第1話 夢のようで、夢じゃない

 夜空に煌めく一条の光。

 流れ星のように輝くソレは、唐突に街中で止まった。

 

 下方にあるアパートの一室では、カーテンから明かりが漏れている。

 深夜だというのに、部屋の主はまだ起きているようだ。

 何らかの作業をしている。


「この子でいいや」


 滞空していた光が、部屋の中へ吸い込まれていった。



 ※※※


 

 毛布がふわりとめくられる。

 ベージュ髪の少女が、大きなあくびをした。


「はー、結局興奮してあまり眠れなかったし。どうせなら少し進めれば良かった」


 文句を言いながらベッドの端に座る。眠い目をこすりながら起床する。


「まさかキャラクリで発売日が終わるとは……」


 少女は、己の時間配分の甘さを悔いた。

 最近のゲームは自キャラのクリエイト機能のクオリティが高く、こだわっていたら肝心の本編に入る時間が無くなってしまった、なんて事態はよくあることだ。

 

 社会人であれば翌日に有給休暇なんて素敵な技を使えるが、高校生に有給は存在しない。

 おかしくないだろうか。

 学生にも有給休暇が使えるよう、社会構造を変革させるべきでは?

 

 などとアホなことを考えながらパジャマを脱ぎ始める。

 サボりたい気持ちはあるが、夜更かしして寝坊なんてケースがよくあった。

 先生の小言を避けるためにも、登校しなければならない。

 出席日数的にも良くないし。


「終わればゲーム。終わればゲーム……」


 呪文のように唱えながら、制服に袖を通した。

 顔を洗ってパンを食べて、歯磨きをし、身だしなみを最小限に整える。

 

 リア充や陽キャたちはもっと気を遣うのだろうが、陰キャ女子である自分には関係なし。

 さっさと授業を終えて、寄り道せずに直帰して、ゲームを進める。

 それだけしか考えず、登校準備を終わらせた。


「ずっとゲームだけできればいいのに」


 親が激怒しそうなことを呟いて、玄関のドアノブへ手を掛ける。

 後は見知った道を考え事――まだ見ぬ敵、アイテムなどに思いを馳せながら――進んでいくだけなんて、思いながら外に出て。


「――へ?」


 大自然を前に硬直する。

 目をぱちくりして、頬を叩く。

 しかし何度見ても、何をしても木だ。

 

 緑だ、草だ、自然だ。

 森の中だ。

 

 郊外のアパートでの一人暮らしだから、自然自体は珍しくない。

 それでもこんな、ザ・森みたいなところには住んでない。

 というか、部屋の外はこんなんじゃない。普通の住宅街だ。


「ああそっか……まだ夢見てるのか。ならもうちょっと寝ようかな……」


 やけにリアルな夢だなと思いつつ、部屋の中へ戻ろうとする。

 ガン、という音がした。

 自分の顔が壁に激突した音だ。


「いったぁ……あれ?」


 部屋が消えた。厳密には家はあるが、木造の、寂れた小屋へと様変わりしている。

 そしてなぜか入れない。透明な壁がある。

 ゲームでたまにある……それ以上キャラが進めないように現れる不自然な壁のように。


「ど、どういうこと……!?」


 困惑しながら壁を触る。押しても引いてもびくともしない。

 突然、制服姿のままで大自然に放り出されてしまった。


「まぁ、夢ならいいかな……?」


 すぐに目が覚めるだろうし。

 少女が楽観的に思ったその時、


「夢じゃないよ」

「ふあふぁい!?」


 いきなり声がして、身体を震わせる。背後へ振り返ると、小さな生き物がいた。

 銀髪の美少女の妖精……のように見える。

 彼女は背中についた羽を羽ばたかせていた。


「おはよう」

「おはよう……ございます」


 ファンタジックな生物を前に委縮する。少女は人見知りだ。


「よく寝てたね」

「えと……はい」


 全然眠れた気はしないが肯定。正直さっさと目が覚めて欲しい。

 ぶつけた顔は痛いし恥ずかしいしで散々な夢だ。


「これから冒険するんだし、しっかり睡眠をとるのはいいことだと思うけど」

「冒険……ですか……?」


 ゲームに思いを馳せながら寝たせいだろうか。

 夢にゲームの影響が出ているようだ。

 

 思い返せば、ここはスタート地点に酷似している。

 キャラクリを終えて、とりあえず最初のムービーだけを見た。

 

 そして、始まった直後に終了して眠りに落ちたのだ。

 これから始まる冒険に、胸を高鳴らせながら。

 そう考えると、これは案外悪い夢ではないのかもしれない……が。


(いやいや。事前情報を軽く見た程度だし。つまりここから先は全部私の妄想じゃん。そんな紛い物じゃなくて本物をやりたいんだよ私は)


 やっぱり早く目覚めるべきだ。

 

 起きろ私。今すぐ起きろ。

 嫌だけど学校にも行くから。

 さっさと起きて、ゲームの続きをやらせろ。

 

 少女は念じるが、無情にも夢は続く。


「なんか唸ってるとこ悪いけど、説明させてよ。って言うか、嬉しくないの?」

「嬉しい……とは?」

「だって君、このゲームをすごく楽しみにしてたでしょ」

「そりゃそうですけど……本物を楽しみたいんですよ、私は」


 なんでそんなこと知ってるの、とか野暮な質問はしない。どうせ夢だから。


「だから、本物だよ」

「は?」

「本当にゲームの世界に入ったんだよ、君は」


 そう言われて。

 少女は笑い出した。

 

 バカかこの妖精は。そんなことを真面目に言うなんて本当に変な夢だ。

 そう、夢だ。取り繕う必要もない。

 この妖精だって、自分が作り出した産物なのだ。


「そんなバカなこと言ってないでさ、さっさと起きなきゃダメなの。早くやりたいんだよ。私は世界が誇るマメシステムズが作り出した最新作――エレメントブレイヴ4をね!」


 通称エレブレ。いわゆる死にゲーというジャンルのアクションRPGゲームだ。

 4のナンバリング通り四作目。

 過去三作のノウハウを集結して作られた超大作として、発売前からゲーマーの間では話題だった。

 

 昔こそ死にゲーは売れないなんて言われていたが、今は違う。

 老舗のメーカーが作り出した伝説のゲームを皮切りに、一大ジャンルとしてその地位を確立した。

 

 エレブレシリーズも、本家本元に負けず劣らずの大人気シリーズで、その集大成として発売されたのが4だ。

 そんな超大作を、少女は一刻も早くやりたいのだ。

 変な夢に囚われている暇はない。


「だからさっさと起きなきゃダメなんだって。私の脳内で作られた世界が、エレブレ4より面白いわけないし」

「そのエレメントブレイヴ4の中に君はいるんだって」

「だからさぁ――」

「はぁ、おかしいな。現代人は異世界に行ったら手を叩いて喜ぶって見たんだけど。調べ方間違えたかなぁ」


 妖精が頭をひねっている。


「そりゃ自分に都合のいい世界を夢見ることはあるけどさ」


 もし本当に喜ぶと思ってやったのなら、我が夢ながらアホすぎる。

 少女は自らの発想力に呆れた。少し考えたらわかりそうなものなのに。


「一体誰がダークファンタジーの世界――それも死にゲーに転移・転生したいって思うかっての。絶対苦労するじゃん」

「ああ、そういうものなんだ。でももうやっちゃったからなぁ」


 困った様子の妖精。どうでもいいから早く起きたい。


「とりあえず夢中になってもらわなきゃ困るから。さっさと始めちゃおうか」

「いやいやだからね?」


 再びツッコもうとした少女は、自分の身体が光に包まれて驚いた。

 まるでヒーローや魔法少女の変身シーンのようだ。

 不思議な力によって自分の恰好が変化する――そのシークエンスには、心ときめかざるを得ない。


「今、君に適用したよ。昨日、君が作り出した分身の設定をね」

「す、すごい……」


 自分の衣服が変化していくのがわかる。感嘆の声を漏らしながらも、ふと思った。


(あれ――昨日私が作ったキャラって――)

「ようこそ、フミカ。エレメントブレイヴ4の世界へ。あなたにはこの世界を楽しんでもらいたいんだよ。……ずっといたくなるほどにね」


 妖精の言葉に意識を向ける間もなく――。

 変身が完了した。自分の姿を目視したフミカが叫ぶ。


「――裸じゃん!?」


 胸を片腕で隠して、しゃがみ込んだ。

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