38 王太子殿下に謁見
ヴィラーニ王国王都パルトネに着くと高札の文字は変わっていた。
『神子と偽り国を騙した者を、パルトネ広場にて火炙りの刑に処す』
「三日後だ」
「私たちの事が知られているのかもしれませんね」
パルトネ広場は王都の王宮の真ん前にある広場だ。オレが屋台をうろうろしていた所とは違う。王家の国家的行事等で国王陛下が王宮のベランダにお出ましになる広場だ。
そんな所で自分たちが仕立てた偽物を処刑をして、見物するつもりか。悪趣味だな。
三日後、パルトネ広場に処刑を告げる鐘が鳴り響いた。広場は見物人で一杯だ。悪趣味な人間ばかりのようだ。広場を王国の兵士たちが並んで厳重に警備するなか、まだ若い神子が後ろ手に縛られ罪人の粗末な長着を着せられて、荷馬車のような馬車に乗せられて運ばれてきた。
神子は馬車から引き摺り下ろされ、広場に引き立てられる。広場には薪が積み上げられ、磔用の木柱が組んで置いてあって、神子はその前に連れて行かれた。
「た、助けてくれー!!」
神子が磔用の木柱の前で藻掻いて暴れる。
『あれは囮です』とハナコが言うけれど、「そうなのか、でも助けない訳にはいかないよな」オレの身代わりというのが気に入らない。大体、このまま放っておいて、あいつが無事で済むとも思えないし。
「エルヴェ様」
「行くぞ、ユベール『結界』」
ユベールがいてくれるからこそ、俺はこんな無謀なことも出来る。
「退けーーー!!」
ユベールが叫ぶ。
「控えよ、控えよ、神を恐れよ!『畏怖』」
手を上げた指の先に、カッと眩い光が輝く。
兵士の囲みが崩れたのを破って広場に走り出た。
「神子はオレだ。無実の人間を処刑してはならない。それはこの国にとっても良くない」
広場を囲んでいた兵士達、そして神子を引き立てていた兵士たちに向かって叫ぶ。彼らが待っていたように、こちらに向かって来た。
「馬鹿め、計略にかかりおって」
「捕まえろ! 神子を騙る偽物め」
「痛い目を見せてやれ」
「二度と口答えできぬよう、口枷を付けろ」
「取り押さえろ!」
待ち構えていた兵士たちが、オレ達を捕らえようとする。しかし、強力な結界で近付けないで、俺たちの周りをうろうろする兵士達。
「下がれ、誰も触れるな。このまま城に連れて行け」
「ならん、牢に入れて即刻死刑だ!」
位が高そうな男が見物席の上段から喚く。
「詮議もなしか。オレは王様に会いたいんだ」
「国王陛下は外遊中である」
神子を計略にかけといて何処に遊びに行っているんだ。折角ここまで来てやったのに。
「じゃあ帰る」と、さっさと踵を返そうとすると「まっ、待て、王太子殿下に会ってもらおう」慌てて引き止めた。どういう事だろう。本当に国王はいないのか。
取り敢えず王宮に行く事にして、神子役の男を開放してもらう。
「またこんな事をしたら、今度こそ神はこの国をお見捨てになるだろう」
はっきりと広場で宣言してやった。
「何を言ってやがる!」
群衆が何かを投げても、結界に弾かれて跳ね返るだけだ。次第に大人しくなる群衆たちを残してオレ達は王宮に向かった。
「王太子殿下がお会いになる、ここで待たれよ」
王宮の広間に通されてしばらく待つと、金髪碧眼の二十歳過ぎの男がぞろぞろとお供を引き連れて出てきた。後ろに何人かの神官がいる。エルヴェの叔父の司教もいる。立派な衣装を着て冠を被り錫杖を持っている。
目の前の上段にある立派な椅子に座るヴィラーニ王国の王太子殿下。
コレが王子様か。白地に金糸銀糸の縫い取り刺繍のガウン、シャツはレースたっぷりで袖口からもレースが零れ落ちている。煌びやかな王子様だ。何か可笑しくなってくるのをどうしよう。顔を見ると笑えてしまう。
いや、何か可笑しくないか。若い子がちゃらちゃらして、舞台衣装みたいなの着せられて踊っているみたいな。可哀そうレベルでおかしい。
カカシが踊っているみたいで。
「エルヴェ様は相当性格が悪いですね」
ユベールが溜息を吐く。
「お前程ではないぞ」
「父上は外遊中故、私が話そう」
王太子が告げる。
「神子よ、お前はこの国が召喚したこの国の神子だ。何故他国に行くのだ」
王太子が問いかける。彼からしたら、オレは国が召喚した筈の神子だろう。
「オレはこの国に召喚されていない」
「え」
そうだ、オレは元の世界で死んだ。召喚なんかされていない。そして、転生したら、この死んだエルヴェの身体にいた。
「異世界で死んで、この世界に転生した時は死にかけていた。誰もオレを必要としなかった」
エルヴェは衰弱して死にかけていた。いや死んだのか。オレは死にたくなかったから、自分の出来る事を必死になってやった。
「そして、神殿から奴隷として売られた」
「え」
サン=シモン神殿は、神官見習いを時々奴隷として売っていた。訳ありな貴族の子供、レベルの低い者、才能の無い者、苦情の出ない平民の子弟などを売って、人を入れ替え利益を得ていた。
オレは神殿にも必要とされていなかった。
「この男が助けてくれなければ、どこかの国で奴隷になって使い捨てられていた」
隣の男を見上げる。金茶色の髪、薄青の瞳の男は油断なくオレの側に居る。
「この国の神子とはそういうものなのか。役に立たなければ捨てるのか」
「そ、そんなことはない。神子は我が国を助けてくれる存在」
「今、神子がこの国に必要だろうか?」
「え」
「何処とも戦争しておらず、魔物が溢れたとか、瘴気が凄いとか、疫病が流行り人がバタバタ死んだとか、天変地異で地震や洪水、嵐などの災害が酷いとか、農作物が不作で飢饉になるとか、魔王が降臨したとか──、聞いた事がない」
神子はそんなことの為にあるんじゃないのか。オレが他国に行っていても、オレがいなくても何も変わらない。
躍起になって神子を召喚して何がしたいのか。
「何故、召喚したのか分からない」
「王太子殿下は一度下界をご覧になればいいのです。広く世間を知って欲しい」
言葉が空回りする。
オレにはなす術がない。何処にでもいるじゃないか。大人に振り回される可哀そうな子供。オレには祈る事しか出来ない。
「国が良くなるかどうかは偏にあなたの肩にかかっているのです。この国の為に祈りましょう。あなたに『加護』がありますように」
金髪碧眼のまだ若くて美しい王太子に『神子の加護』を──。
「何も持たない者が統治すれば、国は悲惨なものになりましょう」
「ああ、美しいな。感謝します、神子よ」
「お元気で」
そのまま王宮を辞そうとするとまた引き止められる。
「彼奴を捕らえよ。殺しても構わん」
司教が出てきた。
「神子様を殺すのですか!?」
自分たちで殺そうとした癖に驚いている。
「彼奴が神子でなぞあるものか。皆が鑑定したではないか」
彼は錫杖でオレを指して決めつける。
「しかし……」
兵士たちは躊躇った。散々取り押さえようとして結界に撥ねつけられたのだ。
「お待ち下さい」
王太子が出ようとすると、司教が錫杖を床にトンと突いて引き留める。
「殿下、私は嘘を言ってはおりませぬ」
構わず、王太子は前に出て宣言した。
「あのものは神子だ。私を鑑定すれば分かる。滅多な事をしてはならぬ」
「えええ、何とっ!」
「鑑定の出来るものは見るがよい。私に『神子の加護』がある事を。誰も手を出してはならぬ。アレはこの世界にただひとりの神子ぞ。逆らってはならぬ」
「ああ、真に、殿下に『神子の加護』がございます!」
鑑定できる魔術師が叫ぶ。そして王太子は言う。
「捕らえてはならぬ。神子の望むままにせよ」
「殿下、ご立派になられて」
彼の側に居た守役らしき男が嬉しそうに言う。
「いや、まだ私では足らぬ。あの方に笑われぬようにならなければ」
「ははーーっ」
オレ達はその場を後にして王宮を逃げ出し、すぐに転移の魔法で公国に戻った。
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