第30話 竜塵砂海(後編)
「確かに意味ありげですわね」
「でしょう! きっと、この壁画に重要な何かが隠されているはずです」
壁画の前では、フミカとヨアケが考察を進めている。ボス撃破してから考察するという話だったが、遺跡の中は涼しかったため、前倒しで行っていた。
その様子をカリナは遠巻きに眺める。考察は二人の専売特許だ。
いつも通りの光景。納得付くの、もっとも善きカタチ。
「何か、というのはもしかして……ルート分岐のことでしょうか」
ヨアケが前調べしていた知識を披露すると、フミカはぱっと顔を輝かせた。ゲーマーとして共感するところがあるのだろう。
「そうです! よくご存じで!」
「多少は調べさせて頂きましたから。エレブレシリーズには、いくつかのエンディングがあると」
「そうです――」
――流石ですね!
「……チッ」
自然と舌打ちがこぼれて、自らの唇を押さえた。
「ふむ……」
ナギサの注視には気付く様子もなく。
※※※
「求道者の道?」
立て札の先には巨大な白骨が横たわっている。
砂上に現れた白骨死体で組み上げられたドームの入り口は、さながら大きな口のよう。
挑戦者を呑み込まんと、大口を広げて待っていた。
「これは……ドラゴンの死体、ですわね」
「みたいです。不思議、ですね……」
ヨアケに同意しながら、フミカはそっと手を触れた。
砂でコーティングされ変色された骨。あばらだろうか。
しかし謎なのはこの骨の大きさでも、骨を利用して作られた不可思議な建築物でもない。
「どうして、ドラゴンの骨ばかり……」
骸骨の兵士とは戦ったことがある。それこそ、前回の咎人牢墓ではバーゲンセール状態だった。
だが、彼らは不滅だった。動かない骨は、気力が尽きていただけ。
しかしこの骨に意志はない。完全に死んでいた。
同じようなドラゴンの死骸を、ここに来るまでいくつも見た。
「お主たちも到達したようだな」
「……ホクシンか」
不意の声に、いの一番に反応したのはナギサだ。
入り口の陰に、武骨な武人が立っている。灼熱の中でも平然と、武者鎧を着こなしていた。
涼しい顔で腕を組むホクシンを見てると、この暑さもなんてことないように思えてくる。
「心頭滅却すれば火もまた――暑い!」
「バカなこと言ってねえでさっさと話を聞けよ」
ぶっきらぼうな口調のカリナ。どのみちここで考察を続けていたら、またもやヨアケが溶けてしまう。
中に入って、異国から来たサムライの話に耳を傾けた。
「武道は良い。混迷に飲まれようとも、道を照らし、導いてくれる」
「気が合うな。ホクシン」
相槌を打つナギサ。それをヨアケが厳しい眼差しで見つめている。
「戦えば気が晴れるってか? そんな風には思えねえな。いくら喧嘩で勝ったって、憂さ晴らしにならねえ時もある」
カリナがナギサに突っかかる。が、いつも通りナギサは受け流した。
「君も一度やってみるといい。喧嘩は武道とは違うからな」
ナギサがホクシンに向き合うと、彼は満足気に笑った――ような気がした。
面頬で表情は窺えないが、そのように感じる。
「秘儀の会得まで今少し。後は精神の問題だ。ここの主は素晴らしい。不滅に甘えた腰抜けばかりかとも思ったが、なかなかに骨のある武人だった」
「一戦交えたのか。ここのボスと」
「まだ死ねぬ身。加減はしたがな。これでいよいよ、我らが悲願に近づいた」
「悲願……」
ミリルが呟きを漏らす。
ホクシンが続けた。
「お主たちも、気を強く持つといい。身は不滅でも、心は異なるゆえな。そして、いずれは……」
意味深な言葉を残して、ホクシンは去って行った。
「どういう意味でしょう――ヨアケさん?」
ヨアケはじっとホクシンの後ろ姿を確認していた。
「ええと、すみません。少し気になりまして」
「ですよね。私もです」
「気が合いますわね。まずは進むことが肝要かと。考えてもらちが明かないことも多いですから」
「そうですね。行こうか、カリナ。……カリナ?」
「……ああ、行くぞ」
応じるカリナの表情は不機嫌そのもの。
自分が原因であることはわかる。
だが、対応策も、機嫌を取る方法も、フミカは思いつかない。
※※※
ドームの中は闘技場めいていた。
これまでのフィールドとは、明らかに空気感が違う。
ここに至るまでの道中、カリナたちは異物だった。
自らの目的のために、アルタフェルド王国へと不法入国した侵入者。
しかしここは違う。ここでは、違う。
招かれている。
招待状こそ受け取っていないものの、排除しようという明確な敵意はなかった。
「良くぞ参った。挑戦者よ」
男の声が闘技場をこだまする。
声の主の居場所を特定したのはやはりナギサだ。
いや、声がする前から彼女の視線は一点に注がれていた。
闘技場奥側、観覧席の上にある骨でできた塔の上。
そこに仁王立ちする、外套を纏った戦士。
「何者ですか?」
「試す者だ」
ヨアケの問いに即答する戦士は、闘技場の真ん中へ手を向けた。
「まずは資格を問う。小手調べだな」
「ケッ、なんだよ偉そうに」
カリナはああいう手合いが好きじゃない。
そもそも誰かに指図されるのが嫌いだ。
自分より賢いヨアケや強いナギサの指示に従うのは、二人が仲間だから。
もし赤の他人だったら、どれだけ正しくとも素直に従うことはない。
唯一の例外は一人だけ。
その一人は、目をキラキラと輝かせて謎の戦士を見上げている。
「あ、あれはですねっ! 初代エレブレからずっと登場している課す者、です!」
「課す者?」
「プレイヤーに乗り越えるための壁となってくれるいい人なんですよ! アルタフェルド王国にも来ていたなんて!」
その羨望の眼差しは、かつてナギサに向けられていたものに近い。
いや、なおのこと性質が悪いだろう。どうやら彼はシリーズ常連のキャラらしい。
フミカにとって、ゲームは人生と呼んで差し支えないもの。
そのキャラクターとなれば、憧れはひとしおだろう。
――勝てない。
そんな言葉に囚われそうになる。
が、急に耳をつんざくほどの咆哮が聞こえて現実に引き戻された。
「また竜、ですわね」
先程ナギサが屠った死黒竜ハイバリよりも小柄だが、それでも十分に強壮に見えるドラゴン。
「あれを倒せってことだな。だったら――」
「ここはフミカさんにお任せしましょう」
「は?」
ヨアケの提案に疑問符を抱く。それは名指しされたフミカも同じだった。
「私ですか?」
「恐らく、ドラゴンとの戦い方をもっとも熟知しているのはあなたです。闘技場ということは連戦形式でしょうから、全員で同じ相手に挑むのは得策ではありませんしね。一番槍はお任せしますわ」
「……ですね! 任されました!」
フミカが意気軒高と場内に出て行く。
赤色のドラゴンとの一騎打ちが始まった。
「か、勝ちましたー!」
辛そうに息を吐き出しながらも、メイスを掲げるフミカ。
その背後には絶命したドラゴンの遺骸が倒れている。
「資格はあるようだな」
課す者は塔の上から偉そうに嘯いた。
それでもフミカは嫌がるどころか喜んでいる。
ぶっきらぼうな人なんです、と嬉々として。
そのことが面白くない。
だからこそ、気を晴らすために出撃しようとした二回戦には、珍しくヨアケが立候補した。
「今度の相手は重装の騎士……一見すると、またもや打撃が有効のように見えますが」
「流石だな、ヨアケ。私も気付いていた」
二人よりも遅れて、カリナも気付いた。
重装の鎧にはところどころ隙間があり、そこを刺突することで大ダメージを与えられそうなことに。
目ざとい二人を見て、フミカが褒める。
「すごいですね、お二人とも!」
そのこと自体は小さな針のようなのに、胸を貫く痛さはナイフに匹敵した。
バトルフィールドに出る前に、ヨアケがカリナを一瞥してくる。
「三回戦です」
「何?」
「わたくしの見立てでは、次の試合がラストですわ」
そう述べて戦いに赴くヨアケ。
身軽な暗殺者と、鉄塊のような大槌を持つ重装騎士。
どちらが勝つかは自明の理だった。
ラストバトルの相手は、もはや予想するまでもない。
「俺が直々に相手をしよう」
そう述べて、塔から飛び降りる課す者。
ダメージを受けた様子はなく、威風堂々とした振る舞いで挑戦者を待っている。
誰が行くか。そう考える間もなく、結論は出ていた。
「ほら、さっさと行けよ――」
「……何をしている。君の番だろう?」
「は? うおっ!?」
ドン、と背後から推されて、つんのめりながら場内へ入り込む。
さも当然とばかりのナギサ。絶対に勝てるのはナギサなのに。
それを見たヨアケも異論を挟む様子はない。むしろ手を振っている。
「頑張って、カリナ!」
フミカの声援を背に受けて。
異を唱えている心の声を黙らせた。
「わぁーったよ、やってやるさ。どうせお前は気に入らねえ」
「勇壮なる戦士……相手にとって不足はない」
「いいや、てめえじゃ役者不足さ!」
戦闘曲と共に、ライフとスタミナゲージが見えるようになった。
カリナは杖から炎の魔法を飛ばす。あっさりと避けて距離を詰めてくる課す者。
そこまで驚くことじゃない。ボスならば当然だ。
天井に穴が開いているドーム。その灼熱の光の中を、課す者は疾走してきた。
外套のマントを風になびかせ、鉄拳が身体を捉えんと迸る。
それをカリナは回避して、杖を投げ捨てた。
「殴り合いならこっちのもん――何ッ!?」
マジックガントレットの拳。その一撃で、怯ませるつもりだった。
だが、敵が消えた。
違う。凄まじい足さばきで右横に回り込んだのだ。
それを自覚できたのは、課す者の拳が脇腹にめり込んだから。
「このッ!」
すかさず繰り出したカウンターが空を切る。がむしゃらな反撃は全てが外れて、課す者の拳と蹴りは、カリナの全身を的確に捉えていた。
回復しないとヤバい。
そう思った瞬間に、ライフゲージは尽きていた。
「……くそっ」
起床一番の毒づき。
闘技場入り口に設置されている楔の花から大の字で復活して、太陽光の眩しさにうんざりする。
久しぶりになす術もなかった相手だ。
相性やギミックの問題ではない。純粋な実力で敗北した。
一撃も与えられなかった。得意なはずの喧嘩でだ。
いや、風紀委員の言葉を借りれば、武道で、か。
喧嘩殺法では勝ち目がないのかもしれない。
だったらもう。
「暑さにやられたか?」
「あ……?」
いつの間にか、ナギサが見下ろしていた。
「すぐさまリベンジに向かうものだと思っていたがな」
「……言われなくても!」
負けん気に火がついて、立ち上がる。
が、すれ違った後に足を止めた。
現状、勝てるビジョンがない。それなのにまた挑んでどうするのか。
助言を請う……か?
そう逡巡して、笑顔が脳裏をよぎった。
自分ではなく、ナギサのことを褒めるフミカの顔が。
「やはり君は面白いな」
「どういう意味だよ?」
「私が今までで出会った誰とも、違う。フミカ君もそうだが、ヨアケがあれだけ本心を曝け出すのも頷ける」
「回りくどい言い方は嫌いだ。わかってるさ。どうせあたしは……」
すごくない。
だからこうやって、嫉妬して……。
「……?」
思考が中断する。疑問を抱いたからだ。
他ならぬ、自分自身に。
嫉妬、しているのだろうか? ナギサや、ヨアケに。
だから、投げやりに……なったのだろうか。
「君の長所を生かせ。そうすれば、おのずと道は開かれる」
「なんだ急に」
「死ぬのもまた、醍醐味なんだろう? 死にゲーとやらの」
思い出すのは、フミカといっしょに試行錯誤したプレク城館でのボス戦。
カリナは不敵な笑みをこぼした。
「だから、今更なんだって。見てろよ、ほえ面かかせてやる」
カリナは手を叩くと、再戦のために場内へ急いだ。
※※※
「大丈夫かな、カリナ……」
観戦するヨアケの隣で、フミカが心配そうに呟く。
既に六戦目だ。そのうち三度はまともに反撃できず、課す者に嬲り殺された。
純粋な勝負での敗北は、なかなかキツイものがあるとはヨアケもわかっている。
ヨアケのパートナーは、幾度なくそれを対戦相手に与えてきた。
戦闘の天才に挑んで無気力となる敗者を、何十、何百と見てきた。
カリナはまだめげてはいない。それでも、身体だけじゃなく心にもダメージを負っていることだろう。
いくらゲームとは言え、いや、ゲームだからこそ、挑戦を諦めてしまうものもいると聞く。
「死にゲーというジャンルで、売り上げと最初のボス撃破実績が乖離していることなんて、珍しくないんです。つまり、多くの人が最初のボスで挫折してしまうということです」
ゲームは娯楽だ。だからこそ本気で楽しむ者もいれば、だからこそ、ストレスを感じずにプレイしたいという層もいる。
どちらのプレイスタイルも間違いではない。そもそも、ヨアケ自身いわゆるライトゲーマーと呼ばれるカジュアル層の中でも、新人だ。
だから大口を叩ける立場ではないとわかっている。
ただ、もったいない、とは思う。せっかく買ったゲームを、積んでしまうのは。
「私だって、初めて死にゲーをやった時は、復活地点で茫然としてましたよ。ボスに勝てなくて。今ではそんなこと、たまにしか起きないですけど……」
しかしカリナはゲーム初心者。フミカのように耐性があるわけじゃない。
彼女の心配は一理ある。
耐性があるからと言って、嫌なことは嫌だろうし。
そんなフミカの不安そうな表情を見ても、ヨアケは微笑みを絶やさなかった。
「でも、カリナさんはガッツがありますから。ナギサのお墨付きですわ」
「それはわかってますけど」
「それに、見てください。彼女の顔を」
「え……?」
カリナは闘技場の真ん中で、殴り合いを繰り広げている。
蹴りを受けたが、カウンターを課す者に与えた。
課す者はダメージを物ともせず体当たり。ダウンしたカリナの胴体を踏みつける。
血が飛び散ったが、カリナの表情は――。
「笑ってる……」
「あなたと同じですわ」
「私と……。うん、そうですね」
フミカの表情が変わる。
活き活きとした表情で、声を張り上げる。
「カリナー!! 頑張れー!!」
※※※
もう二十回は越えただろうか。
通常攻撃でやられ、必殺の一撃でやられ。
回復しようとして蹴りを食らって。回避をミスってアッパーカットで吹き飛ばされ。
欲張って攻撃して、腹部を右手で貫かれた。
だが、ただやられ続けたわけじゃない。段々と戦闘時間は伸びてきた。
ライフもきちんと減らせている。
カリナは徐々にだが、まともに戦えるようになってきている。
(こいつも他のボスと同じだ。パターンがある)
まずはオーソドックスなパンチ。そして回避からのカウンター。
距離を取ると、追撃の蹴りが。
ダウンすると、アッパーカット。
そして、必殺の一撃である貫手。
反応は人型であるがゆえに素早いが、その分、一撃一撃のダメージはそこまでじゃない。
連撃を食らわないようにすれば、即死することはないのだ。
そしてそのパターンを、カリナは掴み掛けている。
何度も挑むことで。
何回も、死ぬことで。
(とは言え、口惜しいな)
パターンがあるのは、そうしないとナギサのような凄腕以外、クリア困難になってしまうからだろう。
いくら死にゲー、高難易度ゲーと言ったって、ゲームの本質はプレイヤーに楽しんでもらうこと。
クリアしてもらうことが肝要。
だから、ただがむしゃらに難しくしているというわけではないのだ。
ただ少し思ってしまう。この男、課す者に。
そういうシステム的な枷がなければ、どれほどの強者であったのだろうと。
(いや――今はクリアが先だ)
フミカの身の安全のために。
いや、フミカと、そして仲間と、よりゲームを楽しむために。
と思った瞬間、課す者が懐に踏み込んできた。いくらパターンを理解しつつあるとはいえ、タイミングがシビアであることに変わりはない。
反応が遅れて、アッパーカットが顎を打ち抜いた。
「ぐッ――」
吹き飛ばされた先で、仰向けに倒れる。まだライフは残っている。
距離ができたからか、課す者は追撃しない。そういうパターンだ。
ただ、鬱陶しい。
「く、くそ……あちぃ……」
戦いに集中したいのに、妨害してくる。
降り注ぐ太陽光が。
背中に纏わりつく砂が。
「その程度か? お前の闘争心は」
「チッ、うるせえ!」
カリナは砂を踏みしめて立ち上がった。
太陽が何だ。砂が何だ。
課す者がなんだって言うんだ。
花蜜を取り出して、一気に飲み干す。
確かにこの戦いは、試合は、大いなる試練なのかもしれない。
この男は強い。カリナが勝ったとしても、その事実は変わらない。
楔の花の恩恵を受けていたから、勝てただけだ。
だが、それでもいい。
勝ちたい。
そして、言われたい。あの一言を。
「うおおおッ!!」
砂を踏み飛ばして、課す者に突撃する。
課す者はカリナのパンチを避けて、右側面に回り込んだ。
わかっているから後方へ避ける。次に来る回し蹴りを防御。
次の突撃にはブレイブアタックで対応。課す者の攻撃の中で、唯一読みやすい技だ。
反撃を貰った課す者のライフが半分まで削れた。
BGMがより壮大になって、雰囲気が変わる。
一撃必殺の貫手が来る。避けるかブレイブアタックを行わなければ即死だ。
いや、もう一つだけ、対抗策がある。
「間に合え!」
カリナは杖を取り出して、束縛のツタで拘束した。
と言ってもすぐに破られる。ボスを長時間拘束できるような魔法ではない。それに、効果もたった一回だけだ。
それでも、回避までの余裕が生まれた。
ナギサならきっと、こんな魔法を使わずとも対応できるだろう――それがどうした。
ヨアケなら、もっと効率の良い戦い方を導き出せるはず――だからなんだ。
最初から、二人の戦い方なんて眼中外だ。
「これがあたしだ!!」
左に避けて、突っ込んできた課す者の側面を取る。
装備を変える時間が惜しい。ゼロ距離で炎弾を撃ち込んだ。
魔法を当てるのが至難のボスだからだろうか。
魔法ダメージは課す者のライフをごっそりと削った。
「おらああああ!!」
装備を変えて、殴る。課す者は魔法を受けてなお怯まずに殴ってきた。
回避するべきか否か。逡巡している暇はない。考えている間にやられる。
喧嘩では、一瞬の油断が命取りだ。だからもう、信じて。
最高の一撃を放つ。
拳闘スキル――正拳突き。
真っ直ぐな拳は、それがゆえに強力である。
期せずして、課す者の選択も同じだった。
互いの拳が互いの胸を穿つ。
「……」
交互に殴打した状態で、停止。
沈黙の後、カリナは血反吐を吐いて膝をついた。
そして、
「――お見事」
課す者が後ずさる。ライフゲージはギリギリのところで削り切れていた。
カリナ自身のゲージも見えない。ステータス画面を開くと、残りの数値は一だった。
「不屈の闘魂、素晴らしきかな。流石だ、大いなる求道者よ」
「そ、そうかよ……あんたもな」
応じながらもカリナは腑に落ちない。結局死なないんじゃねえかこいつ。
「例え不滅の身だったとしても、その強壮は誇るべきに値する。本物の戦士だ」
褒め称えられて悪い気はしない。いい気分だ。
だが、物足りない。
だからちょっと、ずるをしようとして。
「ど、どうだ? フミカ。あたしだって――」
「カリナ――!!」
ダッシュしてやってきたフミカが背中から飛びつく。
「っあ、あぶねえ! 死んだらどうすんだ!!」
「あっ、ごめん! けど、けどさ!」
フミカは。カリナの幼馴染は。
愛おしくてたまらないその表情を、太陽に負けないくらいに輝かせて。
「とっても、すごかったよ――!!」
そのセリフを聞けて。
死んでもいいかも、なんて――。
「って、ああっ! やっぱりダメージ食らってた!? カリナ、カリナ――っ!!」
ネットでたまに聞く、尊死とは。
今日のことを言うのだろうと、カリナはその身をもって体感した。
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