37 森の民


 その時、ユベールとオレのいる所に頭上から陽が射したんだ。まるでスポットライトが当たっているみたいに。オレ達、丁度岩の上に上がっていて、ユベールの髪が陽を浴びて黄金に輝いて、森の舞台の上にいるようだ。誰も息を呑みオレ達を見る。

 舞台にいるならオレのやることはひとつだ。


 輝く陽に向かって祈りを捧げる。

 森を守り給え。森の民に幸あれ。

『祝福』

 森に行き渡るように両手を掲げた。


 オレ達にスポットライトのように陽が射していた頭上から、キラキラと光が零れ落ちてきて、溢れて森に広がっていく。白く輝いて回りが見えなくなる程に。

「うわ」

 驚いてユベールにしがみ付く。

 光は森を覆い尽くすような勢いで広がって行った。


 森の民たちが歓声を上げる。

「おおーーー!」

「ああああ…………」

「ああ、このような祈りは何年ぶりであろうか」

 皆、跪いて両手を広げ木々を見上げ、やがて祈りの形に組んだ。


「失礼した。この頃は神子の祈りも届かず森も淀んでいた。この祈りで我らの森も甦るだろう、感謝する」

 一転して、先頭の男が跪いて礼を述べる。この男はオレを神子と言った。一族を率いる者だろうか。ユベールの祖父さんもオレを神子だと言った。そういう者は分かるのだろうか。それともエルフとか竜人たちは人より感覚が優れているから分かるのか。

「ユベールの事はもういいのか?」

「そなたの番であれば致し方ない」

 優先順位の問題だろうか。案外柔軟だな。

「時々この森に来て祈ってくれればよい」

「それぐらいならいいよ」

 柔軟じゃなくてしたたかなのか。


「その者どもには感謝の証として、森の抜け道を教える」

「この獣道が抜け道じゃないのか?」

「段階というものがあるだろう、一度に全てを晒すものではない」

「そんなもんか」

「まだまだじゃのう」

 男が手を挙げると風が巻き起こって、あっという間に木々の疎らな広場に着いた。

「これって転移か?」

「そうともいう、そなたがいれば通れるようにしておいた」

「それも段階なのか?」

「そうじゃ」

「奥が深いなあ」

「物事はそういうものじゃ」

「オレも修行せねば」

「そう急ぐこともあるまい」

「何だ、もう仕舞いか?」

「失礼な奴じゃ」

「エルヴェ様……」

 森の民は掻き消えて、放り出されたという感じにその場に取り残された。ちょっと機嫌を損ねたかもしれない。そういえば名乗り合ってもいなかった。


「あいつらの好物って何だろう」

 もう一度、お礼に行った方がいいかもしれないと思って、イポリットに聞く。

「トリュフ、鮭とば、いくら、フォアグラ、キャビアぐらいだな」

「贅沢だな」

 キノコがあるけど、他は海鮮ばかりだな。

「エデッサだと港町だから集まるぞ。タラの燻製を持って行けばトリュフと交換してもらえるな」

「へー、イポリットはエルフと商売しているのか」

「時々な、あんたが竜人とは知らんかった」

 イポリットはチラリとオレの隣にいる男を見る。

「最近分かったのです」

 ユベールは肩を竦めた。



「森の外だな」

「ヴィラーニ王国側の入り口付近だ」

 どうやら森の入り口に放り出してくれたようだ。

「まあ早く着いて良かったという事にするか」

「そうだな」

 苦情が来なくて良かった。


 イポリット達はここから一番近くの町まで歩いて、馬車を仕立てて王都まで移動するという。

「そんなに距離は無いから一緒に行こう。お前らのお陰で早く着いたからな」

「いいのか」

「ああ、だがもう余計なことはするなよ」

「分かった」

 何処からどう考えても、オレの対応って不味かったような気がする。怒らせただけじゃないのか。よくサッサと通してくれたものだ。森の民の寛大な心に感謝しよう。


 しかし、森の民の言っていた通り、こちら側は森の木も切り倒されて、焼き払われ、掘っ立て小屋のようなものが何軒か建っていた。

 オレ達が森を出て、街道を近くの町に向かって移動していると、森の中の方から三々五々人が出てきた。

「何だろう」

 仲間が聞く。

「おーい、どうしたんだ」

「森に結界が出来て中に入れなくなった」

「どうしたものか」

「せっかく家を建てようとしたのに」

「森に嫌われたら生きていけないというが」

「お前ら森から出てきたのか?」

「俺たちは北から来た」

「シャレにならねえな」


 やっぱり余計な事をしたらしい。森の民の力が弱まってヴィラーニ王国の難民が居ついていたが、あの祈りで力を取り戻して、入っていた人々を追い払ったらしい。

 オレ達はさっさと逃げ出したのだ。


「なあユベール、オレ悪いことをしたのかな」

「仕方がないですよ。森の奴らも怒っていたし、戦争になるより良いんじゃないでしょうか」

「そう思う事にする」

 オレってまだまだだよな。



 王都の少し手前の大きな町でイポリット達と別れた。彼の両親はこの町で宿屋を営んでいた。政情不安で治安が悪くなって避難する事にしたようだ。


 オレ達は歩いて王都を目指す事にした。ユベールと一緒だと安全だ。

 王都に近くなると、あちこちの辻に高札がかかっていた。

 何と神子を公開処刑するという。

『神子と偽り国を騙した者を磔にする』

 どうしてそんなことをするんだろう。

「王都に行くのは危険です」

「うん」

 それは分かっているんだ。きっと国王は司教と同じことをする。

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