第14話 狭間の分岐路

「わぁ……!」


 道の先に現れた、巨大な扉に感嘆する。

 扉を中心に、四つの分岐ルートがある広場。

 そこに、フミカたちは辿り着いた。


「どうも、この先が最終ダンジョンへのルートのようですが」


 ヨアケがそっと扉に触れる。しかしびくともしない。


「開きませんわね。フミカさん。何かお気づきになりまして?」

「はい……えっと……」


 フミカは扉を観察する。

 花の装飾が施されている扉には、巨大な鍵穴があった。


「順当に行けば、鍵を探すんだと思います。この四つのルートのいずれかか、或いは――」

「無事に、ここまで辿り着けたようだね」

「ふわはぁい!?」


 背後から声がして、フミカは飛び上がる。

 穏笑を浮かべる青年が、前触れもなく出現していた。

 最初のムービーで主人公に語り掛けていた、ミステリアスな人物だ。


「楔の恐ろしさを、痛感しただろう」


 青年は広場を回り始めた。

 ナギサは剣の柄に手を置き、カリナもファイティングポーズをとっていた。

 ヨアケは静観し、フミカは困惑している。


「祝福と呪詛は表裏一体。市民は堕落し、騎士は我を忘れ、聡明な姫の心は壊れた。この恐ろしき祝福を、君たちは解呪しなければならない」


 青年が扉の前で止まり、両手を広げた。


「楔の守護者によって、扉は封じられている。まずは鍵を集めたまえ」

「それは全ての道に行け、ということですか……?」


 フミカの質問には答えない。

 聞こえていないようだ。


「君ならば、できるだろう? 勇気を持って、応じたまえ――」


 青年の姿が消えた。


「フミカさんの推測通りのようですわね」


 ヨアケが鍵穴を覗き込んだ。


「鍵穴が大きく、複雑です。複数の鍵を組み合わせるのでしょう」

「では、全てのルートを通って、鍵を回収する必要があるのか」

「なかなか味な真似をしてくれるじゃねえか」


 カリナが拳で手を鳴らす。


「じゃあ、まずはどこから攻略するかですね。レベルに合う道があると思います」


 フミカは経験に従って提言した。

 全員レベルは20前半だ。四つの道のうちどれかがレベルに合っているはず。

 早速調査しようとすると、ナギサが呼び止めた。


「待った。ここからは別行動にしないか?」

「どういうことだよ?」

「そのままの意味だ。私は一人で動くから、君たちは三人で行動するんだ」

「えっと、どうしてですか?」


 フミカが問うと、ナギサが臆面もなく言う。


「その方が効率がいい。私なら、相手のレベルが高くても問題なく攻略できる」


 ナギサの言う通りだ。

 彼女なら、どんな強敵が相手でも後れを取ることはない。

 

 効率を重視するなら、その意見は正論だ。

 正しい。正しくはあるのだが……。


「異論はないな? では――」

「お待ちなさい。ナギサ」

「……ヨアケ」


 ヨアケに呼び止められて、ナギサの雰囲気が変わった。

 それまで強情だったのに、困っているかのような。


「あなたの意見は一理あります。ここに来るまでの敵も、苦もなく倒していましたね。その強さは本物です。わたくしには、よくわかります」

「ならば――」

「ですが」


 ヨアケの口調は、少し強い。

 聞き分けのない人に注意するかの如くだ。


「このゲームはシングルとマルチで、ギミックが変化することがある、とマニュアルに書いてありました。そうですわね、フミカさん」

「ええ」


 敵が強くなったり、数が増えたりする。

 特殊な罠が出現することもあるのだ。

 

 シングルとマルチは別ゲー、なんて言われることもある。

 マルチモードをソロで攻略するチャレンジがあるくらいだ。


「マルチ用の敵に、苦戦を強いられることもあるでしょう。その時にあなたがいなければ、わたくしたちの足が止まります」

「う……しかし」

「多人数用の仕掛けがあった場合、あなたも突破できなくなります。効率が良いように見えて、悪いのです。それがわからないあなたではないでしょう?」

「……わかった。早計だった。すまない」


 たじたじになるナギサの姿は新鮮だった。

 カリナも驚いている。

 次の瞬間には、優しいヨアケに戻っていた。


「あなたが、皆のことを考えてくれているのはわかります。二人とも、ごめんなさいね?」

「い、いえいえ……」

「あ、あたしも別に……」

「二人とも、すまない」


 きっちり謝罪してくるナギサの様子に、フミカたちは目を白黒させる。

 二人には、自分たちが知らない何かがあるようだ。


「不器用なのです、ナギサは。手早くクリアしなければ、フミカさんたちの身に何が起こるかわからないのは確かですが」

「はぁ……え?」


 さらりと述べたヨアケの一言に、フミカは虚を突かれる。


「ど、どど、どういうことですか!?」

「……気付いてなかったのか? 知った上で、このペースなのだとばかり」

「えっ、えっ、えっ?」


 思わずカリナの顔を見るが、彼女もわからない様子。

 混乱するフミカを、ヨアケは優しく諭し始めた。


「今、わたくしたちの精神は、エレメントブレイヴ4の中に閉じ込められていますわね」

「は、はい」

「そう、精神は。では、肉体はどうなっているのでしょう」

「肉体は……寝てる、感じですかね?」


 ある意味では夢みたいなもの、とミリルは言っていた。


「わたくしも、そう考えています。夢を見ている状態だと。つまり、時間が掛かれば掛かるほど、起床が遅くなる。わたくしたちの感覚的には夢ですが、医学的には昏睡状態ということになるでしょう」


 合点がいったらしいカリナが声を上げる。


「なるほど、そういうことか。このままだと、食事も水分も摂れないってことか!」

「そうですわね。もちろん、ずっと起きなければ誰かが異変に気づくでしょう。わたくしの家には使用人がおりますので、命の危険はないと思いますが」

「私の家にも家族がいるからな。いざという時も安心だ」

「あたしも、実家暮らしだから平気だけど……」


 三人の視線がフミカに集中する。

 汗が滝のように流れてきた。

 

 フミカはアパートに一人で住んでいる。

 家族は実家だ。

 

 毎朝起こしに来てくれる美少女な幼馴染も、甲斐甲斐しく世話をしてくれる血の繋がらない妹も、現実には存在しない。

 心配した家族がやってくる……なんて、ご都合主義的展開もあり得ない。


「ミリルっ!!」


 頭上付近で浮いているミリルを呼ぶと、彼女は慌てふためいた。


「ま、待ってよ。何度も言ったでしょ? ストレスを感じるようなことはないって。この世界と現実の時間の流れは違うから、急いで攻略しなくても大丈夫」

「本当に?」

「ボクが嘘を吐いたことは一度もないでしょ?」


 誤魔化すような笑顔のミリル。

 疑惑の視線を注いでいると、耐えられなくなったのか顔を背けた。


「まぁ、あまりにも時間を掛け過ぎる……とね?」

「やばあああい!! どうしよう!?」


 ゲームは大好きだが、死因にするのは望んでない。


「落ち着けって。人間、飲まず食わずでも三日くらいは持つらしいし」

「そ、そっか、そうだよね……?」


 カリナの言葉で、フミカは冷静さを取り戻しかけて。


「まぁその……あれだ」

「あれ?」


 カリナは言い淀みながらも告げた。

 残酷なる真実を。


「トイレとか、そっち方面が大丈夫かは、保証できねえけど……」

「いやあああああああ!!」


 この歳でおねしょとか嫌すぎる!


「落ち着いてください、フミカさん。ミリルさん、今、現実の時刻は何時ですか? 大雑把でも構いません」

「え……それは……」


 言い淀むミリル。

 ヨアケの眼光が鋭くなる。


「――何か、言えない理由でも?」

「い、いやいや言えるよ。まだ深夜だよ。現実世界では一時間経つかどうかぐらい。時間的余裕は、全然あるから」

「ほら、ミリルさんもああ言っています。焦らなくても大丈夫ですよ。わたくしたちは、一蓮托生なのですから」

「そ、そうですか……?」

「何か問題が起きても、わたくしが支援いたしますから」


 ヨアケの家は光明院財閥だ。

 もし医学的にピンチな状況でも、手を尽くしてくれる可能性は高い。


「ね?」

「あ、安心しました……」


 太陽のようにあたたかい笑顔で、焦る心に夜明けが訪れる。

 ヨアケがいてくれて、本当に良かった。


「ふん……どうせあたしは貧乏だよ」

「カリナも。ありがとう」

「お、おう……」


 気を取り直して、四つの分岐路を見比べる。


「どれが当たりかな……?」

「こういう時は……どうすればいいと思いますか? フミカさん」

「まぁ、二手に別れて調査するのが無難ですよね」


 人数だけで考えれば、一人一ルートで調べるのが最短だが。

 先に何があるのかわからない。

 安全面を考慮すれば、二人一組で行動するのが最善だ。


「となると……わたくしは、フミカさんといっしょに参りましょう。そちらは、ナギサとカリナさんで」


 一芸に秀でているが、フィジカルに難のある魔法使いと暗殺者。

 そのカバー相手として、無職という名の戦士と、卓越した技巧の騎士を選ぶのは理に適っている。

 だとしても、人選には違和感があった。


「あたしがこいつと?」

「君じゃないのか?」


 カリナとナギサが不満を漏らす。


「いつ何が起こるかわかりません。互いに慣れておいた方が良いかと。ですわよね? フミカさん」

「あ、はい……」


 どうもヨアケは、フミカをリーダーだと思っている素振りがある。

 人馴れしていない自分よりも、生徒会長であるヨアケが陣頭に立った方が良さそうなのに。


「では、わたくしたちは一番左側を。行きましょうか」

「あっおい――」


 二人を残して、ヨアケと共に左横の道を進む。


「何でこの組み合わせなんですか?」


 ヨアケはナギサと友人で、フミカとカリナは幼馴染だ。

 慣れておくというのは、理由としてはありかもしれないが……。


「少し、確かめたいことがありまして」

「確かめたいこと?」

「ええ。内緒ですよ?」


 ぴとりと口元に指先を当てるヨアケ。

 彼女の底は全く知れない。

 わからないとなると、知りたくなるのが人情というもの。


「あ、あの……聞いてもいいですかね……?」


 無遠慮かとも思ったが、好奇心が刺激されている。

 ヨアケは微笑みを返してきた。


「先程の、ナギサとのやり取りのことでしょうか。言い方が少しきついな、と?」


 ヨアケは疑問を言い当ててきた。

 すごい、としか言えない。


「ちょ、ちょっとだけ、ですけど」

「あの子は……特別なので。そのように聞こえてしまうかもしれません」

「特別……?」

「おや、敵が見えてきましたわ。早速試してみましょう。お願いできますか?」


 道の先には、濁った沼が広がり、巨大なカナブンらしき敵がいる。

 適正レベルかどうか判断するべく、フミカはメイスを手に取った。



 ※※※



「何でてめえと組まなきゃいけないんだか」

「それはこちらも同じだ。だが、ヨアケが言うのならな」

「私だって、フミカが言わなきゃ受け入れてない」


 互いに言い合いながらも、調査の手を抜くつもりはない。

 おどろおどろしいエリアに、カリナとナギサは足を踏み入れていた。

 

 大量に広がる墓場が圧巻だ。

 生者は自分たちしかいないように感じる。


「妙だな」

「何がだ?」

「楔があるなら、死者は存在しないだろう。なのになぜ墓が必要なんだ」

「知らねえよ。楔がない時期もあったんじゃないのか?」


 風紀委員という生き物は、細かいことをよく気にする。

 スカートの丈が短いだの、手に打撃痕があるだの。

 足の動きで、怪我を隠していることを見抜いたりだの。


「もしくは、死ななくても墓に入れときたかったんじゃねえの?」


 何気なく言ったその時。

 突然、地面が隆起して腕が生えてきた。

 

 ぎょっとしたカリナを庇うように、ナギサが前に出る。

 躊躇いなく腕を突き刺す。

 が、別方向からも大量に何かが地面から這い出てきていた。


「こりゃゾンビか!?」

「そのようだな」


 身体のあちこちが腐敗した死体。

 全身を包帯に覆われた、ミイラのような者もいる。

 骨だけの者も。

 これらを閉じ込めるための墓場なのだ。


「まずい囲まれるぞ!」

「案ずるな」


 ナギサは初見の敵でも怖じることなく、パターンを見切ってみせた。

 が、さしものナギサでも時間が掛かっている。

 

 ゾンビを屠っている間に、ミイラの接近を許した。

 ナギサはパンチをブレイヴガードで弾き、有利な立ち位置へと移動する。

 

 カリナも支援するべく杖で炎を飛ばした。

 硬い。魔法は魔力を消費する代わりに、一撃の威力が高い。

 大抵の雑魚敵は一撃で、そうでなくとも大ダメージを与えられていたはずが。


「ちょっとしか食らってねえ!」


 しかし、魔法耐性があるようには思えない。

 これまでに出会った耐性持ちは、もっと露骨に効かなかった。

 こちらの地力が足りない――つまり。


「風紀委員! ここはハズレだ! 撤退するぞ!」

「何を。やれないことはない」


 ナギサは言葉通り戦えている。

 敵の攻撃パターンを完全に把握。

 ブレイヴアタックを何度も行い、必殺の一撃を繰り出すことで撃破していた。

 

 だがカリナは気付いた。

 ライフがゼロになった敵が再び動き出すのを。

 

 似たような相手を知っている。

 ミラ姫はギミックボスだった。

 楔を破壊しない限り何度でも蘇るタイプだと、フミカが教えてくれた。


「埒が明かない! 帰ろうぜ!」 

「問題ない。このまま――」

「また生徒会長に怒られるぞ!」


 ピクリ、と。

 目に見えてナギサが反応した。


「わ、わかった。戻ろう」


 ナギサは骸骨の頭を突き飛ばし、敵の間を縫うように引く。

 追撃してきたゾンビをカリナが燃やし、無事に撤退した。


「酷い目に遭ったぜ……」

「あ、帰ってきたね」


 カリナたちが戻るより早く、フミカたちは帰って来ていた。


「遅かったね」

「風紀委員の野郎が、粘りやがったんだよ」

「う……すまない」


 しおらしいナギサは珍しい。

 弱点を見つけたか、とカリナは思わず饒舌になる。


「全く、強いのはいいけどよ、すぐに判断できないのは――」


 腕を組み、得意げなカリナに、


「随分、仲がよろしいんですわね」


 ヨアケが迫り、その瞳を覗き込む。

 微笑んだまま。


「仲がいいのは、良いことですわ」


 笑みを絶やさずヨアケは身を引いた。

 平然とナギサに話しかけている。


「…………」

「どうしたの?」

「一番おっかないのはあの人かもな……」

「うん?」


 首を傾げるフミカに、カリナは曖昧に笑う。

 お前はそのままでいてくれ、と強く念じて。

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