第3話 滅ぼされた洋館

「今度は落ちないようにっと」


 フミカは石を床に投げる。

 地面があっさり崩れ落ち、落とし穴が顕在化した。

 

 フミカが撲殺した案内人はきっと、このことを教えてくれるはずだったのだ。

 しかし彼はもういない。

 エレブレシリーズのNPCは、一部の例外を除いて二度と復活することはない。

 

 大抵のNPCは貴重な装備を落とすが、その代償は大きいため、殺害するタイミングは慎重にならねばならない。

 NPCイベントによって入手できる、装備やアイテムが手に入らなくなるからだ。


「やっちゃったなぁ」


 案内人に最後まで付き合えば、何かもらえたかもしれない。

 惜しいので、一応ミリルに聞いてみる。


「最初からやり直したり、できない?」

「それは無理だね」

「やっぱりか。……それとさ、念のため、確認したいんだけど」

「何かな?」


 落とし穴で穴ぼこになっている地面を、落ちないように進む。


「あのNPCは実は命ある人……とかだったりしないよね?」


 ミリルはゲームの世界だと、再三に渡って言っていた。

 しかしもしここがゲーム風異世界だった場合……本当の生命、であることになる。

 つまり、ゲームの世界を模した現実だ。

 

 フミカが案内人にやった行為は、現実では強盗殺人。

 法律的にアウトだし、本当に殺人をしたとなれば、罪悪感でどうにかなっちゃいそうだ。

 そんな危惧にミリルは即答した。


「そうだよ。君は本当に人を殺したんだ」


 フミカは足を滑らせそうになる。血の気が引いていく。


「って言ったら、そんな風になるんだね。なるほどなるほど」

「ちょおい!」

「何度も同じ説明させないでよ。本当にゲームの中。さっきの案内人も、ゲーム開発者が作ったキャラクターだよ。それとも君の世界では、ゲームのキャラを殺したら殺人になるの?」


 フミカは心の底から安堵した。本当にただのゲームのようだ。

 ゲームであれば、ルールに従っている限り、やりたい放題だ。


「ならまぁいいや。……後でモノホンでした。とかいう悪趣味な展開は止めてね?」

「それはそれでありかも?」

「いやいやねーから」


 そりゃそっちの立場なら楽しいかもしれないけれど。


「なんてね。言ったでしょ? 君に楽しんで欲しいんだよ。そういうストレスが加わる要素はないから安心して」

「ならいいけどさ」


 落とし穴地帯を抜けた先には朽ちた洋館があり、その前に花がしおれている。


「やっと見つけた」

「この花が、復活地点?」

「そうそう、楔の花」


 しおれた花にフミカが触れると、息を吹き返したかのように花が咲いた。

 純白な花で、とても美しい。

 ウィンドウが目の前に現れる。楔の花ではいくつかできることがある。

 そのうちの一つを、フミカは早速実行した。

 

 音が鳴って、自分の名前の横にある数字が4から5に増える。

 経験値をレベルへと変換――レベルアップしたのだ。

 エレブレのレベルアップは手動方式だ。

 

 経験値が溜まっても操作しなければレベルが上がることはない。

 その仕様を利用して、レベルを一切上げずにクリアする猛者が出てくるほどだ。

 レベルの上昇に合わせて入手したポイントをどうするべきか思案する。


「ステータスに振るか、スキルに振るか……」

「そんな悩むこと?」

「悩むよ。ステ振りは大事なんだよ!」


 エレブレシリーズには、ポイントの振り直し機能が存在する。

 が、ゲーム終盤にならないと実行できないし、いくつか条件があるのが恒例だ。

 ゆえに、自キャラをどういうビルドにするかが重要となる。

 

 一キャラ目だから気軽にやろう、というプレイスタイルの人も多いだろう。

 適当にステータスを上げスキルを入手してクリアし、二週目で目的をもったキャラを作るという遊び方もいいと思う。

 

 しかしフミカは、一キャラ目からこだわるタイプだった。

 それに、クリアできないとこの世界から脱出できないという切実な理由もある。

 出れないのは困る。なぜならば。


「クリア後にエレブレ1からやり直すつもりなんだから!」


 現状では4しかできない。

 この世にはたくさんのゲームがあるのだ。一つのゲーム世界に閉じ込められてしまっては、他のゲームができなくなるではないか。


「君……変わってるね」

「とにかく、このポイントをどうするか……。ステータスだけじゃなくスキルとポイントが共有なのも憎いよねえ」


 スキル覧にはたくさんの技が載っているが、そのほとんどが未開放だ。

 鍵開け師などのサポートスキルは、魅力的に映る。

 スキルがないと開けられない扉や宝箱には、この先出くわすだろうし。


「うーむ……うむむむ」

「君さ、もしかしなくても優柔不断でしょ」

「……そんなこと、ないよ?」


 フミカは目を泳がせた。


「キャラクリで結局プレイできなかったのを見てた時から、薄々感じてたけど。それだといつまで経ってもクリアできないよ? まだ敵とも戦ってないし」

「うっ……確かに」


 入手済みの経験値は、案内人のものだ。

 通常のプレイならまだ経験値は入手できていないだろう。

 破天荒ロールプレイでもない限り、初見で説明係を撲殺することはないのだから。


「無難なところに振って早く行こうよ」

「そう、だね」


 フミカは決断して、ライフにポイントを振った。

 ライフゲージが僅かに伸びる。死にゲーにおいてライフがあって困ることはない。


「あのおじさんがフミカの血肉になったんだね」

「変なこと言わないで。洋館に入るよ」


 朽ちた洋館の扉を開ける。

 エントランスに入ると、壊れた天井から光が降り注いでいた。

 

 そこに騎士が項垂れている。主を失って嘆いているように見えた。

 NPCだろうかと思って注視して気付く。

 ロックオンできる。ライフゲージが敵の上に表示されている。

 

 つまりは、エレブレ4における最初の敵というわけだ。

 棍棒を抱えて、いざバトルと――。


「待った」

「え? 戦うんじゃないの?」

「……どうやって?」


 棍棒を両手で抱えて、フミカは足踏みする。

 コントローラーなら簡単だ。移動はスティック、攻撃や防御はボタン。

 でも今フミカはゲームの中にいる。自分の身体を動かして戦わなきゃならない。


「さっき戦ってたじゃん」

「いやその、無我夢中で」


 どうやって案内人を殴り殺したのか覚えてない。


「ここでもたもたするのは嫌だよ。そらっ」

「あっ!」


 ミリルがフミカの背中に体当たりをした。小さな身体に押されて、騎士の前へと歩み出る。

 重厚なヘルムと目が合った。


「えへへ……こんちわー」


 敵の挨拶は斬撃だった。振り下ろされた大剣を、飛び退いて避ける。

 ……避けられた?


「身体が、軽い……!」


 自宅でゲーム三昧をしていた運動音痴とは思えないほどの機敏さだ。

 思い直せば、この棍棒を軽々しく持てる腕力も現実のフミカにはない。

 補正が掛かっているのだ。

 

 エレブレ4においては、見た目よりもステータスが重視される。

 箸も持てないような女児が巨大なハンマーを振り回すし。

 岩を持ち上げそうな大男が、軽めのナイフを持つのすら精一杯なんてこともあり得るのだ。


「行けるッ!」


 意気揚々とフミカは騎士へ殴りかかる。

 一発、二発。騎士の反撃を棍棒で防御。

 さらにもう二発。騎士が体勢を崩した。


「いっけえええ!!」


 騎士の足をすくい、ダウンしたところへ棍棒を叩きつける。

 必殺の一撃。

 

 相手のスタミナがなくなった時に繰り出される強力な技。

 動かなくなった騎士を見て、フミカから笑いがこぼれる。


「へ、へへっ……」


 この感覚がたまらない。コレのためにゲームをやっているようなものだ。


「どうせならもっとはっきり喜ばないと、シリアルキラーみたいに見えるよ」

「うるさいな。他の部屋に行くよ」


 フミカは別の部屋に移動する。今度は下級兵士が背中を向けて立っていた。

 しゃがんで近づき、その背中を思いっきり殴打する。

 暗殺だ。こちらも大ダメージを与えられる。


「お間抜けさん」


 にんまり笑って遺体を探る。兜が手に入った。

 それを躊躇なく被る。防御力と重量が上がった。

 

 騎士は油断するとヤバそうだが、兵士の方はただの雑魚のようだ。

 部屋にいた三体の兵士を難なく全滅させる。

 その姿を見たミリルは嬉しそうだ。


「いい調子だね。このままガンガン進んでいこう」

「は? いったん戻るけど?」

「……なんで?」

「ポイントに変換しとかないとロストしちゃうじゃん」


 死ねば経験値が糧花となって死亡地点へ落としてしまう。

 それはもったいないことだ。

 一度だけなら回収できるが、回収する前に死んでしまうと二度と手に入らない。


「君、石橋を叩いて渡るタイプ?」

「いいでしょ。じゃあ戻るから」


 フミカは花に触れて経験値をレベルへと変換し、再び同じ部屋に戻ってきた。

 そこから、ようやく次の部屋に進む。

 

 かつては豪華だったであろう寝室は、今や見る影もない。

 だが、宝箱だけは煌びやかさを保っていた。

 何かいいアイテムが入っていそうだ。


「アイテムゲット~」


 フミカは宝箱の前へ小走りで移動し、


「ん?」


 カチリ、という音を聞いた。針が上から降ってくる。


「とうっ!」


 前に、フミカは後ろへと飛び退いた。


「騙されないよー、残念だったね」


 エレブレ2で同じトラップを食らったフミカには予測など容易いことだ。

 開発陣さん、もうちょっと工夫しなきゃダメだよ。

 なんて思いながら宝箱の蓋に手を掛ける。

 

 さてどんなアイテムが入っているか。

 ワクワクしながら箱を開け、


「およ?」


 たぷたぷに詰まった水が瞳に映る。


「う、うおおおおおお!?」


 大量に吐き出された水に呑み込まれて、フミカは流されていく。

 寝室から放り出され、地下室へと送られた。

 硬い床に身体を強打して、呻く。呑んだ水をけほけほと吐き出す。


「く、くそ……卑怯じゃん。二重トラップなんてえ」

「いいザマだったよ」 

「うるさいよ。回復しないと……」


 楔の花に触れた時に自動入手していたビンを取り出す。

 楔の花蜜、という名の飲料。飲めば体力が回復する、いわゆる回復薬だ。

 黒蜜のような液体に目を落として、止まる。


「今度は何?」


 ミリルが訝しんだ。


「いや……味がさ。どんな感じかなって」


 エレブレの登場人物たちはシステマチックに飲む。回復するために。

 うまいとかまずいとかそういう反応はしない。だから、味がわからない。


「飲んでみなきゃ始まらないでしょ。ここでも時間取るの?」


 ミリルが呆れている。

 確かに一般的なプレイヤーなら、とっくに突破していてもおかしくない


「……わかったよ」


 フミカは気合を入れて、一気に飲み込んだ。

 そして、目を見開く。


「うまい……めっちゃうまい……!!」


 信じられないほどの美味しさだ。

 コーヒーなどの一般的な嗜好品とは比べ物にならないほどの、極上の飲み物。

 

 あっさりとした喉越し、甘すぎず、苦すぎないちょうどいい塩梅。

 フミカは空になった瓶を驚きの眼で見つめて、再びポーチを弄り――。


「いやダメでしょおかわりしちゃ」

「で、でもめっちゃうまいし……!」

「後でいっぱい飲めるでしょ」


 二杯目を飲もうとして、ミリルに止められた。

 ライフゲージは満タンになっている。

 

 仕方なし、と諦める。今度、楔の花を見つけたらしこたま飲もう。

 そんなフミカに、ミリルがからかうように言う。


「美味しいよね? 現実の飲み物とか、比べ物にならないくらいにさ?」

「うん。こんなに美味しいの、飲んだことない」

「そうだね。うんうん。そうだねぇ……」


 ミリルが闇深そうな微笑みを浮かべる。そのことに引っ掛かりを覚えながらも、地下脱出のため進み出した。

 

 地下にいたのは数体の兵士だったので、対処はそう難しくなかった。

 懐かしい気分になる。初めて死にゲーに手を染めた日のことを思い出す。


(最初は簡単、なんだよねぇ。最初はさ)


 あれ? 簡単じゃん。高難易度ゲーだって聞いてたけど、そうでもなかったり?

 それとも、私がうまいだけだったりして?

 なんて、プレイしながら思った記憶がある。

 

 雑魚を蹴散らして、地上へと階段を見つける。

 廊下へと出た。庭園へのルートと内側から鍵が掛けられている扉がある。

 迷いなく扉へと向かって鍵を開けた。先に広がるのはエントランス。


「ショトカ……」


 ショートカットが開通したおかげで、移動が楽になった。

 スルーした庭園へと目をやる。敵が一人もいない広大な庭だ。

 何があるのか、経験で理解する。

 

 フミカはダッシュして楔の花へと戻った。

 何度か立ち止まりながら、花の元へ辿り着く。

 スタミナゲージが空になると、身体がめちゃくちゃ重くなる。

 

 ここら辺もゲームのままのようだ。


「今から飲む気?」

「まさか。もっと美味しい物、見つけたから」


 ミリルが首を傾げる。

 フミカの瞳には見えない炎が灯っていた。

 ゲーマー魂が熱く燃え盛っている。

 

 経験値を変換したフミカは、敵をスルーしながら庭園の前へと戻った。

 息を整える。

 胸の高鳴りを鎮める。


「どうしたの?」


 訝しむミリルに対し、フミカは目を輝かせながら言った。


「ボス戦の時間だぁあああ!」


 意気揚々と庭園へ入る。誰もいない庭のあちこちへ目を凝らした。

 どこだ? どこにいる? 前から、横か、後ろか?

 どんな奴が来る? 醜悪なモンスターか、イケメンな騎士か……。


「どこだ、来い来い、私はここだぁ!」


 威勢よく叫んで、自分が影に覆われていることに気付いた。

 反射的に上を向く。


「上かッ!」


 見上げた瞬間、巨大な鳥と目が合い。

 フミカは大量の鮮血を巻き散らした。




「ハッ!」


 二度目の死に戻りを経て、フミカは飛び起きる。

 リスポーン地点は洋館前の楔の花だ。

 座り込んで、自分の手をじっと見つめる。


「あっさりやられちゃったねえ。あれだけ威勢のいいこと言ってたのに」


 戻ってきたミリルが小馬鹿にしてくる。

 だが、そんな嘲笑など気にならない。

 フミカはわなわなと震えていた両手を握りしめ、突き上げた。


「きたああああ! これだあああああ!!」

「……え?」


 茫然とするミリル。ピンと来ていない彼女に捲し立てる。


「これだよ、これ! この理不尽すぎる死! これを味わうのも、死にゲーの醍醐味なんだよ! なにあの鳥。初見殺しすぎるだろ! 初心者だったらキレてるよ! たぁーもう、全くマメシステムズはさぁ!」

「……殺されるのが好きなの?」

「大好き!」


 満面の笑顔で即答し、語弊があることに気付いた。

 これじゃただのドМだ。


「あ、いや別にそういう意味じゃないよ? 試練を乗り越えた先の、勝利の美酒って奴をだね」

「……そうなんですね……」


 ミリルがどん引いている。なぜぇ。


「ま、まぁいいや。次こそは勝つ! 行くよ!」


 フミカはボス戦へと戻った。庭園の前には赤い霧が壁のようになっている。

 通常エリアとボスエリアのしきりだ。

 このしきりの中に入れるのはプレイヤーと味方だけ。

 

 つまり今はフミカだけだ。棍棒と共に中へ入る。

 今度は巨大な鳥が地面へと降りていた。

 不死鳥マルフェス。赤い鳥が雄たけびを上げる。


「焼き鳥にしてやらぁ!」

「棍棒じゃ無理でしょ」


 ミリルのツッコミを無視して、フミカは突撃した。

 そして、あえなく殺される。

 マルフェスが横回転しながら突っ込んできたからだ。

 

 意味わかんねえ、とぼやきながらフミカは庭園に向かっている。

 横回転を避けて反撃。三度ほど殴って、マルフェスの頭上に表示されているライフを三分の一程度減らしたが、足で掴まれてしまう。

 上空へ連れ去られたフミカは、地面へと叩きつけられて死亡した。


 

 ※※※



「間違えたかな」


 フミカが巨鳥に殺される姿を何度も見ながら、ミリルは呟いた。

 彼女にはこの世界を好きになってもらわなきゃいけない。

 でも彼女は敵に……世界に、このゲームに殺されている。

 

 何度も何度も。死んでは蘇って、また死んでいる。

 ゲームとは娯楽の一種だ。そう学んだ。

 楽しんでやるもの。ストレスを感じずに行うもの。

 

 特に現代人は精神的に病みやすい、と聞く。

 常日頃から、視覚や聴覚を情報刺激に晒されているのだ。

 そんな状態で毎日を過ごせば、脳という端末の処理がおかしくなるのも変なことではない。

 

 我々からすれば常識だ。

 だからこそ、このシークエンスに地球人は病みつきになるはずだった。

 ストレスのない、娯楽の世界に。

 

 しかしこのゲームはストレスを軽減させるどころか、ストレスフルのように見える。

 こんなに殺されてしまっては楽しめないだろう。

 

 なんでこのゲーム……ジャンルが、こんなに人気なのかわからない。

 ただただ難しくて、殺されるゲームが、なぜ?

 ミリルは再挑戦するために戻ってきた、フミカの表情を注視する。


「なんでそんなに、楽しそうなの?」


 

 ※※※



 数回殺されたおかげで、マルフェスの動き方がわかってきた。

 

 大ダメージの横回転突撃と、小ダメージのつつき。

 翼を振るう、ダメージはないがこちらの体勢を崩す風圧攻撃。

 一番厄介な、即死技の掴み取り。


「フライドチキンの時間だ!」


 棍棒を片手に赤き不死鳥へと駆け出す。

 早速横回転が迫ってきた。それをタイミングよく横っ飛び。

 マルフェスの動きが止まった瞬間に、スタミナを意識しながら殴打する。

 

 スタミナが切れる前に攻撃を止めて、ゲージを回復。

 追撃のつつきは避けるのを諦めて防御した。ライフとスタミナが削られる。

 攻撃が止んだ瞬間にフミカが二撃。ライフが半分ほど減った。

 

 マルフェスが雄叫びを上げる。鋭い爪が眼前へと迫ってきた。

 即死技だ。


「必要なのは勇気!」


 フミカは棍棒を構えて、待つ。

 そして、タイミングを合わせて攻撃を繰り出した。

 ブレイヴアタック。

 

 ジャストタイミングで攻撃を決めると、相手のスタミナをゼロにできるのだ。

 怯んで倒れたマルフェスへ必殺の一撃。


「食らえ!」


 頭部へと思いっきり棍棒を叩きつける。大量の血が迸るが、マルフェスの頭部自体は変形しない。部位欠損は一部の例外を除いてないゲームだからだ。

 しかし流石はボス戦。それだけで倒れはしない。

 一撃分くらいライフゲージが残っている。

 

 体勢を立て直したマルフェスが後方へと飛び去り、翼を振るってきた。

 風に押されて行動ができない。

 

 相手が死にかけているから、なんて油断するのはご法度だ。

 このゲームでは、一つのミスが死に繋がる。

 油断なく、フミカは突撃してくるマルフェスへ向けて。


「終わりだあああ!」


 躊躇いなく棍棒を投げつけた。

 武器を一時的に失うリスクのある投擲技だ。

 拾って回収するか、楔の花に触るまでその武器は失われてしまう。

 

 だが、そのリスクに見合う威力があった。

 頭部に命中し、マルフェスが落下してくる。

 討伐成功の文字が目の前に浮かび上がった。


「勝った……?」

「そうみたいだね」


 観戦していたミリルが戻っていた。

 フミカは震え始める。その様子を見たミリルが心配してきた。


「え? 大丈夫? やっぱりこのゲームはダメだったかな」


 不安になるミリル。

 震えが収まったフミカが応じる。


「勝ったあああああああああ!!」


 絶叫に近しい声量で。


「いやったあああ! ざまあみやがれクソ鳥がぁああ!!」


 ぽかんとするミリル。そんな彼女を後目に、フミカは狂喜乱舞する。

 

 コレだ。コレを求めていた。

 ストレスがないように作られた親切設計のゲームも、フミカは嫌いじゃない。

 むしろ好きだ。

 

 けれど、そういう造りのゲームでこの感覚を味わうことはできない。

 ジャンルが違う。

 味が違うのだ。

 

 コレを味わうためには、親切ならぬ心折な設計のゲームでないと無理なのだ。

 強敵を打ち破った達成感を。

 脳汁がドバドバと出てくる、この感覚を食すためには。


「うっひょー! 私最強! 強すぎいい!!」

「なに……? なんなの……?」


 唖然とするミリルを差し置いて。

 落ち着きを取り戻すまで、フミカは小躍りしていた。

 勝利の美酒に、酔いしれて。

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