32 ユベールの祖父


 翌日、出直して約束の時間にアパートに行った。

 3つのお店候補を順に見て回る。一つは閉店している店で外側からしか見えないが、あまり綺麗ではないようだ。一番値段が安いそう。

「ここだと内装も外装も全部やり替えなきゃいけないな」

 かえってお金がかかるか。


 次は商業地の真ん中で3階建てビルの1階にある店だ。長屋みたいに奥に長い店で、店主は手狭になったので売りに出したという。一番高い店だ。

「狭いし高いなあ」


 最後の候補の店は靴を買った店に近い所にあった。店の奥から60くらいの男が出て来る。

「ここはどうして売りに?」

「この店は3人で始めたんだが、ひとりは親父が亡くなって後を継いで、もうひとりは恋人と他所で違う店を始めたんだ。私ひとりだと広いしどうしようかと迷っている」

 川船の船長より少し年上だろうか、茶色の髭を生やして額が少し後退しているがまだ元気そうなオヤジだ。エプロンをして袖をまくっている。何か細工でもしているのだろうか、細長い指が器用そうだ。


「何か作っているのか?」

「スカーフとかレースとか小物。布で作ったもの。人形とか、オルゴールとか、時計とか、お皿の飾りとかファンシー小物とか。クッションとか」

 オヤジの話し方はぶっきらぼうだが、色々作れるんだなあ。店にある小物を見たがどれも丁寧に作られている。


「私は作る方が好きで、店番とか帳簿とか苦手でな」

 それってレスリーとローランにちょうどいいんでは。

「これ、靴屋で貰ったんだけど、こういうのも売れるの?」

 オレが昨日、靴屋で貰ったがま口を出すとレスリーが飛びついた。

「あ、これ面白ーい。小さい口金付けたら小銭入れになるかな。ほら布を色々変えて、皮でもいいな」

 レスリーはこういうの好きそうだな。


「ほう、あんたはそういうのが好きなのか。この頃は紙幣が出来たそうで、上流階級では細長い紙入れが流行っておるそうな」

「へえ、紙幣があるのか」

「一般庶民はせいぜい小金貨くらいだからなあ。ほれ、こういうのだ」

 オヤジが取り出したのは普通の巾着だ。それと紙入れが3つ。

「紙幣とか何処が発行しているんだ」

「銀行だ」

「そうなのか、銀行って全然見ないし行った事がないなあ。両替商はあったっけ?」

「両替商は入国審査の検問所の近く、繁華街と港、それにギルドでも両替をやっておる。銀行は上町に幾つかある」

「なるほどー」


 この人、この土地の人かな。オレ達みたいなよそ者ではよく分からない事を知ってそう。土地に馴染むにはこういう人がいるといいと思うんだけど。

「アンタは引退するのか? まだやりたいんなら一緒にやろうか。教えて欲しいことが一杯あるし」

「そりゃ願ったり叶ったりだ。実は私がいるとこの店が売れなくてよ、そろそろ引退かと思っていたんだ」

 レスリーとローランに相談するとアパートから通うから管理人が居た方がいいという。こっちも願ったり叶ったりだな。そういう事でここに決めた。


 男の名前はモルガン・ドニエといってまだ58歳だった。ギルドに行って契約書を交わして、保証人やら決めて、営業許可も貰って、お店の掃除を頑張って、聖水で清めてみんなで祈りを捧げる。その後、皆でお店で乾杯した。


 モルガンはそのまま店に住んで、レスリーとローランは、今の仕事を辞めてから店に仕事に行くことになった。オレ達は時々店に寄って素材を出す、という事でこの前のアズダルコの皮を2枚出した。

「おお、コレはアズダルコの皮じゃないか!」

 さすが、モルガンは知っていた。

「また何かあったら先にこっちに持って来るよ」


 そういう事で店の事も殆んど決めてしまって、オレ達の服も靴も出来上がって、武器のメンテナンスも終わった頃、見計らったようにアパートに戻ると手紙が来た。



 ビエンヌ公国の公都ディヴリーから騎士が手紙を早馬で運んで来たのだ。

「こちらに受け取りの御署名を」

 ユベールが署名をすると、その署名した用紙は消えて手紙が残った。


「私の祖父からです」

 ユベールが封蝋のある手紙を引っ繰り返して中を開く。

「ん?」

 おい、その手紙の最後の署名って──、しばらくこのエデッサに住んでいたので、オレだって、この国の大公の名前ぐらい知っている。

「ユベールの祖父はアルマン・エマニュエル・ド・ビエンヌ大公なのか……」

 偉そうな祖父さんだったが、本当に偉いもんさんだった。


「エルヴェ様と私の婚約式を行って、お披露目をするようです」

 オレは何とも言えない顔でユベールを見る。何処から突っ込めばいいんだ。


 つまり一国の国主の孫にあたるこの男との婚約式があって、お披露目のパーティがあると。上流階級とのお付き合いが待っているのか?

「結婚式は半年後になるようです」

 そういや、俺とユベールって、まだ結婚していなかった。男だけのこの世界じゃ、男同士で結婚するんだよな。


「お前オレのこと様付けすんなよ。大体、ユベールは王子様なんだろう? オレが様付けして呼ばないといけないんだろ」

 待てよ、公国っていう事は公子とかいうのかな。いや、呼び方以前の問題だ。

 身分違いとか、身分違いとか、身分違いとか──。


「エルヴェ様はエルヴェ様です。私はエルヴェ様の護衛です。変わっておりません」

「うー、でも──」

「明後日、迎えの馬車が来るそうですので、準備をしておかないと」

「そんな直ぐに? 心の準備が何も出来ていない。オレ行かなきゃいけないの?」

 あ、ユベールが巻き付いた。

「私を捨てないで下さい」

「いや、それってオレが言うセリフだろ」

「エルヴェ様は神子です。この世の何物にも代え難い御身。本来なら私が自由にしてよい方ではありません」

「成り行きで仕方なかっただろう」

「仕方ないと……」

 こらこら、ズーンと暗い表情になるんじゃない。

「ちがーう!! オレはお前がいいの。一緒に居たいの」

「私もです」

 ユベールはオレを抱き締めて告げる。

「ずっとお側に居たいのです」


 不安はあるんだ。ユベールって生きていた王子様? いや、生まれていない筈の王子様? いきなりそんなモノが降って湧いたらどうなるんだ?

 蜂の巣をつついたような大騒ぎになるんじゃないか? オレの頭では何が待っているのか皆目見当がつかないが、お披露目されて、その後ここで普通に暮らせるのか?


 とにかく、公都に行って、ギルドで魔法陣を調べて貰って、そして付与術士に会うんだ。大公の紹介だったら会ってくれるよな。

 問題はその後だろうな。

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