第8話 プレク城館(後編)
「くそっ、あの金髪女、今度会ったらぶちのめす!」
気を取り直してフミカたちは談話室へと戻ったが、中はもぬけの殻だった。
獲物を取り逃して、カリナは随分気合が入っている。
「嫌な殺され方ではあったけど、可愛かったのに」
「あの女は金髪の風上にも置けねえんだよ」
「髪の色に風上も風下もないと思うけど……」
同じ髪色の人間にしてやられたのが気に食わないらしい。
ヤンキーの生態は謎だ。
「一体どこ行きやがったんだ」
「たぶんだけど、城館のボスなんじゃないかな」
死亡した後に聞こえてきたあの音声は、対決を予感させるセリフだった。
なかなか粋な演出だ。
「だったらとっととリベンジだ。吠え面をかかせてやるぜ」
埃で彩られた、煌びやかな廊下で足音を鳴らす。
道中の敵をフミカが引き付けて、カリナがとどめを刺す。
タンク&アタッカー戦法で進み、道端に落ちているアイテムを回収し、宝箱を開ける。
そんなこんなで、城館内で一際目立つ赤い扉に辿り着いた。
「いかにもボスっぽい扉だね」
「なら早速カチコミ――」
「楔の花に戻ろう」
「なんでだよ!?」
出鼻をくじかれたカリナが、不満を隠そうともしない。
フミカはポーチから空になった瓶を取り出した。
「花蜜も飲んじゃったしさ、硬い敵と当たって、魔法だって使っちゃったでしょ。ボス相手なら万全を期さないと。せっかく経験値だって貯まってるし」
死にゲーでボスと戦えば、十中八九死ぬ。
装甲虫オルドナーのように、貧弱なボスはなかなかいない。
死ねば経験値が糧花となり、落ちてしまう。
ボスエリアの中に。
再戦すれば回収自体はできるものの、うまく回収できるとは限らないし、動き方も糧花を意識するものとなる。
それは不利だ。一度態勢を立て直した方がいい。
「けどよ、また雑魚敵が復活するじゃねえか」
楔の花に触れると自キャラが全回復、花蜜も補充される代わりに、倒した敵が復活する。
一部の強敵はリスポーンしないが、ほとんどの敵はそのままだ。
カリナは、戦い直しの手間を面倒に思っているのだろう。
「それなら大丈夫」
フミカは自信満々に言い切った。
※※※
正直に言うと、ミリルもカリナと同意見だった。
同じ作業のやり直しは、ストレスを感じる行為だと知っているからだ。
楔の花へ戻ったフミカたちは、経験値をレベルへと変換。
フミカはレベル15。カリナはレベル11になっていた。
レベルこそ上がったが、同じルートをもう一度通らなければならない。
「でどうすんだよ」
「まず下準備しないとダメだからさ。服脱いで」
「――は?」
カリナは目を丸くして硬直。
大事な部分を腕で隠し赤面した。
「はぁあああ!? いきなり何言い出すんだ!?」
「だって必要なことだもの」
首を傾げるフミカ。カリナの乙女チックな反応を不思議に思っているのだろう。
ミリルはむしろフミカの方が不思議だ。
初期衣装の下着姿をあれだけ恥ずかしがっていたのに。
「ひ、必要って……! 一体何をおっぱじめる気だよ!」
「何って……攻略だよ?」
「攻略しようってのか……!?」
「そうだよ? どうしたの」
声にならない叫びを上げるカリナ。
そんな彼女ににじり寄るフミカの姿は、ケダモノのようだ。
「ど、どうしてもって、言うのか……?」
「どうしてもだね。絶対に必要だから」
後ずさるカリナは壁際へと追いつめられる。
彼女を下から覗き込んで、フミカは、
「ダメ、かな……?」
と再度お願いする。
真剣な眼差しで請われたカリナは困惑していた。
「そんな顔するなよ……困るだろ……」
「でも、私も困っちゃう……」
眉がハの字になったフミカを見て、カリナは覚悟を決めたようだった。
装備画面を呼び出して、装備を外す。
下着しか纏わない、スレンダーなボディが露となる。
それをしみじみと観察するフミカ。
「あんまり、じろじろ見るなよ……」
「よっし、これで行けるね!」
フミカも下着姿となった。カリナとは対照的な、出るところは出ている身体だ。
どぎまぎするカリナだが、やる気に満ち溢れたフミカのことを訝しむ。
「い、行くって……?」
「え? 赤い扉までだよ。装備を脱いで機動力が増したから、安全にできるよ。スルーマラソンを」
「スルーマラソン?」
「走り抜けるんだよ。敵には行動範囲があって、範囲外まで逃げ切れば追って来ないんだ。うまくやれれば、ダメージを受けることなく辿り着けるはずだよ」
「なんだ……あたしはてっきり……」
がっくりと項垂れるカリナを見て、フミカがきょとんとしている。
その二者二様の有様でミリルは確信した。
不死鳥マルフェスと戦う前と同じだ。
あの時も、フミカはボス戦を前に目の色を変え、うまいと言っていた花蜜のことなどすっかり忘れ去っていた。
優先されるべきはゲームであり、ボス戦なのだ。
(ホント、想定以上だねぇ)
にんまりとするミリルに見守られながら、フミカとカリナが走り出す。
敵を上手に振り切って、ボス部屋前まで逃げ切った。
※※※
「よいしょっと。この鎧の出番が来たね」
赤い扉の前で、フミカはフェイドの鎧を着用する。
さすらいの騎士フェイドが身に着けていたもの、らしい。
銀色でヒロイックな見た目の鎧だ。
皮手袋とみすぼらしい靴。頭部には鉄の兜を被る。
重量がバランス型に変化した。
カリナもグリーンの魔法少女へと戻っていたが、自身の胸部辺りを見つめて気落ちしている。
「何かあったの?」
「いや、その……最近のゲームの物理演算ってすげえんだなって。ゆ、揺れとか」
カリナはフミカを見てきた。視線が顔より下へと向けられている。
フミカは胸を張った。
エレブレへの賛辞は、自分が褒められることのように嬉しい。
「そりゃ当然でしょ。最新作なんだから! マメシステムズの自社エンジンを使った驚異の演算力だよ!」
「確かに、きょうい的だった……」
カリナはまたもや吐息を漏らした。
ヤンキーが何を考えているのか、一向に理解できる気がしない。
が、それはまた今度。優先されるべきはボス戦だ。
ミラ姫へのリベンジマッチ。
ハニートラップを食らわせてきたあの女を、痛い目に遭わせてやるのだ。
「お姫様にお仕置きしてあげないとね!」
「ああ……そうだ、この不条理を叩きつけてやる」
フミカは扉を開いた。
謁見の間、とでも呼ぶべき空間が広がっている。
見るも無残な状態だ。
玉座と思しき椅子は砕かれ、窓ガラスが散乱し、シャンデリアが落下している。
その壊れた玉座にぽつんと、一人の少女が座っている。
ミラ姫だった。
純白のドレスは、漆黒のものへと変わっている。
その様変わりにフミカは、
「えろい……」
欲望に正直な感想を漏らす。
「何言ってんだよ!」
「い、いやだってさ……」
純白のドレスを纏っていたミラ姫は、清楚の具現化とでも言うべき神々しさがあった。
だが今はどうだ。
大胆に見え隠れしている胸元に、短くなったスカート。
表情は妖艶で、悪魔的な魅力を振りまいている。
「あらあら、困ったお方。警告を聞き入れて下さらないなんて」
「そのおっぱいで私を懐柔しようだなんて、百年早いよ!」
びしり、と指をさす。キマった、とドヤるフミカ。
疑惑の眼差しを向けるカリナ。
二人の様子を気にする素振りも見せず、ミラが玉座から立ち上がる。
「楔は、壊させません。わたくしのものだと言ったでしょう? 聞き分けのない子には、罰を与えないといけませんね」
ミラ姫のライフゲージが出現した。
壮大な曲が流れ始め、空気がピリッとしたものに変わる。
息を呑むフミカに対し、カリナは気後れすることなく杖を抜いた。
「さっきは油断してただけだ。ちゃんとした喧嘩なら!」
炎の弾がミラ姫へと迸る。
着弾した――壊れた玉座へと。
ミラ姫はいない。
「また消えやがった!」
「来るよッ!」
フミカの予想通り、目の前にミラ姫が出現した。
転移魔法か何かだろう。
カリナを庇うようにフミカが前に出て、盾で防ぐ。
「悪い子には、身体で覚えさせてあげないと」
「く、ぅ!」
ナイフの斬撃は素早く、タイミングを読むのが難しい。
ブレイヴアタックやガード……ブレイヴアクションを行うにはリスクが高かった。
太鼓でも叩いているかのように、ミラ姫が盾を鳴らす。
その音色は不協和音にしか聞こえない。
「のやろッ!」
不快な音楽を止めるべく、回り込んだカリナが横槍を入れる。
炎がミラ姫のライフを削った。思った以上にダメージを与えられている。
動きが素早く、転移を併用してくる代わりに、ライフ自体は低く設定されているのだ。
炎を十発ほど命中させれば倒せそうだ。
「いけるかも……!」
「また消える気だぞ!」
二発目を放つ前に、ミラ姫の姿が薄くなっていく。
完全に透明化した後に、また姿を現す。
「カリナ!」
「だろうと思ったぜ!」
カリナの前に出現したミラが、彼女を血祭りにあげようとしている。
魔法使い型のカリナは、ステータスを魔力や魔法威力に割り振っているため、フミカよりもライフやスタミナ、防御力が低くなっている。
機動力を生かしてナイフを避けているが、いつまでもつかわからない。
「おりゃあ!」
駆け出して、棍棒を浴びせる。打撃を受けたミラがまた消える。
ミラの行動パターンが見えてきた。
次のターゲットは自分。
出現位置は?
前か、左か、はたまた右か。
「後ろだぁッ!」
フミカは勢いよく振り返って、至近距離で直視する。
攻撃態勢のミラ姫――の、激しく揺れるたわわに実った果実を。
「お、おっぱ……がはっ」
動揺したフミカの喉元に、ナイフが突き刺さる。
スタミナが刈り取られ、体勢が崩れた。
そこへミラは容赦なく連続突き。
その間、フミカの視線が一点に釘付けとなっていたのは言うまでもない。
フミカは、ナイフでめった刺しにされた。
「残念無念――」
――しかし、眼福。
殺されたのにどこか至福の表情を浮かべながら、フミカは生き返る。
遅れてカリナもリスポーンしてきた。
むすっとしている。
勝ちを逃したのが悔しいらしい。
「ご、ごめんね……気が動転しちゃって」
エロティックな恰好をしたダイナマイトおっぱいは、強烈が過ぎた。
モニター越しだったらここまでじゃなかっただろうが、間近で見せられるとどうにも意識してしまう。
「そんなに、デカいのがいいのかよ……」
ふてくされたようにカリナが呟く。
その発言を受けてフミカは、ずいっと距離を詰めた。
「お、おい……?」
がしっとカリナの両肩を掴む。
真摯な眼差しで、彼女の瞳を見据える。
「ど、どうし――」
「いい、カリナ。おっぱいは奥が深いんだよ?」
「…………は?」
虚を突かれるカリナ。フミカは雄弁に物語る。
「もちろんさ、巨乳はダイナミック。人類全てを包み込むようなそう、まさに大海のような――広大な海原だよ。波のように柔らかく、透明で、あらゆる生命の源だよ」
「そ、そりゃよかったな……」
カリナが逃げるように脇見する。
しかしまだ終わっていない。
語り尽くしていない。
逃がしは、しない。
「普乳も素敵だ。調和の取れたバランス。主張し過ぎず、かと言って謙遜し過ぎるわけでもない……常にそこにあって、忘れかけた時に教えてくれる――まさに風のような存在」
「もういいから……」
「貧乳がまだだよ! 貧しい乳と書いて、貧乳と読む。この言葉には語弊が大いにある! 貧乳にもちゃんと良さがあるからね!」
「良さって……?」
フミカの熱弁を前にして、ようやくカリナが興味を示した。
これ幸い、とフミカは大きな声で語る。
貧乳の良さについて。
「まず衣服の邪魔をしない。おっぱいは日常の中にあるもの! 裸の胸だけがおっぱいにあらず! あらゆる服の邪魔をせず、その容姿を引き立てるのは貧乳なんだ!」
「……他には?」
「ずばり、見た目だね! 小さな胸は何より形が整っている! おっぱいはおっぱいだけで成立しない。身体があってのおっぱいだからね! 総合的な見た目の話になると、貧乳がもっとも合理的な形となるんだっ!」
「貧乳が、合理的……?」
「そうだよ! それにね、貧乳は感――」
言いかけたフミカが我に返る。
不思議そうにカリナが見つめてきたので、思わず目を逸らした。
「こ、これはなしで。とにかく、貧乳は大地なんだ。風も、海も、大地がなければ成立しない! みんな違って、みんないいんだよ! おっぱいそのものが、最高なんだから!」
「何回おっぱい言うんだよ、このおっぱい星人が」
カリナが手を振り払う。そのまま踵を返した。
「カリナ……?」
「何ぼさっとしてんだ」
カリナは装備を外して下着姿となった。スルーマラソンの下準備だ。
「リベンジに行くぞ。目にもの見せてやろうぜ」
「うん……!」
カリナの機嫌は、いつの間にか戻っていた。
「カリナ! そっち行ったよ!」
「おう! 今のうちに攻撃してくれ!」
五戦目となるミラ姫との戦いは、フミカたちの優勢で進んでいた。
二戦目は防御をミスって返り討ち。
三戦目はライフを半分減らしたところで放たれた、必殺技をフミカが食らってしまった。
四戦目はカリナが同様に。
五度目の正直となる現在では、二人とも食らうことなく戦えている。
「でやッ!」
フミカはミラを殴ってヘイトを自分に向ける。
ミラ姫が絶叫した。
「またかよッ!」
「必殺技が、来る……!」
発狂しながらミラが突撃してくる。
転移を伴わない、純粋な暴力。
乱雑に振り回されるナイフに触れたが最後拘束され、死の抱擁を甘受することになる。
フミカとカリナが導き出した対処法は、ダッシュで回避するというもの。
ミラの攻撃は素早く、見切るのが難しいからだ。
しかしこの距離では避けられない。
そして、ブレイヴアタックも間に合わなかった。
また負ける……!
敗北を覚悟した瞬間、
「うおおおッ!」
掛け声と共にカリナが割って入った。
攻撃を振るってこそいたが、タイミングはズレている。
フミカの前で、ミラに抱き締められた。
「あたしだけじゃ勝てねえ! だからよ、後は頼んだぜ……!」
にっと笑みをこぼして。
カリナは抱き潰された。
「わかったよ……!」
死体を投げ捨てたミラ姫が邪悪な笑みを浮かべる。
確かに、とフミカは納得した。
ミラ姫は、金髪の風上にも置けない。
セクシーな衣装にも、魅惑的なボディにも。
鮮やかな金髪にも、目を奪われるけれど。
「今のあなたよりも、カリナの方が綺麗だね!」
ミラ姫がナイフで突いてくる。
タイミングを見計らって、ブレイヴガードを繰り出す。
失敗して通常の防御となる。スタミナが多く削られる。
でも諦めない。
諦めることはない。
何度失敗しても、やり直せるのだから。
失敗。
失敗。
成功。
ミラ姫のスタミナゲージが四分の一まで減った。
そこへ追撃。棍棒が残ったスタミナを削り切る。
「うおりゃああ!!」
無防備になったミラ姫に、必殺の一撃。
膝を強打してダウンさせ、頭部へ思いっきり振り下ろす。
鮮血を巻き散らして、地面に伏した。
「よっしゃあ!」
勝利を確信してガッツポーズをし、気付く。
戦闘BGMが鳴り止まない。
直後、笑い声が響き始めた。
ミラ姫だ。
彼女の遺体が、ぴくりと動いた。
「渡しません。わたくしの楔は、渡しませんわ……!」
「回復してる!?」
ライフが少しずつ回復し始めていた。
ギミックボスだ。
単に倒すだけでは勝てず、何らかの仕掛けを使ったり、破壊しなければならないボス。
「でも一体何が!」
周囲を見回す。
戦闘中にそれらしきギミックは見当たらなかった。
焦るフミカの前で、笑い声はどんどん大きくなっていく。
何かがあるはず。ミラ姫を回復させている装置か何か。
「まさか楔……!?」
ミラ姫は楔というワードにこだわっていた。
しかしそれらしきものはどこにも――。
フミカはハッとした。
「玉座か!」
フミカは全力で玉座に向かう。
玉座そのものは何の変哲もない。
しかし後ろに楔の花が隠されていた。
漆黒に染まっているソレへ、棍棒を叩きつける。
ぐしゃりと潰れて、悲鳴が轟いた。
ミラ姫も絶叫する。
BGMが消え失せて、苦悶の声を漏らすミラ姫だけが残った。
「わたくしの楔……楔が……!」
床に伏したまま玉座の方へ向けて、手を伸ばしている。
傍に行くと、フミカの足を掴んできた。
「お願いします! どうか、どうか、楔を壊さないで……!」
迫真の表情で懇願するミラ姫。
その剣幕に、気圧されそうになる。
「わたくしたちの永遠を、奪わないで! お願い……!」
慄くフミカの耳に、勢いよく扉を叩く音が聞こえた。
「おい! どうなった! フミカ!」
カリナが戻ってきたのだ。
ボス戦中に死んでしまうと、全滅するまで再戦できない。
フミカは意を決した。
「ごめんね……」
フミカの打撃を受けて。
ミラ姫が悲鳴を上げ、消滅した。
自動でアイテムが手に入る。
慟哭のドレスと壊心のナイフ。
フミカは装備画面を開いて、ドレスのテキストへ目を通す。
〈ミラ姫が着用していたドレス。かつての輝きは失われ、暗黒に染まっている。楔から民を救おうと決意したミラ姫は、目撃した。愛する者が永遠に消え去るのを。そして学んだ。自分が何を守るべきなのかを〉
壊心のナイフの項目をタップする。
〈とある騎士が姫を案じて贈った品。武器としても使えるが、本来は観賞用のもの。怯える彼女に、かの騎士は渡した。あらゆる魔を払うお守りを。心は折れても、ナイフは折れぬ〉
しんみりとした気持ちになっていると、カリナが走ってくる。
「倒したんだな! よくやった!」
フミカは笑って手を掲げた。
意図に気付いたカリナとハイタッチする。
「いぇい」
勝利の喜びを分かち合う。
一抹の悲しさを携えて。
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