35 ヴィラーニ王国へ


 取り敢えず、無事に婚約してお披露目も済ませた。式は半年後になるようだ。

 やっとユベールと隣の部屋というか続きの部屋を貰った。しばらく別々の部屋に引き離されてちょっと辛かったが、もう婚約者だからいいのだろうか。その基準はよく分からないが、久しぶりにべったりくっ付いた。


 背中から巻き付いている男に言う。

「オレちょっとヴィラーニ王国の王都パルトネに帰りたい」

「神子ですか?」

「うん」

 処刑って不味いんじゃないか。

「故意に噂を流したのかもしれません」

 アイツら──。故意にと言われるとそんな気もするけれど、それでも帰らなければいけないと思う。


 競売会場の離宮から逃げる時、随分派手にやらかしたので、神子がいるのではと疑われてもおかしくない。しかし、逃げ出した神子たちを探し出すのも骨が折れる。奴隷の競売をしていたことも、神殿の見習い神官を奴隷に売っていた事もすべてバレると困る。

「それで替え玉で民衆を誤魔化すのです」

「誤魔化されるのか?」

「不味い事になったら神子の所為にするでしょう」

 ああ、あの国のやりそうな事だな。不味い所、悪い所は全て他人の所為にして、いいとこ取りして、あのやり口はもう飽きた。二度と食らいたくない。


「ダメですよ。神子をエサに誘き寄せて捕まえて、今度こそ国の為に使われます」

 分かっている。けどなあ。派手にし過ぎたからな。

 オレの所為で、オレの為に、人が不幸になるのは嫌なんだ。


「川船で帰ると、すぐに分かって待ち伏せするんじゃないでしょうか」

「うーん」

 頭の中に地図を広げる。現在地はビエンヌ公国の公都ディヴリーだ。ディヴリーは山側の高地にあって、ヴィラーニ王国との間にはウロット山脈が聳えている。高い山だ。頂には雪を被っているし、山越えはちょっと無理だろうな。

「おっ」

 ウロット山脈の西側に森林がある。これがベアサイン森林といって、オレの地図には細い道が示してある。ヴィラーニ王国に向かってだ。

 そういや、イポリットが言ってた馬車も通らぬ獣道ってこれじゃないかな。

 魔物が棲まう恐ろしい所ってちょっと興味あるよな。どんな奴が出て来るのか。


「なあ、イポリットの言っていたベアサイン森林から帰れないかな」

「エルヴェ様」

 ユベールが睨む。非常に嫌そうだ。しかし、ヴィラーニ王国への道を見つけてしまったオレを引き留められるかな。

「ユベール、ここに居る? オレ、イポリットに教えてもらって、ちょっと帰って来る──」

「仕方がありません、祖父に断ってご一緒します」

「いいのか?」

「はい」

 もちろん、ユベールが一緒に行ってくれた方が100万倍マシだ。



 そういう訳でお祖父さんに交渉する為に、執事のアルビンに面会の予約を取ってもらって、宮殿の大公の執務室に行くと待たされる。手前の小部屋で少し待つと、何か言い争っていた気配がして憤然と肩を怒らせた男が出てきた。

 祖父さんみたいに尊大で、ダークブロンドに蒼い瞳の大柄な男だ。不機嫌そうな顔をしてオレ達に気が付くと、オレとユベールを交互にジロジロ見て、プイッと顔を背けると回廊を大股に歩いて行った。非常に感じが悪い奴である。


「誰か知っている?」

「さあ」

 ユベールが首を捻ると天井からスライムが答えてくれた。

『大公の従兄弟の子供、ポール=アントワーヌです』

『外務卿の長子でーす』

「結構な大物だな」

「夜会には来ていませんでした」

 そういえばあんな奴が居たら目立つだろうな。

「何でお前ら知っているんだよ」

『こちらの大公宮殿には来ます』

『この前ご主人様に絡んだ者どもの親玉でーす』

「そうかい」

 どこまで偵察に行ったんだ。こいつらどこに向かって進化していくのか、もはやオレの手に負えないぞ。

「気を付けろよ」

『はいー』

『おいっす』

 こいつらの無事を祈っておこう。そういえば公都に来て祈る暇がなかった。何をしているんだオレは。祈りこそオレがオレである為の、最大の特技であり自己主張なのに。

 よし、祈ろう。


 その場に跪き、手を組み合わせ、大いなるものに感謝とお詫びの文言を紡ぐ。

 ユベールが一緒に祈ってくれる。スライム達も一緒に跪いて手を合わせる。

 神子の祈り『祝福』を覚えました。


「先程、素晴らしい風が吹いて、宮殿が清められたのだ」

 ユベールの祖父さんは嬉しそうに言った。

「私も涙が流れるほどありがたかったぞ」

 大公に会ってヴィラーニ王国へ帰って来たいと申し出ると、大公は少し考える風だ。

「オレの友人にイポリットという奴がいて、そいつがベアサイン森林の抜け道を知っているんだ。その道から帰るから途中で捕まることはないと思う」

「そうか、私も気になる事がある。よかろう、式までに決着をつけることにしよう」

 どうも、大公も何かやることが出来たようだ。ユベールによく似た少し悪い顔でニヤリと頷いた。



 イポリットの親がやっている公都の宿はすぐ見つかった。とても立派な宿だ。訪ねて行くと公都に来る途中だというので待つ事にした。

 その間、ギルドに出かけて魔法陣の専門家に羊皮紙を調べてもらう。

「こちらは転移の魔法陣ですね。場所を決めて魔力を流せばそこに魔法陣が形成されて、帰りたい時にそこに帰れるようになります」

「おお、いいじゃあないか」

「一方通行ですし、場所を指定すればもう変えられませんし、高位魔法の割に案外使い勝手は悪いのですよ」

 そう言ってギルドの魔術師は呪文を教えてくれた。

「どうしたもんか」

「お屋敷に張って置けばいいのでは」

「そうだな、こっちに来るのめんどくさいもんな」


 イポリットは数日で公都にやって来た。

「立派になったなお前ら」

「いや、それは服の所為だし、従者もついて来るし。それより」

 ちょっと結界を張って内緒話をする。

「ヴィラーニ王国の王都パルトネに行きたいんだ」

「森を通るのか? 私は両親を迎えに行く所だったから、案内しよう」

 イポリットは頷いて、俺たちはヴィラーニ王国に帰る日程と行程を話し合った。イポリットが言う通り荷物を背中に背負って、苦しい行程になるようだ。結婚式までに帰って来れるかな。


 ビエンヌ大公に帰る旨伝えて、大公の為に祈った。

「おお、コレは身も心も若返るようだ」

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