第92話 田舎町で悪目立ちする。
いやはや、田舎、ナメてたわ。
あたしは元の世界でも、この世界でもあんまり土地の人、的なものに縁がないんだけども。
ハルマナート国での居場所、国境城塞は村からは結構離れているうえに、お買い物とかはサクシュカさんやハイウィンさんに王都に連れて行ってもらうことが多いから、直接村に行ったことって、スタンピードの時のアンキセス村と、今回乗合馬車に乗るために立ち寄ったドネッセン村くらい。ええ、ベネレイト村には実は行ったことがまだないのよね。
で、今回来たのはマッサイト国はケンテンの町。まあ村と町の中間位の規模だって話だけど。
前日に泊ったクレニエはまだ街、だったんだなーって。
今なう、町をぐるりと取り囲む壁にある門を抜けたところなんですけど、ちっちゃいコボルトの群れに取り囲まれております。お客さんだお客さんだしらないひとだー!って。
……シャルクレーヴさんがなんか喜びで昇天しそうな顔になってるけど、見なかったことにしていいかな。
イードさんと同腹の兄弟だそうだけど、イードさんに比べて少し線の細い顔立ちの(だが体格はシャルクレーヴさんのほうが良い)イケメンなのに、まさか顔芸が酷い所が似てるとか思わなかったわ……
「絶対これ人選間違ってるって……」
ちっちゃいのの群れに巻き込まれないよう、リンちゃんとレン君を抱えて、げんなりした顔のカル君がぼやいている。うん、あたしもそう思う。
「人選以前の問題ではないかしら……うちの村でも、こうはならないですよ?まあこんなにたくさんコボルトさんたちがいるわけではないですが」
落ち着いた様子のレオーネさん。まあ知らん人にここまで派手に反応するとは思ってなかったよね。なおレオーネさんの住むベネレイト村は、人族と獣人合わせて三百人ほどに対してコボルト人口は二十人ちょい、程度だそうだ。ハルマナート国でも、コボルトが多いのはやっぱりアスガイアに近い辺りなんだって。
「これは、人族にだけ反応しているのかねえ」
興味津々のランディさん。人族への偽装は慣れたもので、普通の人にはまず見破られないそうだ。実際シャルクレーヴさんは、彼を人族だと信じてるね、とはカル君談。
「んー?こいつらは、同族でも知らん奴にはだいたいこうだぞ。まあ、この町名物だな。ようこそケンテンへ!ってな」
横合いからそんな言葉が聞こえてきたので見てみたら、髭面のおじさんがひとり。
なんか制服っぽいものを着てるから、お役人さんか警邏の人だろうか。
「はいこんにちは。ここってある程度長期間滞在できる宿ってありますか?」
泊まる予定のあるレオーネさんが代表して、挨拶と質問を投げる。
「この町で宿屋をやってるのは一軒だけだ。そこに大きな予約が入っていなけりゃ問題ないと思うがねえ」
長期滞在するってことは、それだけ地域でお金を使う、経済が回るってことだからか、おじさんはちっちゃいコボルトさんたちを解散させると、親切に宿まで案内をしてくれた。
「……一昨日来やがれこのボンクラッ!」
まあ、到着したとたんに、でかいお兄さんが吹っ飛ばされてこっちに飛んできましたけど。
シャルクレーヴさんが片手で受け止めてくれたので、被害はなし。
ライオンみたいな耳としっぽの、ガタイのでかい若いお兄さんだけど、なんかめっちゃしょぼくれた顔になっている。
「あ、ああ、すまない、助かる」
シャルクレーヴさんがまだ彼の身体を支えているのに気が付いて、ライオン兄さんは慌てて自力で立つと、お礼を言ったり謝ったり、忙しい。
「お気になさらず。随分派手に吹っ飛んでいましたが、中にはどんな猛者がいらっしゃるので?」
シャルクレーヴさんの台詞が、気のせいかなんだか物騒な気配がする。
「シャールー、ステイ」
カル君が不機嫌そうな声で妙な事を口にしている。なんだなんだ?まさか強いものに殴りかかるバーサーカー気質でも持ってるの?カルホウンさんの例があるから、何とも言えないぞこれ。
「猛者っていうか、俺のねーちゃ……姉だな……」
ライオン兄ちゃんはそう言うと、宿の方に見えないように、溜息を一つ。
「あらやだすみません、お客様でしたか!いらっしゃいませ!本日はお部屋は全て空いておりますよ!」
ライオン兄さんをやり過ごした髭のおじさんが、宿の人に話を通してくれていたようで、朗らかなお姉さんの声がする。いやまあさっきボンクラって叫んでた人だけどね。
宿の入り口に立っているのは、薄茶の髪を後ろで束ねている、すらっとした美人さん。但し、背中に藍色と白と黒の三色の羽根と、鍵爪のついた指が二本ついた翼がある。なんだこれ、鳥ではないな、ええと、ああ、翼竜の翼、かな、多分。
《翼人種族でしょうけど、このスタイルの翼は初めて見ますね……まあ希少種のなかで、翼を持つ種族を一からげに翼人と呼んでいるだけなので、色んなタイプがいるのですけど》
翼人種ってみんな外来種なんだっけ。確かイードさんが持ってた書籍にそうあった気がする。
ちなみに、翼があっても、飛べない人も多いんだそうだ。謎が多いそうですよ。
この人の翼も、体格に対して小さいから、飛びあがれない感じがするなあ。
取り合えず他に宿はないそうだから、選択は入る一択だ。ぞろぞろと中に入ると、まずは食堂になっている。田舎の宿は食堂を併設して、昼食を提供したり、夜は酒場も兼ねていたりすることが多いそうだから、ここも恐らくそうなんだろう。春の行楽シーズンに全部空き室、なんだし、酒食の提供が主の可能性もあるわね。
泊まりの条件やらいろいろ聞いてみたら、やっぱりメインは夜の酒場で、宿はついで、程度の営業らしい。商人やお役人、通過客なんかがそれなりに通るので、宿をやらないという選択肢はないからねえ、とは翼人のお姉さん、フェリスさん談。
取り合えずアスガイアに向かう組は一泊、リンちゃんとレオーネさん、それにシャルクレーヴさんが滞在、ということで話はまとまった。今の時期はアスガイアに近いこの地域に来る人自体が元々少ないんだそうだ。そりゃあ目立つわね、あたしたち……
「しかし、今どきアスガイアなんて、何しに行くんです?この国以上になんもないでしょ、あそこ」
夕食の給仕をしてくれながら、宿の主兼ウェイトレスのフェリスさんが興味津々の様子で聞いてくる。ごはんはフェリスさんの旦那さんと、ライオン兄さんの上の弟さんが作ってるそうな。
で、こういう仕事の人は日常の情報のやりとりも重要視してるから、まあ当然の質問よね。
「ああ、ちょっとした調査でね。あの国、召喚が禁止されて百年は経ったろう?幻獣の生息調査を一応でもしなきゃいけないなって話になってさ、多分もう殆どいないんだろうけどねえ」
ランディさんがすらすらと適当な理由を述べている。
「殆どどころか、全然いないんじゃないですかねえ。何年かに一回くらいかな、興味本位の召喚師の人が行って、なんにもいねえ!って帰ってきますよ」
山羊肉のシチューと、ライ麦多めのパン、それに茹でた根菜のサラダ。山羊肉って癖が強いけど、これはこれで美味しいわね。シチューのお肉は日替わりらしいよ。
マッサイトは山がちで、朝晩は割と冷える。なので夕飯のメニューには、シチューが良く出るんだそうだ。
異世界召喚もの小説のお約束といえばカレーだけど、流石にコメがないせいか、この世界には存在していない。いや、多分原因はコメじゃないな。あたしが知ってる必須香辛料のいくつかが育つための温度が足りてないわ、この世界。あたしが住んでる国境城塞が、この世界の人類圏の一番南端だけど、常春、よりは暑いとはいえ、だいたい年中あの気温じゃターメリックはともかく、胡椒とかカルダモンが育たないわ……流石にこの世界でも温室栽培じゃコストがかかりすぎるでしょうし。
どっか違う世界に温帯で育つ胡椒とかなかったのかなあ。なかったんだろうなあ。
……はっ、いかん。他所から持ってくればいいじゃない思考になってた、反省。
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熱帯産物、多分魔の森あたりにならあるんでしょうけどねえ(採りにいったらまず死ぬ。
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