大嫌い ―2―
「生徒会だ……」
誰かがそういったのを皮切りに、会場が揺れるようにざわめく。旭が感じたのは、そのざわつきの中に隠れた、空気を震わすような威圧だった。その瞬間、理性の働かない猛獣に睨まれたように体の動きが鈍る。人混みをかき分け、真っ直ぐにこちらにやってくるその気配を肌で感じながら、旭は汗を流す。そして、生徒会の2人は顔を出す。
「ようやく見つけたぞ。騎獅道旭、パーシー・クラウディア!」
「エトゥラ会長……声大きいです……」
「悪いなビアス、だが仕方ない! この2人を探して何十分歩き回ったと思っている!」
耳を塞ぎたくなるほど大きな声で嬉しそうに笑う彼女こそが、500名を超える数多くの魔法使いたちの中から選ばれた、バウディアムス魔法学園を代表する生徒。バウディアムス生徒会の会長。フィスティシア・エリザベート・エトゥラである。
「パーシー・クラウディアは実技試験以来だな! その様子だと合格出来たようでなにより!」
「首席合格、おめでとう。あとエトゥラ会長はもうちょっと声量下げてね」
「騎獅道旭は次席か! 私と同じだな!」
「もう……」
聞く耳を持たないエトゥラはマシンガンのように会話を続ける。想像していた威圧感とは微妙にズレた威圧を身に染みるほど感じるパーシーは少し押され気味になって話を聞いていた。対して旭は呆れたようにエトゥラの言葉を右から左に聞き流す。そして、その会話をしっかりと聞きながらも、どことなく違和感を感じているモニカ。やがて、モニカの違和感は確信に変わる。
(これ、私無視されてるやつだ!!!!)
パーシーと旭には挨拶をしたのに、何故かスルーされたモニカは、その時点から違和感があった。話を振るのは主にパーシーばかりで、先程から目線もあっていない。
「それで、本題に入るんだが……」
「フィス」
エトゥラが話を切り替えようとした瞬間、隣に立つビアスが低い声で制止する。ぴたりと、忙しなく動いていたエトゥラの口が止まり、ピクリとも動かなくなってしまう。
「貴方はバウディアムスの生徒会長だよ……そういうのは良くないと思うな」
「ぐぅ……だが」
「何、言い訳?」
氷のように冷たい言葉がエトゥラの胸に刺さる。ビアスが何を言いたいのか、分からないはずはなかった。エトゥラはちらりとモニカの方を見てため息をつく。その瞬間、つい数秒前までは爽やかな微笑ましい笑みを浮かべていたビアスの顔が一気に曇った。エトゥラよりも身長は小さいはずなのに、見下ろしているかのようにエトゥラを見ているみたいだった。観念したのか、エトゥラはモニカの方を見て、バツが悪そうに口を開いた。
「モニカ・エストレイラ。悪いが私は、君の合格に懐疑的だ」
「……え?」
「筆記試験の答案を見させてもらった」
その言葉を聞いて、モニカは記憶の中から思い当たる節を見つけた。誰が見ても、あの日、筆記試験に臨んでいたモニカは異常に見えるだろう。誰よりも早く、制限時間の半分にも満たない時間で答案をすべて書き終え、体調不良で退出。怪しまれないはずがない。しかし、それだけではなかった。
「結果から言うと、君の答案は
「そ、それの何がダメなんですか!?」
モニカよりも先に、パーシーがエトゥラを問いただす。筆記試験最優秀者、しかも全問正解ともあれば、モニカの友達として、それはむしろ誇らしいことだった。
「確かに、この結果は類を見ない素晴らしいことだ。生徒会長の私でさえ成しえなかったことを、君はやってみせた。それは尊敬に値する」
「なら!」
「だが――」
モニカは、やってはいけないことをやってしまった。それは、本人でさえ気が付かない深層の無意識であった。
奇跡
星の魔法に目覚めたあの日から、常にモニカが纏う輝きの星。モニカの周りを明るく照らし、正しい道へ、理想の未来へ導く希望の光。常時、モニカの意思とは無関係に働くこの魔法を、エトゥラは見逃さない。
「君は魔法を使った」
バウディアムスの試験において、「学園が指定した試験以外では、魔法の使用を禁ずる」というルールがある。これは、試験の不正行為を防ぐために存在している絶対の規定だ。しかし、モニカ含め、試験を受ける者は事前にこのことを知らされている。無論、モニカも魔法は使用していない。故意に使用したことはない。奇跡は、望まずとも、意識せずとも起こってしまう。
「これは不正だ。正さねばならん」
フィスティシア・エリザベート・エトゥラは、正義や法の原理に反したもの、不平等や不公平を嫌う厳格で厳正な人物だ。今回の出来事は、絶対ではない。モニカが魔法を故意に使った、あくまでもそういう可能性がある、という話だ。モニカの答案を見て、どの教師も頭を悩ませた。その上で、バウディアムスは「合格」という決断をしたわけである。悩み抜いた末に、曖昧な判決を下した。
だが、エトゥラは迷わない。ここでモニカを問いただし、もし是だと言うのならば、エトゥラは躊躇無くモニカの首を切り落とす。それだけの覚悟があった。ギラリと、極色彩の剣が顔を出す。ゆっくりとモニカの首に刃を突き立て、エトゥラは問答を続ける。もう誰にも、エトゥラを止めることなどできない。
「答えろ、エストレイラ。返答次第では、今この場で貴様を――」
はずだった――
「動くな」
バウディアムスの正門から、黒い制服を身にまとった、長い黒髪の女性が歩いてくるのが見えた。モニカにとっては、忘れられもしない、記憶から消えてくれない女の顔が、いつの間にか昇っていた月の明かりに照らされて青白く光る。その光に浴びると、エトゥラの背後に現れた極色彩の剣が、塵になって消えていく。
「あ、アステシア先生……」
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