変し、人気のまったくない、簡素な空き教室へとたどり着いた。もう使われていない教室だというのに、部屋は妙に片付けられており、不自然に並べられた3つの机が真っ先にモニカの目に入った。



「ここならそうそう人は来ないだろう。さぁ、私に‪”‬奇跡‪”‬を使ってくれ」


「や、やるのはいいんですけど、1つ問題があって……」



 2つ、モニカは‪”‬奇跡‪”‬に懸念を抱いていた。今まで、魔法の練習や実技試験で何度か‪”‬奇跡‪”‬の魔法を使ったモニカは、とある問題点が気になって仕方がなかった。



「私、まだ自分以外に‪”‬奇跡‪”‬を使ったことがないんです」



 ‪”‬奇跡‪”‬の魔法の全容を、モニカはまだ把握していない。ただ漠然と、「奇跡を起こす魔法」であると考えていたが、最近になってその考えは少し変わり始めていた。

 1つは、‪”‬奇跡‪”‬の代償について。どれだけ鈍感なモニカでも、‪”‬奇跡‪”‬を起こした時の代償について、気が付かないはずがなかった。奇跡を起こせば、その分の‪”‬災い‪”‬が降りかかる。今までは自分にしか使っていなかった奇跡を他人に使用した場合、‪”‬災い‪”‬はどこに振りかかってしまうのか。これが1つ目の懸念点。

 2つ目の問題点は、‪”‬奇跡‪”‬の魔法はモニカの思う通りの‪”‬奇跡‪”‬を起こせる訳では無い、という点だ。



「……つまり?」


「エトゥラ会長に‪”‬奇跡‪”‬を使っても、探している人と出会える‪”‬奇跡‪”‬かどうかは分からないってことです」


「私が望む‪”‬奇跡‪”‬とは全く別の‪”‬奇跡‪”‬が起きるかもしれない、ということか」


「はい」



 3秒。エトゥラが沈黙し、口を開くまでの時間は3秒にも満たなかった。



「構わん」


「…………え?」


「人探しは後回しでもいい。とにかく、私は‪”‬奇跡‪”‬をこの身で体験したいんだ」



 この瞬間、モニカはフィスティシア・エリザベート・エトゥラという人間を何となく理解できた。得体の知れない未知の魔法をと、言うフィスティシアに、モニカは少なからず親近感を抱いた。モニカも、フィスティシアは、人間として重要な要素を捨ててしまっている。


 


 これは、恐怖を克服した、という意味ではない。ただ、人間として持っていなければいけない、というごく自然な感情が欠けているという意味だ。人間として欠陥を持つ2人は、この欠陥と共に、魔法使いにとって最も大切な心得を理解した。



「不確かなものこそ、面白い」



 未知を恐れる必要はない。魔法使いにとってそれは、という希望なのだ。

 ‪


「じゃあ、いきますよ。どうなっても知りませんから!」



 ‪”‬星の奇跡ステラ‪”‬!



 薄暗く、寂れた教室が明るい光で満たされる。‪”‬奇跡‪”‬は星を巡る。モニカの放った星の奇跡ステラの光がフィスティシアの胸を貫く。そして、眩い光の余韻を残し、ゆっくりと消えていった。



「‪……これで終わりか?」


「えっと、そうみたい……です。多分、そろそろ―――」



 モニカはそこまで言って口を閉ざした。モニカは廊下の方を指さして、耳を澄ませる。フィスティシアも同じように耳を澄ませると、パタパタと誰かが廊下を渡る音が微かに聞こえてくる。

 ゆっくりと、けれど確実に、足音はモニカたちの元へと近づいていき、やがて教室の目の前まで来ると、ぱったりと音が止んだ。

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