モニカ・エストレイラ ―4―
試験が始まっておよそ10分。モニカはある窮地に立たされていた。
(…………腹痛)
ついに試験が始まり、緊張感もこれ以上ないほど膨れ上がっていた。そんな中、モニカを襲ったのが腹痛だった。周りはまだカリカリとペンを動かしている。ソラに背中をさすられながら、モニカは小さくうめき声を出している。
(やばい……これ、多分……緊張じゃない)
この突然の腹痛は偶然ではなく、理由があった。モニカも薄々気がついているが、試験までの期間でモニカが習得した「星の魔法」には、副作用があった。
まず、モニカが使えるようになった「星の魔法」は奇跡を起こす魔法だ。滅びた生命に命を与え、未知の呪いを解き、自然に花々を咲かせる。不可能を可能にする、理を翻す魔法だ。もちろん、そんな魔法がリスクもなく使えるわけがない。
モニカが起こした「奇跡」は、同等の「災い」としてモニカに降りかかる。些細な奇跡では、些細な災いが起こる。例えば、「奇跡」を使ってアイスの当たりを出せば、その日は何度も石に躓いて転ぶ。小さな奇跡では、その程度の災いしか起きない。しかし、大きな奇跡では話が変わる。例えば、本来なら死ぬはずの高さから落ちても無事で済む奇跡が起きれば、どうなるだろうか。そんな奇跡が起きれば、別の要因で怪我をしたり、次の日には高熱を出したりする。このように、モニカの「奇跡」には、それ相応のリスクがあるのだ。
そしてこの日、モニカは無意識に奇跡を起こしていた。本来なら、回避できないはずの「迷路」の仕掛けをなかったことにしていたのだ。この「奇跡」は、テスト中に体調不良になるという「災い」に変わり、モニカを襲っていた。
残り時間はまだ30分もある。テストを放棄することはできない。だがこのままでは、モニカの体調が危ぶまれる。意を決して、モニカは試験官の男に小さな声で話しかけた。
「すみません……ちょっと、体調不良で……退出することってできませんか」
すると、試験官の男の態度が露骨に悪くなる。部屋に響き渡るほど大きな舌打ちをして、愛想悪く対応してくる。
「特別な理由がない限り、筆記試験を中断することはできません。残り30分、黙って試験に励みなさい」
「い、いえ……その……」
「なんですか?」
試験官はモニカを威圧するような態度で睨みつける。それは、試験を受けている他の受験者から見ても一目瞭然だったが、誰もが口を出せないでいた。なぜなら、ここはバウディアムス、最難関の魔法学園の試験場だ。万が一にでも難癖をつけられてしまえば、合格など夢のまた夢。最悪の場合、出禁になってしまう可能性もある。そのため、受験者の誰もは危険を冒そうとはせず、黙って筆記試験に臨むことしかできなかった。
すると、試験官の顔が突如として青ざめた。それだけではない。受験者のほとんどが驚くほど姿勢を立て直し、背筋を伸ばしている。どこからか、足音が近づいてくる。ガラリと、扉が開く。そこに立っていたのは――
「……様子を見に来ました」
(――っ! あの人は……!)
忘れるはずもない。モニカの呼吸が一気に早まる。身体が強ばり、声が出なくなる。忘れられるわけがない。そこにいたのは、あの日、ソラを探しにモニカの前に現れた、あの魔法使いだった。
「そんなところでどうしたのですか、先生」
(間違いない……あの人だ。バウディアムスの人だったんだ)
「あ、アステシア先生……どうやら、この受験者が体調不良のようでして……退出をしたいなどと……」
「……? させてやればいいだろう」
キョトンとした顔でアステシアは言った。試験官の男が予想していた受け答えとは違っていたようで、焦りが表情に出ている。しばらく試験官が黙っていると、アステシアは追い打ちをかけるように言った。
「体調不良だろうがなんだろうが、退出したいならすればいい。ただし……」
アステシアは続けて釘を打つようにモニカに言った。
「お前が再びここに戻ることはない。一度退出すれば、再度筆記試験を受けることはできない。それでもいいな」
それは、脅しのための言葉だったのだろう。それだけリスクのあることだと、アステシアは伝えたかったはずだ。制限時間はまだ半分しか経過していないのだから、本来なら躊躇うはずだ。しかし、モニカにその脅しは通用しなかった。自信満々で、モニカはアステシアに言った。
「大丈夫です! もう終わってるので!」
アステシアが目を見開く、それに見向きもせず、躊躇もせず、モニカは部屋を飛び出した。
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