41 ユベール奪還


「こやつらを捕らえよ」

 ユベールのお祖父さんが後ろの従者たちに命じた。ポール=アントワーヌと手下の者たちを手早く捕縛して行く。アルビンが出て来て報告した。

「閣下、屋敷の者も全て捕らえました」

「そうか」

 鷹揚に頷く大公は事情の説明は後回しにするようだ。

「小僧、私に乗れ」

 いきなりそうオレに言うと、お祖父さんの姿が光って滲んで輪郭が怪しくなった。

「あ、竜になった」

 金茶色の竜だ。あんまり大きくない。乗るのに丁度良さげな大きさだ。

 翼は金茶色の鳥の羽で、胴体も尻尾も頭も羽毛で覆われている。足は鱗で翼に付いた鍵爪にも鱗がある。耳と鼻が角のように尖って、鱗のある大きな口にはギザギザの牙が生えている。


「お邪魔します」

 背中に乗って、首にしがみ付くと、バサリと飛び上がる。すごい。

「行くぞ、どっちだ」

『私がご案内します』

 ハナコがオレのポケットから申し出る。

『タローは、シェデト湿原船着き場に向かっております』

「そうか」

 大公竜は上空でぐるっと旋回すると、ぎゅーーんと飛び出した。早い。だが背中には風が来ない。

「結界?」

「そうだ」

 頭上をこんなに早く飛ばれたら、森のエルフじゃなくても悔しいだろうか。

 あっという間に湿原に着いた。エール川の支流を北東に遡る。

 ギュンと音がして、隣を見ると竜が追い越して行った。ギュン、ギュンと何匹も何十匹も百はいるだろうか。

「どうだ見たか。我が国の国力を、竜の力を、我らの眷属を──」

 凄い、すごいよ。

 空からってだけでも凄いのに、皆ユベールより強いんだろう。

「これみんな?」

「そうだ。私の跡継ぎを待っておったのよ」

「待っていてくれたの? 夜会の連中は?」

「あれは権力を欲しがる一部の者たちだ。竜人は山に棲む」

 そうか、ヴィラーニ王国とビエンヌ公国の間には、ウロット山脈という険しい山々が聳え立っている。

「そうなのか」

「どうだ! 異界の神子を連れて帰って来たぞ」

 ユベール。こんなにみんなが来てくれている。魔紋に負けるんじゃないぞ。



『タローが、います』

 ハナコの知らせで地上を見る。湿地を馬車や騎馬で移動する一団がいた。竜はゆっくりと高度を下げる。竜に気付いて下にいる奴らが騒ぎ出した。

 火球や雷撃を撃って来る魔導士がいたが掠りもしない。


「わああーー! 竜だ、ビエンヌ公国の竜人だーー!」

 竜に恐れて逃げ惑っている。

 ユベールが見えない。湿地を行く一行の中を探す。

「アレは──」

 一行の中に、竜がいる。金茶色の竜だ。

 馬車に乗せられ、鎖に縛られて動きを封じられている。酷い。

「ユベール!」

 風を纏って大公竜の背中から、ユベールの所に飛び降りる。

「小僧、危険だ」

「ありがとう!」

 竜が、金茶色の竜がいる。薄青の瞳が見える。オレを見つけて藻掻き、やがて鎖を引きちぎって起き上がる。金茶色の翼を広げた。

 ああ、きれいな竜だ。オレの竜だ────。


「ハナコ!」

 オレのポケットから飛び出したハナコがヒュンと飛んでユベールの頭に下りた。

 ユベールの頭からタローが出て来てハナコと合体した。

「そんな魔紋なんか消してしまえ」

 下りながら唱える。

 下りながら祈る。

『浄化』『浄化』『浄化』『浄化』『浄化』『浄化』『浄化』

「ユベール」

 トンッと目の前に下りた。


 前を行く馬車が止まって、司教が降りてきた。手に持った錫杖をシャラン、シャランと振り、指を二本立てて額に当て、知らない呪文を唱える。闇魔法だろうか。

「私に従え、ユベール。そ奴を殺せ!」

 司教が大音声で告げた。風に煽られ聖職者の衣を翻す姿は迫力満点で恐ろしい。

 ユベールが胸を反らし首を上に掲げる。

 オレはユベールの身体にしがみ付いた。


「ぐおおおお――――んんん!!」


 空に向かって吠えた。

「なっ、ど、どうしてっ──!」

 ユベールの咆哮で、目の前にいる司教は身体を硬直させた。その辺りで逃げ腰だった神殿の騎士たちも動けなくなった。


「エルヴェ様」

 薄青い瞳の竜が嬉しそうに頭を寄せる。

「ユベール、竜だ」

「はい」

「魔紋は?」

「すべて消えました。ハナコ達が消してくれました」

「ハナコ! タロー! すごいなよくやった」

『私達は凄いのです』

 ハナコ達はオレの頭に飛び乗った。

「ユベール、キュアをかけよう、浄化も」

「はい」

『浄化』

『キュア』


「大丈夫か?」

「はい。エルヴェ様の魔法はとても暖かいです」


「この者たちを残らず捕らえよ」

 オレ達の側に降り立った大公が命ずる。

「我ら神殿の者を捕らえるとは、ヴィラーニ王国が黙っていますまい」

 司教が悪足掻きをするが、降り立った竜人たちが次々と神殿騎士達を拘束した。

「現行犯だ、申し開きのしようもあるまい」

「くっ」

 口惜しそうに大公を睨む司教。


 その時、

「ん? なあ、あの山って、ダンジョンのある……」

「ああ、エルバアイト山ですね」

 あっさり竜化を解いたユベールがオレの隣で山を見上げて頷く。山の方から光輝く者が近付いて来るんだ。

 近くまで来ると、それが光に包まれた黒髪の少年と黒髪の人だと分かった。ふたりは、こちらに手を伸ばす。

「あれは──」

 エルヴェだ。オレに似ている。一緒に居るのは母親か。

 二人は司教の腕を取った。

「な、何をする!」

 司教の身体がふわりと浮き上がり、エルヴェとその母親が、司教を連れて行く。

「うわああぁぁぁーーー!!!! いやだあーー! 何をするーーー!!」

 司教は叫びながら、光に包まれた親子に連れられて山の方に消えて行った。

「オレの親って、あいつだったのか?」

「そのようですね」

 取り敢えず祈っておこう。

 あの見晴らしの良い所でいつまでも──。

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