34 ビエンヌ大公の夜会


 かくして夜会の日は来た。いやその前に婚約式だ。これだけは何が何でも乗り切るのだ。オレは大きなネコを被る事にした。

 にっこり笑って大人しく。いや貴族っていうのは大口開いて笑うもんじゃないらしい。アルカイックスマイルでツンツン。ああ、この強張る顔をどうしてくれる。


 ユベールはマシなんだよな、元々表情のない奴だし、姿勢はいいし、言葉遣いは丁寧だし……、こうして見ると顔が整って金茶色の髪も綺麗だし。

 オレがユベールをじっと見ていたら助言をしてきた。

「エルヴェ様、いつも通りでいいのでは?」

「いつも通りって?」

「そうですね、祈りを捧げる時のエルヴェ様は、シンとして水のように静まり返って立ち姿も美しくて見惚れるばかりです」

 ユベールの言葉を聞いて分かった。オレ達バカップルってやつだ。よし、オレも遠慮なくユベールを褒めよう。


 ところで、ハナコとタローがどこに居るかといえば、アイツらスライムなんだ。透明になって頭の上やポケットの中や天井に張り付いたりしている。時々2匹でくねくねと巻き付いて情報交換しているようだ。



 公都ディヴリーの大公宮殿に連なるビエンヌ大聖堂でオレ達は婚約式をした。白いひげの司教が聖なる言葉を紡いで祝福を授け、書類にサインして婚約が整う。

 その後、この国の貴族を集めた晩餐会で、食事の前の乾杯の時にビエンヌ大公に正式に紹介された。

「私の孫のユベールとその婚約者のエルヴェだ」

 さすがに貴族だ、目を見開いて皆驚いたようだがお酒を吹き出すような者はいなかった。しかし、大公の爆弾発言に集まった貴族は食事どころじゃない。


 ユベールのお祖父さんには跡継ぎがいない。

 彼の子供は死んだ子息が1人だけで、従兄弟が何人かと、その子供や遠縁がいる。

 大公は跡継ぎを決めていない。ビエンヌ公国は議会制で国を回しているのは官僚たちと議員たちで、それぞれ内務卿、外務卿がいてその下に各省庁がある。それと別に司法庁と国軍、魔法庁があって、神殿があって、国はその代表によって運営され、大公はそれを承認する存在だ。


 大公が亡くなっても今の形でこの国は成り立つ。しかし、ユベールが現れた。魔法庁と司法庁が調べた結果、ユベールと大公は、2親等以内の濃い血縁関係があると鑑定結果が出たのだ。

 国家元首である大公の地位、そして彼の財産は莫大なものだ。

 だが、いきなり相続人が現れた。親族の胸中は如何ばかりか。


 食事の後の大ホールで貴族たちは大公を囲み意見をする。

「聞けば娼婦の子供とか」

「そのような卑しい出自の者に」

「ほう、そんな話は初耳だな。何処から仕入れてきた知識だ」

 大公は皮肉げに返す。

「噂で聞き及んだだけです」

「この国にユベールの噂があったのか?」

「わ、私は国外へも行きますので」

「それに竜人と人との子は紛いものです。真の竜人ではない」

「ふうん。私の息子は急病で他国で死んだ。遊学して多くを学び、国に帰ると手紙を寄越したが、その後の手紙は息子の危篤の知らせであった」

 大公は居並ぶ者たちをじろりと見る。

「あまりにも突然の死だ。私もずっと納得がいかなかった」

 皆が息を呑んでお互いを見る。

「だが真実など、もうどうでも良い。ここに私の孫がいる。それだけが真実だ」


 オレ達は大公に食い下がり翻意を促す親族連中を、何とも言い難い表情で見る。

「なあ、あいつら全部親族なのか?」

 ユベールにこそっと聞く。

 ユベールは祖父さんを囲んでヒートアップしている連中をチラリと見て「そうですね。親族とそれに連なる貴族ですね」と無表情な顔で言う。

「紛い物とか真の竜人とか何だよ」

「竜人の数はかなり減っておりますので、紛い物の方が多いでしょう」

 はあ、溜め息だな。ネコを被り直さないと。


『……神子……』

「え?」

 誰かの潜めた話し声が聞こえて、周りを見回したが誰もいない。で、上を見ればオレのスライムがいて声が聞こえるんだ。

『ほう、あのユベールの婚約者はヴィラーニ王国の出身なのですか』

 ホールのあちこちで拾った話をオレに届けてくれるようだ。周りを見たがそれらしき者はいないし、誰もこの話に気が付いていない。


『この前、神子が召喚されたそうだが──』

 何処でこんな事を喋っているんだ。スライム達は繋がって天井を長く伸びて、内緒話をする人たちの声を拾う。

『噂だと召喚された者はどうも神子ではないから、詐欺罪で処刑にするとか』

『神子は黒髪で紫の瞳だと奴隷商が自白したとか』

『それはもう戦神のように美しいと──』

『噂では、この国で見たらしい』

『それは、あのユベール殿の婚約者の容姿に似ているようですが』

 噂をしている奴らと目が合った。奴らはそそくさと逃げて行った。

 何て噂話をするんだ。何処のどいつだ。この国でオレのことが今バレるのは、ヤバイんじゃないか?


 そして振り向けば、オレ達は目を吊り上げて睨んで、今にも切れそうな奴らに囲まれていた。

「そのような下賤の出の者に」

「そうだそうだ。娼婦の子供だと言うじゃないか」

「本当に大公のお孫様かどうか分かるものか」

 ユベールを貶されるのはやっぱり気持ちのいい事じゃない。オレは被ったネコをかなぐり捨てて彼らを睨みつける。

「お前達の方が下賤じゃないか、そんな噂を真に受けて」

「エルヴェ様」

 ユベールが引き留める。

「いいのです、慣れていますので」

「よくないよ」

 オレの反撃に囲んでいた奴らは驚いている。

「私の為にそんなにお怒りになって、嬉しいです」

「バカだな、当り前だろ。オレはユベールが自慢なんだ。強いし、カッコいいし綺麗な羽もあるだろう。最高だよ」

 オレ達はバカップルモードになった。しかし、取り囲んでいた奴らは息を呑んで、それから険しい表情になった。

「羽だと?」

「この前、崖から落ちそうになったんだ」

「その時だけ羽が出ました」

 男達の顔が更に険悪になった。どうしたんだ。


「そうか、でかしたユベール」

 お祖父さんが来て男たちは居なくなった。竜人って耳がいいんだよな。

「すぐにお前も竜化出来て、飛べるようになるだろう」

「そうなのですか?」

 お祖父さんはユベールの肩に手を置いて力強く頷いた。

 竜化って何だ? この前のが最終形態じゃあないのか。


 それにしても、さっきの話をこのホールに居る奴らは聞いたのか。いや、全部が竜人じゃないし、紛い物が多いんだったらどうなんだ。

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