実技試験 ―2―

「随分、好き勝手にやってくれたな、ジョカ」


「やだな〜、私に試験官を任せたのはアステシアだろ?」



 いつの間にか、アステシアが訓練所に現れ、2人の大魔法使いが顔を合わせる。まだ大した火種はないと言うのに、2人の間にはバチバチと火花が散っているように見える。悪ふざけとはいえ、大魔法使いの放つ圧に、パーシーは気圧される。それに比べて、パーシーと同時に青い蝶に選ばれたら男は、それを見ても涼しい顔をしていた。凛々しい顔つきではあるが、目の下にはクマができている。身長は180ほどだろうか、そこそこ身長が高い自信のあるパーシーも見上げて様子を見ている。男の割にまつ毛が長く、全体的に身体が細く女性的な体格をしている。なのに服の上からも筋肉質な体型であることが分かる。不思議な男だった。



(騎獅道きしどう あさひ……この青い蝶が私とこいつを同時に選んだってことは、今回の受験者の中じゃ、実力は私とこいつの2強って感じ?)



「いや〜君たちすごいね〜! 「獄蝶」があんなに食いつくところはなかなか見れないよ」


「……ありがとうございます」


「あれ、なんか素直に喜んでない感じだな〜」


「…………」



 パーシーが獄蝶のジョカに絡まれる。ニコニコとわざとらしく笑う顔は本心ではないのだろう。貼って付けたのが丸わかりだった。パーシーが受け答えに困っていると、アステシアの後を追うように、誰かが走ってくる。荒く息を吐いて、肩を上下しながら臆せずアステシアに怒鳴りつけた。



「アステシア先生! まだ筆記試験の採点の途中です!」


「ちょ、ちょっとエトゥラ、声……!」


「下がれビアス! 今回ばかりは黙っていられん!」


「ちょうどいい、お前たちも見ておいたほうが……」


「まだ仕事が終わっていません!!!」



 耳を塞いで聞いていないふりをする。まるで大きな子どもだ。エトゥラがパーシーに気が付き、息を整えて乱れた制服を着直す。



「……失礼した。私はバウディアムスの生徒会長、フィスティシア・エリザベート・エトゥラだ」


「ぱ、パーシー・クラウディアです……」



 そんな自己紹介を交わしているうちに、続々と青い蝶に選ばれたもの達が集まっていく。まだ、そこにモニカの姿はなかった。パーシーの心に不安が募る。もう、残りの青い蝶は数えられるほど少なくなっている。



「アステシア先生、今は何を?」


「ジョカの仕業でな、あの蝶を使って選別して数を減らすらしい」


「……例の生徒は?」


「あそこにいる」



 職員や、試験に関わった生徒の間で、モニカは一躍有名になってしまった。なにせ、最難関であるバウディアムスの筆記試験を30分で、しかも誤答はなく、をたたき出した史上初の生徒だ。モニカはあらゆる者から目をつけられ始めていた。

 だが、その本人が今はどうだろうか。モニカはその場にじっと留まり、諦めてしまったかのようにみえる。その姿を見て、エトゥラは心底落胆した。



「……やはり、あれは不正です。あんなものが、筆記試験を通過できたことすらのように思えます」


「であれば、次も起こすだろうな」


「……何をですか?」


「愚問だ」



 アステシアはにやりと笑う。エトゥラからすれば、この上なく気に食わない笑みだった。「お前は何も分かっていない」とでも言いたそうな目をして、見つめる。だが、アステシアが実際にそれを口に出すことはない。とことん他人に関して無関心、不寛容。そんなアステシアが一言、「面白い」といったモニカが、あのザマだ。他の受験者のように青い蝶を求めて抗うわけでもなく、そのくせ大した実力もない。だが、そんな考えは直ぐに覆ってしまう。



「空を見ろ」



 星が瞬く。エトゥラは、その輝きを見た。本来あるはずのない、七色に煌めく幾億もの星。そのすべてが、たった1人を照らしている。エトゥラは、あまりの輝きに耐えきれず、目を閉じてしまった。そして見逃す。モニカの起こす「奇跡」を。

 必要なのは、信じる心だ。モニカは集中して心を落ち着かせる。重要なのは、イメージだ。今までにないほど澄み渡った思考が高速で回転する。難しいことは何もない。



(私は、魔法使いだ!)



「奇跡」は起こせる。モニカに魔力マナが漲る。無数に光る星から供給される無限の魔力がモニカの身体を満たしていく。大魔法使いすら圧倒するその存在感に、誰もが惹かれていた。。そう第六感が囁く。これから起こることに、仕組みも論理もない。これは、ただ当たり前のように起こる「奇跡」だ。



「‪”‬星の奇跡ステラ‪”!!!!!‬」



 空を舞い遊ぶ最後の青い蝶。導かれていくように、ひらりひらりと空を泳ぐ。星の奇跡に誘われて、青い蝶はモニカの元へ飛んでいく。



「捕まえた!」


「なのです!」



 パーシーが胸を撫で下ろすと同時に、訓練所にわっ、と歓声が上がる。まるで何かのパフォーマンスでも見終わったあとみたいに、拍手まで起きている。モニカは何が何だか分からず、案内の通りに獄蝶のジョカの元へ歩いていく。すると、突然死角から誰かが抱きついてくる。腰の辺りをつかんで抱きつく癖がある。モニカの想像通り、そこにいたのはパーシーだった。



「やってくれたね〜モニカ〜!!!! 最初から最後このつもりだったの!?」


「う、うん。こんな目立つ予定じゃなかったんだけど……」


「やるじゃん! それにしても、また奇跡使っちゃって、何が起こるかわかんないよ?」


「あはは……また体調不良くらいならいいんだけど」



 ふわりと、突如足元を掬うような風が吹く。顔を上げるとそこには放棄に乗って空を飛ぶ獄蝶のジョカがいる。数匹の紅い蝶を飼い慣らして、獄蝶のジョカは魔女のように不気味に表情を変える。



「それじゃあ、選ばれなかった子は残念だけど、また来年ってことで」



 獄蝶のジョカがパチンと指を鳴らすと、モニカが瞬きをするよりも早く受験生たちが姿を消した。そこには、まるで最初から誰もいなかったかのように、人がいなくなる。



「この程度で一喜一憂しているようじゃ、まだ未熟だね。実技試験はだよ」



 再び獄蝶のジョカが指を鳴らす。その弟が鳴り終わると同時に、月明かりが遮られる。何かがそこにいる。そう確信すると、パーシーは振り返り魔法を放とうとする。しかし、パーシーの咄嗟の行動は獄蝶のジョカに止められてしまった。



「しー。振り返ってはいけないよ」



 小さな声で、内緒話でもしているかのように小さな声で獄蝶のジョカが忠告する。



の正体を暴いてはならない。それを見てしまえば、瞬時に姿を消し、人々の記憶からも朧に消えてしまう」



 しかし、この事態に動じず、なんの躊躇もなく振り返るものがいる。真白き願いからノーチェスに舞い降りた純白の妖。ソラ・エストレイラはそれを見た。まるで月のようにモニカたちを見下ろすそのの姿を。



「ど、どうしてあいつがここにいるのですか〜!!!!」



 朧月夜に現れ、人を巨大な影で飲み込むと言い伝えられる極東の妖。本来は子供ほどの大きさであるその妖は、人の背後に現れ、それに気づいて振り返ると、みるみる大きくなっていき、最後には影に飲まれた人を喰らうという。その名を――『見越し入道』



「さぁ、実技試験を始めよう。まずは説明から……」



 獄蝶のジョカは意気揚々と話を進めようとするが、モニカたちはそれどころではなかった。パニックになって膝から崩れ落ちる者や、忠告が聞こえなかったのかくるりと振り返り、姿を消されてしまった者もいる。しかし、そんなもの達とは相反して、冷静さを保ち、獄蝶のジョカの言葉に耳を傾ける者もいる。



「君たちの後ろにいるのはとある化け物だ。振り返れば「神隠し」……姿を消されてしまう。今から君たちには、その化け物をどうにかして倒してもらおうと思う」


「そ、そんな、できるはずないです!」



 誰かが叫んだ。だだっ広い訓練所を覆い隠すほど大きな魔獣。それも、振り返れば即ゲームオーバー。こんなもの試験ではない。ただの理不尽だ。納得できるはずがない。だが、ここはバウディアムス魔法学園だ。のことができないようであれば、そんな魔法使いに用はない。獄蝶のジョカは、苦言を呈した受験生に向かって残酷に言い放った。



「じゃあ諦めれば?」


「……あ」


「君たちは、魔法使いの何たるかをまるで理解していないね。無理? できるはずない? おいおいどうかしちゃったのかい君たち!」



 空を仰いで獄蝶のジョカが声を荒らげる。怒りにも似た感情を含み、空気を響かせる。そして、静まり返った訓練所に一言。重く、苦しい一言を投げる。



「魔法使いに夢見てんなら、いっぺん死んだ方がいい」



 魔法使いは血に塗れた絶望そのものだよ

 そんな言葉が聞こえた。


 そもそも魔法使いとは、太古の世界で、特別な力を持ったものが、一般人を守るために魔法を使ったことが始まりとされている。人々を脅かす恐怖から、危害を与える魔獣から、守ることこそが魔法使いの役割だったはずだ。それが、今はどうだろうか。



「お国のために人を殺し、時には殺される。日々意味もなく戦い、争う。魔法を使って、殺し続ける毎日だ。私たちはね、戦争の道具なんだよ」


「で、でも……」


「甘ったれてんじゃねぇ!」



 ビクリと、受験者の1人が身体を震わせる。底知れない魔力マナにアテられて足元がおぼつかない。やがて膝を落とし、そのまま気絶してしまった。



「この世界にあるのは希望だけじゃない! 相応の絶望がある! この試験に合格し、その先に待っているのは絶望だ!」



 アステシアは獄蝶のジョカを見上げる。そして、隣でもまた同じように空を見上げているエトゥラに向かって問いかけた。



「エトゥラ、なぜ、あいつがあそこまで怒るのか分かるか」


「……「夢」を諦めさせるためでしょう。ここに、そんなものはあってはいけません」


「ふっ……お前はよく分かっているな。だが、あの怒りはそれからくるものじゃない」


「……?」



 アステシアは、なぜか悲しそうな顔をしていた。これからの受験者たちの未来を悟ったわけでもなさそうで、今にも涙を流していまいそうな表情だった。遠い過去を思い出すように、アステシアは語り出した。



「あいつはな、戦争孤児なんだよ」


に巻き込まれたのですか」


「いや違う。人間同士の争いだ」



 愚かにも魔法ちからを振りかざし、脅かす。そうすることでしか、守ることができないから。海は枯れ、大地が砕け散る。火の海と化した故郷を、救うこともできず、ただ眺めていたあの頃を思い出してしまったのかもしれない。無力感。それが獄蝶のジョカを感化させたものの正体だ。



「少なくとも、あの頃のは希望を持っていた。奇跡を信じていたんだろうな」


「私たち?」


「……いや、話が逸れたな。つまりあいつは、「覚悟」が足りないという話をしているんだ。血に汚れ、殺し続け、腐っていく覚悟がな」



 勘違いを正すために言っておかなければならない。この物語は、希望に満ちた理想のような、美しい喜劇などでは決してない。どす黒い絶望と、目を逸らしたくなるほど薄汚いエゴの物語だ。そして――



「さぁ、彼、もう我慢できないってさ。試験スタートだ」



 そんなどうしようもない暗闇に、希望の焔を灯す物語でもある。

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