第93話 宿屋のきょうだい。

 それにしても翼人の姉にライオン獣人の弟?と思っていたら、その間の弟さんというのが、まさかのドワーフさんが出てきてびっくりした。厨房に髭もじゃの小柄なのにガタイのいい人がいるなあとは思ってたんだけど。なお旦那さんは人族の人だった。

 男性が厨房な理由は、フェリスさんが種族特性で匂いと甘味は判るけど、辛みが判らないから、という、割と切実な理由でした。そういや唐辛子って鳥だけに喰わせたいから辛くなったって説があったなあ、なんてことを思い出すわね。


 で、ライオン兄さんが吹っ飛ばされてた理由は、週の半分も過ぎてないのにお小遣いをねだりに来たから、でした。そりゃ吹っ飛ばされてもしょうがないな……あのガタイで未成年だったのはびっくりだけども。


「まああいつ、ガタイがでかいから、しっかり食わなきゃいけないのは判るんですけどねえ、買い食いが過ぎるんですよねえ……」

 フェリスさんがため息をつく。

 フェリスさんたちは全員、この宿の先代の養子さんなんだそうだ。で、翼人と人族とじゃ子供は生まれないそうなので、弟たちの結婚相手次第じゃ、また養子ねえ、と笑っていた。


(ああ、やっぱり彼女、結婚しなかったんだな。先代も随分な美人だったんだが、如何せん種族が、なあ)

 どうやら先代時代にここに来たことがあるようで、ランディさんがそんな念話を送ってきた。

 って種族?そんなレア種族だったんですか?


(ここの先代は、ハイオークだったんだよ。ゴブリンの二段進化なわけだけど、ハイオークまで進化してしまうと、ゴブリンとは子供が作れないそうでね、そのくせ人族とも無理だし、寿命の短い種族の自己進化は条件が他より更に厳しいから、普通のオークですら結構レアだし、流石にいいご縁がなかったようだねえ)

 へえ、ハイオークかあ。で、美女。オークさんまでは図版で見たことあるけど、ハイオークの図はなかったのよね。なかなか想像が付かないな?


(ハイオークになると、肌の色以外はほぼ人族と変わらないよ、あとは耳がちょっと長いくらいさ)

 そういえばイードさんの蔵書で見たゴブリンさんも、耳は長かったわね。そこと肌の色が共通なのか。


 そういえば、食堂の壁の上のほうに、数枚の風景画に混じって、肖像画が一枚掛かっているわね?あ、ほんとだ、緑色系の肌の、髪の毛のない、でも意志の強そうな、なんていうか目力のある結構な美女が描かれているじゃないですか!


「ああ、あの絵が先代ですよ。あたしがここに来たくらいの頃に、風景画を描くために旅行してるって絵描きさんが来ましてね、他の絵と一緒に描いてくれたんです。

 先代はハイオークっていう種族だったそうで、髪の毛が元々ないんですよねえ。鬘でも被ったら、とはよく言ってたんですが、似合う色がないわって毎度断ってましたねえ」

 壁の絵に目を止めたあたしに気付いて、フェリスさんが説明してくれた。

 そうだ、確かにゴブリンの図もオークの図も、髪の毛、なかったな。


「綺麗な人ですねえ。頭の形も綺麗だから、髪の毛の有無とか気にならないわ」

 むしろ目力が強くて、スキンヘッドがカッコよく見えるタイプなのよね、この人。リアルでお会いしたら圧倒されそう。


(そうだねえ、随分とリアルに描いて貰っているね。よく似ているよ、その絵は)

 実際に先代に会った事があるランディさんからも、似ているとお墨付きが出た。ほほーう。


「あらあら、嬉しいわ。普通の人族は髪の短い、とか髪がない、は、特に女性の場合は忌避しがちですけどもねえ」

 おおっと、常識からずれた発言だったらしい。まあ今更だけど。

 でも念話でとはいえ、女性の髪がない部分を人族とそう変わらないと言ってのけたランディさんも大概だと思わなくもない。いやまあ真龍からすると大差ないんだろうけど、多分。



 夕飯は食堂で、酒場営業してるエリアより少し離れたところが宿泊客向けの基本エリアだというので、そこで頂いていたんですけど。

 なんか扉を蹴飛ばすようにして、いかにもな感じのガラの悪そうな、揃いも揃ってヨレた服に無精髭、筋肉はまああるけど、みたいなおっさん数人が入ってきた。


「またかー、懲りないわねえ」

 フェリスさんが溜息をついて、あたしたちの卓から離れると、素早く、そしてほとんど音もなく、あっという間に入り口に仁王立ちになった。


「はいらっしゃい!ったってぶっちゃけお冷やも出ないわよ!ツケ幾ら溜めてると思ってんのあんたたち!ツケ分も払えないなら帰んな!」

 わあ、フェリスさんの台詞でぴゃ、って感じでおっさんたちが縮こまりました。

 ガラ悪そうな見た目なのに気が小さいなあ、いやこれたぶんフェリスさん、本格的に強いな?


「お、おう、フェリス、居たの、か」

 おっさんの一人がびっくり顔でそんな事を言う。


「久々に泊まりのお客さんだからね、予定変更だよ。またあのボンクラが予定喋ったんだね?あいつに払う小銭があるなら先月ぶんのツケもなんとかしなさいな」

 右手を手のひらを上にして突き出し、金寄越せのポーズのフェリスさんにたじたじとなったおっさんたちは、次は金が出来たら、とか言い訳しながらそそくさと回れ右して帰っていった。


「ごめんなさいねえ、他所の町でやりたい放題して行きつけと称してた店潰してこっちに流れてきた連中だそうなんだけど、あんなナリなのにてんで弱っちくて根性ないもんだから、あたしの居ない時を狙って集りに来るみたいなのよねえ」

 だいたい、あたしが居なくてもどうせハンスに勝てないんだから、意味ないんだけどねえ、とからからと笑うフェリスさん。ハンスさんはドワーフのほうの弟さんだそうだ。

 それにしても、この世界でもやっぱり小悪党っているのねえ。初めて見たかもしれない。


(あいつやっぱり腕っぷしで養子取ったのか……)

 ランディさんの心のボヤキが聞こえたけど、そこ、やっぱり、なんだ。

 まあ確かにゴブリンさんと違ってオークさんには屈強なイメージがあるっちゃありますが。


「……シャル、ステイ」

 またカル君が謎ワード。見るとシャルクレーヴさんがお目目キラキラでフェリスさんを見つめて、今にも――立ち上がって決闘の申し込みでもしそうな雰囲気になっている。いやほんとサクシュカさん、なんでこの子を国外に送る決定をしちゃったんですかね?


「あらあら、血の気の多そうな方ねえ。生憎果し合いは受け付けておりませんのよ」

 ふふ、と怪し気に笑うフェリスさんが、シャルクレーヴさんのおでこをつん、とつつく。

 ぎょっとした顔になるカル君と、虚を突かれた顔のシャルクレーヴさん。


「……アッハイスミマセン」

 何故か片言になってすとん、と浮かせていた腰を落とすシャルクレーヴさん。なんだ?何があった?そして、それを見て、はー、とでかい溜息をつくカル君。


「……シャル、強い奴に挑みたいという気持ちは全く判らん、とまでは言わんが、せめてもうちょっと相手の力量を測れるようになってからにしな、そのうち死ぬぞ?」

 ぼそぼそと、小声で御説教している声が聞こえる。え、なに?フェリスさんってそこまで強いの??


(羽毛竜の翼人は、人型種族の内であれば、フィジカルでは最強種の一つだよ。希少種すぎて、滅多な事では遭遇しないけどね)

 笑いを含んだ雰囲気で、ランディさんの念話が飛んで来る。ああなるほど、翼竜じゃなくて羽毛竜。仮にも龍の王族を指先ひとつであしらうとか、そりゃライオン兄さんくらい軽く吹き飛びますわ……


 後でシャルクレーヴさんにどういう状態だったのか聞いたら、指先が当たった瞬間に、物凄い重圧を感じたんだそうだけど。良く判んない感覚だけど、軍人さんが良く使う威圧技能とはまた別っぽいのかな?


 でもそれだけ強い人がいる宿屋なら、まあまあ滞在先としては安心だよね、ということにはなった。フェリスさん、強いだけじゃなく、明るくていい人だしねー。


――――――――――――――――

 この世界の治安程度はここらあたりが平均ラインのはずです。住民が割と逞しいよ。

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