第181話 食欲の秋、茸の秋。

 茸のシーズンだそうだ。うん、すっかり秋ですね。

 この世界でも、茸には食べられる・食べても美味しくない・毒、といろいろ揃っている。美味しい物が多いけれど、毒キノコは割と強烈、らしい。あるあるですね。


 なーんて、軽く思ってた時期もありました。


「なんで、知ってる人が確認する前に食べちゃったのかしらねえ?」

 お小言の相手は、サーシャちゃんとカナデ君だ。ワカバちゃんは見た目で回避していたのでセーフ。

 うん、食っちゃったんだ、毒キノコ。といっても、命に別条はない。一切ない。

 ただ、全身の肌が綺麗な、でもかなり毒々しい紫に染まってるだけだ。本当に、それだけ。

 毒キノコが強烈って、毒がえぐいだと思ってたんだけど。強烈なのはクセのほうだった。


「こんな状態異常があるとか、知らなかったんだよ……」

 しょんぼりとした様子で、カナデ君。


「うちの世界だと食える茸だったんだよ……」

 ほぼ同種の茸が存在していて、そっちにはこんなけったいな機能はなかった、とサーシャちゃんがぼやいている。

 成程、ほぼ同種のデータを持っていたせいでの、誤鑑定か。サーシャちゃんの鑑定は簡易タイプで、知識として知ってるものしか鑑定できないんだけど、それが仇になったのね。

 ちなみにここは、ハルマナート国東岸に近い、キャンプ場の受付の建物だ。ええ、この国こんな施設もあるんだわ。近くを通る常連さん達がこっちを見るや、ぷぷっと噴き出したり、吹き出しそうな顔で慌ててそっぽを向いている。成程、此処の常連なら皆知ってる茸なんだな?


「黒髪ってひょっとして異世界人?君らでもプルプル茸に中るんだねえ」

 好奇心マシマシの様子で寄ってきてそう言うキャンプ場の従業員のお兄さんは、薬を持って来てくれていた。

 あのちょっとどぎついムラサキシメジみたいな茸、プルプル茸って言うのね。


「放っておくと一週間くらい色が抜けないから、これ、無くなるか色が抜けるまで、一回に二粒飲んでから汗かく程度の運動してお風呂、を一日三セットくらいやっときな。それで色抜けが二日くらいに短縮できるから」

 はぁい、としょっぱい顔で薬の包みを受け取る紫色の二人。

 色がつくくらいなら、罰として放置でもいいんだけど、この紫に染まってる状態だと、刺す虫が大量に寄ってくるというので、慌てて薬を頼んだという次第。虫の群れは、アスガイアで、懲りました!

 それでも色が抜けるまでの二日間は、せっかくのキャンプなのに、外出禁止です。うん、びっくりするくらい虫が何処からともなくやってきてですね……刺すのも、刺さないのも。まあだいたいは従業員さんがここぞとばかりに一網打尽にしてくれてたけど。手慣れてたから確認してみたら、ワンシーズンに何人かは、必ずやらかすここの風物詩だそうだ。笑ってた人たちの中にもきっと経験者がいたに違いないな!


「魔法でなんとかならないのー」

 カナデ君がしょんぼり顔であたしに聞いてくる。


「薬の作用がどうかにもよるけど、状態異常回復系の魔法は基本ないし、そもそもこれ単体は、厳密にはカテゴリ的にも毒じゃないみたいだから、ちょっと無理ねえ」

 薬の作用が発汗や代謝を促進するタイプのものなら、普通に回復魔法で後押しできなくもないけどねえ、どうだろう。

 そしてこの紫色は、どういう理屈でか、虫寄せのマーキングとしてしか機能しないものなので、直接身体に害があるわけじゃないから、毒にも分類されていない。なお何かに使えないかと研究した人がいて、試しに海に撒いたらフナムシに集られた、という、笑っていいのか笑えないのか微妙な話がありましたよ……フナムシかー、カニならまだ実食イケたんだろうけどなあ。


 そもそもこのキャンプ場を訪れたのは、食用の茸の判別を覚えたいって話だったんで、他の人たちに相談したら、ここの売りが秋の茸だ、というからだったのだけど。

 習ってからならともかく、習う前にやらかすとかほんとダンスィ達は!

 サーシャちゃんは見た目というか身体的には女の子だけど、ナカノヒトは多分ダンスィなのよねえ……たまに忘れてて、こういうことが起きると再確認する感じなんだけど。

 エルフっ子のシェミルちゃんとティスレ君は、食べられる茸だけ初回から綺麗に選んでて、教師役の従業員さんに、めっちゃ褒められてえっへん顔してたんだけどなー。

 ちなみにこの子達の場合、ティスレ君が植物魔法で判定してるというズルをちょっとだけしている。そのうえで、ちゃんと教えられたとおりの判定方法も試してるから、もとから慎重な性格なんだと思う。

 生活の厳しい隠れ里育ちだからだろうけど、この二人は食べ物の確保に関しては、もう教わりたいレベルで安定感があるのよね。まあ南方にしか生えていない植物だと、ティスレ君の魔法が頼りになっちゃうんだけど、それでも魔法で判別ができるってのは、大きいよね。

 今回のあたしたち一行の中で、一番食べていける、という意味で生活力が高いのはこの二人だ。次点はサーシャちゃんだけど、今回の件でちょっと株が落ちたでござるよ……

 あたしは食料確保は文献資料の記録が頼りなので、類似品が多いとちょっと判断には苦戦してしまう。記録してる資料も、写真じゃなくて絵だし、自然はそこまで厳密に全く同じ形態の生物を生やしているとは限らんのよ、特に茸は。


 まあフィールドには笑い話には死んでもならない、ガチの食ったら死ぬよ系毒キノコも存在するので、覚えるのは非常に大事です。ええ、カナデ君がもう一個、それ系のマジ毒キノコを間違えて採取してたのでボッシュートしました。

 ……うん、あたし、そういう命に別条がありまくる系の毒キノコの方は、検索ベース君が判定してくれるんだわ。さっきのプルプル茸には無反応だったから、直接健康被害が出る奴しか反応しない感じですね。


「この紫って染料にもならない感じなんです?」

 焼かれても見事な紫色の茸の傘を、ちょっと前にバーベキュー網の上から摘みだしたものを指して、薬を持って来てくれた人に聞いてみる。


「色素そのものに虫寄せの性質があるとかで、無理らしいですよ。紫に関しては別の、もっと安価で安定供給されている、安全な染料がありますしね」

 成程、もとの選択肢が多いか。この質問も多いんですよねえ、色が鮮やかなせいでしょうけど、と従業員さんは笑って戻っていった。



「カーラちゃーん、こっちに来てるって……うっわあひっどおおい?!」

 何故か突然現れたサクシュカさんが、紫色の二人を見て笑いを堪えるような、何とも言えない顔になったキャンプ場二日目の朝です。

 まあキャンプといっても、初日に紫色被害を受けたんで、コテージ的な小屋を借りてるんですけどね……


「笑いたきゃ笑えよぉ……」

 二日目だとまだ全然色落ちしていないので、相変わらず見事な紫色のサーシャちゃんがぶーたれ顔でそんなことを言っている。カナデ君は無言でしょんぼりしている。顔真っ赤なのかもしれないけど、紫の色素のせいで判らないんだな、これが。


「自業自得ですからねえ……」

 お昼には採取した茸はまだ食べちゃダメって言われてたのに、と、こちらは基本的に行動は優等生なワカバちゃん。


「あーあープルプル茸かー!あれ、私たちですら誤食すると染まるからねえ!ちなみに私たちが化身できなくなるタイプの状態異常だから、地味に重い奴よ。流石にこれが直接の死因になることは絶対ないけど」

 思ったより重篤な状態異常だった。びっくり。

 薬は貰って使用中だと言ったら、ちょっと安心した顔になった。心配してくれてありがとう、そしてうちのダンスィ共が、済まぬ。


「知られてるという事は、誰かが食べたんですね?」

 ふと気づいてしまったので、質問してみる。いつもの二十人兄弟の誰かかしら?


「……マグナス兄上よ。まあ子供の頃の話なんだけど」


         は   ぃ    ?


 思わずたっぷり一分固まったのは、仕様です。マグナスレイン様???

 いや、子供の頃だから、子供のやることならまあ、ノーカン、で。


「兄上もああ見えて、割と食い意地が張ってるタイプだからね……種族的に燃費悪いってやつだから、しょうがないんだけどねえ」

 サクシュカさんの口ぶりだと、なんか他にも色々食い意地エピソードがありそうだけど、敢えて聞くのはやめておいた。本人もそれ以来、普通の紫色の野菜まで警戒するようになったそうなので、トラウマらしいよ……


 その後は、外出禁止分を延泊したキャンプ場での休暇と茸判別研修は何事もなく、無事に終わった。

 流石に毒キノコで天丼やらかす勇者はいませんでしたね!

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