42 ボロ泣き


 ユベールを攫った一行は、拘束されてエデッサに逆戻りする。このビエンヌ公国で裁判を受けるのだろうな。

 オレ達はローランたちが心配でお店に戻る事にした。

「私に乗って下さい」

 ユベールが竜化する。

「大丈夫なの? しばらく休んだら?」

「大丈夫です」

「はじめて飛ぶんだろ?」

「はい、初飛行がエルヴェ様と一緒で嬉しいです」

 何か、もうオレは泣きたい気分なんだが。


 ユベールの首に噛り付いて飛んで、オレ達はエデッサに戻った。

「エルヴェ様、魔紋はタローがかなり無効にしてくれました」

「そうか、それであの時、すぐに起き上がれたんだな。ありがとうタロー」

 ユベールの首に噛り付いて、ポロポロ泣いているオレの涙を、ハナコとタローが舐めとっている。


 店に行くとレスリーとローランとモルガンがいた。三人が平身低頭してオレとユベールに謝る。

「夜明け前に突然あの兵士崩れみたいなのが襲ってきて、ローランとモルガンを縛って連れて行って、見張りが僕に薬を渡して脅したんだ」

「私達は向こうで少しばかり痛めつけられて、ユベールさんを案内して来ないとローランさんを殺すと脅されて──」


 見るとモルガンの顔にもローランの顔にも殴られた跡がある。レスリーもローランもヒールが使えるけれど、申し訳ないし暫らくこのままでいいと言うんだ。

 オレは分からなくなった。だって、彼らが怪我をしたのはオレたちの所為だろう。それなのに、そう思うとまた泣けてきた。


「僕達が側にいる所為で、エルヴェとユベールがひどい目に遇ったと思うと自分が許せなくて……」

 レスリーが泣く。

「違うよ、それは違う。オレ達の所為でレスリーとローランが……」

 オレは泣きっぱなしだ。

「私の所為でエルヴェ様とレスリーとローランとモルガンさんが酷い目に……」

 ローランとモルガンはもらい泣き、ユベールもオレを抱いて泣きそうだ。


「大丈夫だ、エルヴェ。酷い怪我じゃないし」

「そうです。すぐに治りますよ」

「エルヴェの泣き顔凄いー」

 レスリーが茶化しながら泣いている。


「一緒に住まないか」と、彼らに言ったが、レスリーとローランの親兄弟がもうすぐエデッサに来るようで、ここで待つという。彼らはここに来た大公の事も、オレ達の事も何も聞かなかった。その内、打ち明けられるといいな。

「また来るよ」

 仕方がないので、その日はお土産を残してお店を出た。


  * * *


 エデッサの屋敷に帰ると料理長が捕まっていた。

「こいつどうしたの?」

「ユベールを殺そうと竜の鱗を砕いたものを飲ませておった」

「何だって、それで元気がなかったのか? ユベール、大丈夫? 薬は飲んだ? オレのキュアって全然効かないの?」

 オレがあたふたするのをユベールが宥める。

「大丈夫です、エルヴェ様。ちゃんと薬を飲んでいましたし、エルヴェ様も浄化やキュアをかけて下さいましたし。ただ、少し毒も入れていたようで──」

「えーーー! こいつ」

 チュドーーーン!!

「エルヴェ様……」

 料理長が床に伸びた。

 許せない。蹴っても殴っても、殺しても飽き足りない。ユベールがオレを抱きしめると、それを失う所だったと思うとやり切れない。


「それに、お祖父様に囮になるよう言われておりまして」

「おい!」

「そう睨むな、そいつはどうなったのだ」

 大公が料理長に顎をしゃくる。

「もげろって言ったんだよ。命に別状はない!」

「何と、そうか……。ポール=アントワーヌもか?」

「そうだ」

「エルヴェ様」

 まだ睨んでいるオレをユベールが抱きしめる。

 もう一回ユベールの身体を抱き返して、その身体があることを、命があることを感謝する。涙が溢れて止まらない。



 * * *


 広い応接室に移って大公と話した。

「オレら、あのアパートに住んだらいけないの?」

「警護の関係で出来ないそうです」とユベールが言って、アルビンが「国の為にお願いします」と頭を下げる。

 大公の孫だし仕方がないのかな。

「時々出かけてもいいの? オレ達の店はどうするんだ?」

「店はそのままでよい。今回は弱らせた振りをして、無理に攫われて貰ったのだ。国外に出れば現行犯で逮捕できるのでな」

「孫を殺す気だったじゃないか、許せん」

 オレがまた頭に来そうになるのを、ユベールが捉まえている。

「そう死なん」

「ユベールの父親は死んだじゃないか」

「あいつに殺されたのだ。あの当時は病名も分かっていなかった。私は失意の中しばらくは何も考えられずにおった」


「私の母は娼婦ではなかったようです」

「そうなのか!」

「婚約破棄される前には父と知り合いで、婚約破棄されて父と駆け落ちしたようです。それを相手が根に持って、あのポール=アントワーヌと謀って。あいつは何度も父と会って鱗を飲ませて──」

 あの男が今回の事も、その前のユベールの父親の事にも絡んでいる事は分かった。しかし……。

「私の記憶に他の男がいるのは、婚約者とあのポールがいるからで──」

「ちょっと待って、あのポール=アントワーヌっていくつ? ユベールよりちょっと上くらいにしか見えないけど」

「あ……」

 ユベールが言い淀む。しかし、大公が言った。

「心配ない。神子は長生きだ」

「心配ないってどういう──」

 神子が長生きで、どうして心配ないと──。

「竜人は長生きなんだそうです」

「え、でもヴィラーニ王国はしょっちゅう召喚していただろう?」

「召喚されていなかったんじゃあ。私は知りませんし」

「だろうな」

 何かもうぐちゃぐちゃで訳が分からない。

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