第4話「二人ではじめて」

 翌朝、指定された場所でティタ姉と合流し買い物を始めた。

 役目としては主に荷物持ちである。

 必要な物はそろったので昼食を食べることにした。


「でも大丈夫なの?私も多少出せるけど?」


 フェイシスの買い物にかかった費用は全てリィドが負担した。


「大丈夫ですよ。俺は甲斐性のある男なんで」

「またまた、無理してもしらないわよ?」

「いいんですよ。先生との約束ですから」

「約束?」

「はい、先生が俺を助けたように、もし俺が助けれる人がいたら助けてあげるって」

「……そっか。じゃ、私も協力できることは協力するね」

「ありがとうございます」

「……」

「どうしたの?フェイシスちゃん」

「リィドのご飯の方が美味しい」

「あらあら」

「ティタ姉、今度フェイシスも絶賛する俺の手料理を食べに家に来ませんか?」

「リィドのご飯が美味しいのは知ってるので」

「くぅー」


 連戦連敗。


「ん?」


 地面がかすかに揺れた。そしてしばらくして遠くから悲鳴のような叫び声が。


「な!」

「きゃ」


 上空から巨大な魔獣が飛んできた。逃げようにも巨体で避ける場所がない。

 リィドはせめてみんなの盾になろうとしたが、フェイシスが前と進む。


「へ?」

『ドン』

「え?」

「これは、これはもしかしたら、リィドより強いかもしれないわね」


 その巨体を片腕で受けとめたのだ。


「強化魔術?」

「?」


 首をかしげるフェイシス。

 身体強化の魔術なしでこれだったら確かに身体能力はリィドより上だ。


「フェイシスちゃん怪我はない?」

「大丈夫」

「そうだ、フェイシスちゃんの記憶が戻るまでの間二人でギルドの依頼こなしたらどう?二人なら、もうちょっと額の良い依頼紹介できるようになるし」

「考えてみます」


 少女を危険地帯に連れて行くのは気が引けるが、この身体能力の高さなら問題ないのではと葛藤に揺れるリィド。

 ティタ姉が警備局に連絡しただのが、やってきたのは王国直属の騎士だった。

 この街はシェラザード王国の領土である。王国本土である王都は騎士が守り、王都から離れてる都市や町などは下部組織の警備局が警護している。


「私は騎士のエリル。近くこの街の警備局局長に赴任予定だ」

「ご丁寧にどうも。私はギルド所属のティターニアです。まぁ、今はプライベート中での遭遇だったのですが」

「俺はギルド所属のリィドです」


 相手が聡明で堅実そうなうら若き女性だったのでリィドのテンションが爆上がりする。


「この度は我々の不手際で迷惑をかけてしまい申し訳ない」


 エリルは頭を下げた。

 ギルド所属の二人は若干騎士自体のイメージはあまり良いものではなかったので驚いた。

 ギルドはある意味治外法権に近いため、国の組織と仲良くがないことがままある。


「あまり大きな声で言えないのだが、我々は今この近くで要人護衛の任務を遂行中でな」

「ああなるほど」


 それだけでティタ姉は理解したようだ。


「たまたま魔獣が接近したので排除したのが、少々力加減を誤りあらぬ方向にすっ飛ばしてしまったのだ」

「うわ」 


 浮かんだ光景にリィドは思わず絶句する。


「幸い貴殿らの活躍により人に被害は出なかったようで」

「そうですね。因みにこの魔獣の死骸は?」

「もちろん、我々が責任持って処理する。そのために私が駆け付けた次第だ」

「俺も手伝いましょうか?一応魔獣駆除の仕事を主にやっていて慣れてます」

「リィド殿、そこまでお手を煩わせるわけにはいかないさ。それにプライベートだと聞いたのでは猶更だ」

「はい……」


 華麗に失敗。


「今日はいろいろありがとうございました」

「ううん、頑張ってね」


 ティタ姉と別れ家に帰った二人。

 いきなり魔獣の雄たけびのような声が聞こえた。


「なんだ?」

「リィド……」

「どうしたフェイシス」


 フェイシスが弱弱しくリィドに助けを求める。


「お腹減った」

「あー、元気なお腹のことで」


 魔獣ではなくフェイシスの腹の音だったようだ。

 フェイシスはリィドの二倍程の量を完食した。


「フェイシス、非常に申し訳ないんだけどさ。記憶が戻るまでの間俺と一緒に仕事しないか?」

「うん、今日ティタ姉に聞いた。私も頑張る」

「そっか、ありがとな」


 フェイシスの食事量から、リィド一人の収入を考えると、かなり厳しい。

 今まではリィド一人だったので、依頼もそれなりに簡単のもが多かった。  

 そもそも、一人より複数人でチームを組んだ方がメリットが多い。

 報酬金は当然依頼の難易度が高ければ高いほど、額も大きくなる。

 難易度の高い依頼は好きに受けれる訳でない。実力や知名度がないと受けれなかったりする。

 なので、フェイシスとチームを組むことで受けれる依頼の種類が増える。

 

「お待たせしました、お二人におすすめの依頼はこちらですね」


 ギルド受付で、ティタ姉は依頼書をリィドに渡す。


「……」


 リィドは思考する。依頼達成のために必要な資金、危険度。主にフェイシスが危険な目に遭わないかどうか。

 そして、それらを上回る報酬金額かどうか。


「頑張る」


 フェイシスが受領してしまった。もちろん、リィドも受けるつもりだったが。


「頑張ってください」


 依頼の内容は隣町にある洞窟内の魔獣退治。

 洞窟は鉱物採掘のために開発されているもので、最近複数魔獣が出現たとのこと。

 数が多いため、リィド達だけではなく他にも三チームほどが依頼を受けており、合同依頼となる。

 目的地に着くとすでに、他チームが進入する準備を整えていた。


「リィドあそこだって行こう」


 リィドは小声でフェイシスに話しかける。


「ちょっとだけ待ってくれ」


 フェイシスは首をかしげる。


「俺はルテン街から来たリィドだ。今来たばかりなんで準備が出来次第行くのでお先にどうぞ」


 軽く手を振り洞窟の中に入っていく。

 皆消えるのを見て、フェイシスに話しかける。


「俺は基本的に罠で動きを止めて遠距離から矢で攻撃する」

「私が前衛」


 フェイシスはやる気に満ち溢れている。

 フェイシスの身体能力は軽く確認済みだ。拳は岩を砕くほどの威力。

 洞窟内なので、基本フェイシスが接敵したら、後方のリィドのところまで後退。リィドの遠距離攻撃。魔獣がさらに接近してきたらフェイシスが足止めし、その間にリィドが後退の繰り返しの戦法を取ることにした。


「今回は協力で洞窟内の魔獣を討伐すればいいんだから率先して倒す必要はない。報酬は貰えるんだから、そっちの方が楽でいいだろ?」

「分かった」


 卑怯ではあるが、誠実だけで金は得られないのだ。


「気を付けなくちゃいけないの魔獣は、マーダースレイブだな」


 マーダースレイブとは洞窟などに生息する魔獣だ。細長い紐のような体で鱗に覆われている。耳や目などがなく、大きな口に鋭い牙が特徴だ。その口から常に出されている舌で熱源を探り獲物を感知して捕食する。

 恐ろしいのは、牙からは体を硬直させる神経毒を有してることだ。


「それ以外は毒持ってる系はいないと思うからたぶん、大丈夫かな」


 魔獣の死骸が既に道中に転がっている。


「どこ行こうか」


 五本の分かれ道が現れた。先行したのが三チーム。運がよくなければ、誰も通ってない道だ。


「こっちは?」


 フェイシスが指指す。


「そうだな」


 ここまで戦闘はゼロ。さすがに多少は貢献しないとまずいので、誰も行ってなそうな道を行くことにした。

 しばらくすると、マーダースレイブ三体と遭遇した。


「フェイシス、ここにワイヤー張ったからジャンプしてくれ」

「うん」


 フェイシスが引きつけ後退。マーダースレイブが追いかけてくる。


「よし、一体かかった」


 片方に矢を射る。

 さすがに近距離なので外れはしない。


「よいしょ」


 負傷したマーダースレイブに蹴りを放つ。刺さった矢がさらに深く刺さる。

 残りも同じように処理した。


「怪我ないか?」


 近接戦闘は気づかないうちに怪我をしてることもある。相手が毒を持っているとかすり傷でも致命傷になりかねない。


「大丈夫。これ美味しい?」

「無理だな。こいつの皮は売れるけど身は売れないし」


 身は毒のせいで食すことは難しい。


「……」

「どうした?」

「なんかこの奥嫌な感じ」

「……注意して進もう」


 特になにも起こることなく、広い空間に出た。


「……」


 リィドは立ち止まり天井を見上げる。


「行かないの?」

「……ここに罠をしかけよう」

「罠?」

「ああ。ここを進むにはあの細い道を通る必要あるだろ?マーダースレイブより厄介なのと遭遇したら、ここまで戻って戦ったほうが広いしやりやすいだろ?」


 そのついでに罠を仕掛ければ成功率はさらに上がる。

 リィドは少し地面を堀り、魔法石の欠片を埋めその上に魔術式を書く


「お待たせ。気を付けていこうか」

「風が冷たくなってきた」

「地下に続いてるからかな。気温が低いんじゃないかな」

「リィド、何かいる」

「……。フェイシス、ゆっくり、ゆくっくり後退しよう」

『がぅっ』


 リィド達の倍くらいある巨大な魔獣が立ち上がり、追ってきた。


「さっきの所まで戻るぞ」

「あれは何?」

「ダニーグリーだ。肉食で人間も食べる時もある狂暴なやつだ。爪は厄介でまともに食らえば、切り裂かれる」


 リィドも人生で一度しか倒したことのない相手だ。しかも、罠で動けないところに、集中攻撃してだ。


「起動」


 先ほどの広い空間まで無事戻り、罠を起動する。

 地面が隆起し、土の針がダニーグリーの足に刺さる。


「よし、このまま逃げ……」


 洞窟の外に出るまで追いつかれない可能性、出た後の対処。

 ここで戦闘した場合。どちらが最善か。


「リィド倒そう。この子ついてきて、外に出たら大変じゃない?」

「……そうだな」


 リィドは魔術式を起動し、長剣を取り出す。


「これ使ってくれ。さすがにあれを素手じゃ厳しいと思う」

「分った。振ればいいの?」

「ああ。思いっきりな」


 フェイシスがダニーグリーの腕の振り下ろしをかわし、剣で斬りつける。リィドはダニーグリーの背後に移動し矢を射る。


『ぐがっ』

「よし」


 リィドの矢がダニーグリーの足に刺さった。

 注意を引くときは広い胴体に。ダメージを狙うときは足を狙って射る。

 魔獣の機動力を削ぐことがまずは第一だからだ。


「とりゃー」


 フェイシスの一撃がダニーグリーの胸部を斬った。 

 ダニーグリーは地面に倒れこんだ。


「よし、なんとかやれたな。大物を討伐したし一旦戻ろうか」

「うん、分かった」


 ダニーグリーの絶命を確認し、仕掛けた未使用の罠を回収しに行く。


「リィド危ない!」

「え?」


 魔術を使用していないのに、リィドにはその光景がとてつもなく長くゆっくりに感じた。


 死んだはずのダニーグリーが起き上がり、その腕を振り下ろした。

 そして、横からフェイシスが割り込み剣で受け止める。


「きゃ」


 攻撃を防いだが、衝撃で刀身が折れた。


「フェイシス!」


 そして、がら空きになったところに二撃目を胴体に貰い、フェイシスは吹っ飛ばされ壁に叩きつけられた。


「くそ」


 何故攻撃されたのか。生き返ったのか。


「こっちだ!」


 リィドはダニーグリーの攻撃が当たらないぎりぎりの距離を保ち矢を放つ。

 フェイシスに注意を向けさせないためだ。


「フェイシス大丈夫か?」


 リィドは攻撃を紙一重でかわすが、かわすのに集中して攻撃する暇がない。

 リィドはじわじわと壁際に追い込まれていった。

 とうとう逃げ場がなくなった、


「よし」


 リィドは罠を作動させた。これはまだ未回収のものだ。

 足止めに成功したのでリィドはダニーグリーをすり抜け距離を取る。


「食らえ!」


 ありったけの矢を射る。数本がフェイシスが斬りつけた傷に刺さる。


「まだ動くのか……」


 ダニーグリーは先ほどまでの動きとは変わってよろよろしながらもまだ、リィドを狙っている。


「リィド大丈夫?」

「フェイシス!よかった……」


 フェイシスが戻ってきた。


「フェイシスこそ怪我は?」

「大丈夫。服がちょっ破けただけ」


 頼もしいばかりの身体能力だ。


「よし、じゃ逃げよう」


 正体不明の敵である。一度情報を精査したほうがよい。


「ダメだよ、あの子をこのままにしちゃダメな気がする」

「……同感だが、残りの矢がもう少ない。それに、フェイシスも武器がないだろ」

「剣よりこっちの方がいい」

「ん?」


 フェイシスはグーを突き出す。


「……そうか。分った」


 あの攻撃を受けても傷一つない体。そこら辺の武器より強靭だとリィドも覚悟を決める。


「俺が注意をそらすからその間に一撃を決めてくれ」

「分った」


 リィドは左に移動し、矢を放つ。

 狙い通りにダニーグリーがリィドの方を向く。

 フェイシスは一気にダニーグリーの懐まで接近する。


「とr……くちゅん」

「へ?」


 魔術を使用していないのに、リィドにはその光景がとてつもなく長くゆっくりに感じた。 


 フェイシスがくしゃみをした。

 爽やかな風が吹き抜けた。比喩などではない。本当に風が吹いたのだ。

 そして、ダニーグリーが倒れた。

 そして、リィドの服が脱げた。 

 そして、フェイシスの服が脱げた。


「ちょ、え?な」


 服が脱げた。一糸纏わぬ姿だ。服はひらひら舞って地面に落ちた。

 急いで服拾い着る。


「ふぇ、フェイシス服着て服!」


 見ないようにしたいが、ダニーグリーを監視しないとまずいので意識しないように、必死に自身を滅却する。


「もう大丈夫みたい」


 ダニーグリーは完全に動かなくなった。

 フェイシスは服を着た。


「まさか、フェイシスのくしゃみで服が脱げるなんて……」

「ごめんね」

「いや、半分はご馳走様ってダニーグリーが倒れたしな」


 そちらはくしゃみが原因かは定かではないが、起きる気配もない。


「じゃ、解体するか」


 魔獣駆除の依頼は魔獣の死骸を証拠として持ち帰る必要がある。

 小型なら、丸々でも持って帰れるが大型になるとそうも行かない。依頼人が丸ごとを希望なら持ち帰れるように道具は魔術具を用意するが今回はそうではない。

 なので、一部を持って帰り、後は埋める。

 二人は洞窟から脱出した。

 他のチームはまだ誰も戻ってきてないようだ。帰る訳にもいかないので待つことにした。


「そうだ、一緒に木の枝とか拾ってくれるか?」

「何に使うの?」

「矢に使う」


 リィドの生活の知恵だ。

 市販の矢を買えば買うだけで使える。しかし矢は消耗品だ。矢を射るということは金を投げつけてるのと変わらない。

 なので、魔術式を用いる罠以外の罠はリィドのお手製だ。素材は家の近くの森で集めて作る。すると、費用ゼロで武器が作れるわけだ。

 リィドは魔術は得意ではないので、複雑なことはできないが簡単な強化魔術は使えるので、それを使って強度をあげている。

 しばらくして他チームが戻ってきた。

 結果的に皆無事に生還し、大半が小型の魔獣を大量に駆除したとのことだ。 

 状況共有も終わったので帰ることにした。


「依頼完了したので、鑑定お願いします」

「ご苦労様です。……まさか、ダニーグリーが出るなんてね。でもさすがですね、洞窟内で負傷もなく駆除完了なんて」


 リィドは周りに聞こえないように、小声でティタ姉に相談する。


「ちょっとこの後時間いいですか?」

「?」


 ティタ姉はいつものお誘いかと断ろうとする。


「今日の依頼について、ちょっと相談したいことがあって」

「……分かったわ。」

「ありがとうございます」

「こちらが報酬金になります。で、ダニーグリーの毛皮の買い取りはこちらで」

「ありがとうございます。帰って風呂だな。フェイシス」

「ご飯は?」

「その後な」


 家に帰り、フェイシスが風呂に入っている間にティタ姉が訪ねてきた。


「で、要件は何かしら?」


 リィドはダニーグリーの不可思議な現象を説明した。


「……一般的に考えるとすれば魔術師が死体を操った。次に、ダニーグリーに悪魔が憑りついて動いた。で、肉体限界が来て倒れた」

「でも、近くに魔術師はいなかったと思います。それに意味が分りません」

「確かにねー。そしたら、悪魔の線だけどそれも低いとは思うんだよねー。だって悪魔からしたらすごい低級の魔獣に憑りつくなんて基本はないだろうし」

「同様の報告ってギルドに上がってきたりしてません?」

「そういうことね」


 ティタ姉は自分が呼ばれた意味を理解した。


「私のとこでは一切ないわ。一応、他の所のデータ見てるわね」

「すみません、ありがとうございます」

「いいのよ、ある意味これも私の仕事だしね。ゆっくり休んでね、お疲れ様」


 ティタ姉は帰っていった。 

 そして、フェイシスは相変わらずとんでもない量を平らげたのであった。

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