23 ユベールの祖父


 ああ、ハナコは今日も元気だ。

 四本の足の間からくねくねと出て行った。

「エルヴェ様、お風呂に入りますか?」

「んぎゃ……、ぐ……」

 決して魔獣の声ではない。喉が掠れて声が出ないのだ。

『蜂蜜水でございます』

 ハナコが持ってきたのをユベールが受け取って口移しで飲ませてくれる。


「おま……、おま……」

 何か言おうとしたら巻き付かれた。

「昨日帰ったらエルヴェ様がいらっしゃらなくて、ギルドにもいらっしゃらなくて、探しました」

 あー、オレ何にも言わずにレスリーのとこに行ったのか。すぐ帰ると思っていたんだけどな。結局オレが悪いのか。


 ユベールは孤児院に置き去りにされたんだ。母親に。

「オレ、置き去りにしたりしないぞ、きっとお前の母親だって事情があったんだ」

 巻き付いている男に、ハナコのようにくねくねと身を捩って向き合う。

「私はあなたを失いたくない」

「何で失うんだよ」

 口を尖らせて聞いてやる。


「──」

 男は何も言わないで、またオレに巻き付いてくる。頭に手を置いて、肩から背中に手を回し、足を絡めて、唇を鼻に頬にそして唇にキスをする。

「昨日、男が来て──」

 そういや、ひどい対応だったな。オレ恥ずかしい。

「私の祖父だと──」

「え、ユベール、身内が居たの?」

「はい……」

「良かったじゃないか、何であんなひどい対応したんだよ? 追い返したりして」

「すみません」


 シュンとすると耳が垂れているように錯覚するんだが、続いて聞くと思いもかけない返事が返ってくる。

「何か言われたの?」

「いえ、その、私が竜人だと言われたので」

「竜人? 鱗とか尻尾とか逆鱗とか竜玉とか……ないの?」

 いかん、狩りゲーだ。

「ありません」

 ユベールは憮然とした、その後唇を歪めて顔を背ける。笑っていないか?

「変身して竜になるとか……?」

 オレがさらに続けると「今までなった事はありません」とシレっと答えた。

 何処が竜なんだ!?


 コンコン!

 ドアをノックして執事姿のハナコが入って来た。

『失礼します。ユベール様にお客様です』

「うわ、オレ動けないぞ」

「やあ、失礼。そのままでいい」

 ハナコの後ろから昨日の男が入って来た。


 ユベールの祖父だという男は金茶色の髪に薄青い瞳の厳つい感じの男だが、若く見えるんだが。兄弟だと言っても通る。

「ユベール、服着て来いよ。ついでにオレの服も」

『こちらにお持ちしました』

 ハナコはすごいな。そのままお客の対応に当たっている。

『申し訳ございませんが、応接室はまだ準備しておりませんので、リビングにご案内します』

「ああ、なかなか面白いスライムじゃないか」

 ユベールの祖父はハナコに案内されて悠々と出て行った。


 リビングに行くと、ユベールの祖父はハナコの給仕でのんびりとお茶を喫していた。オレは歩けなくてユベールに抱えられてソファに座った。

「どうも昨日は失礼しました」

 追い返したのは不味かったんじゃないか? 昨日の格好を思い出して顔が赤くなる。

 何というか、出会った頃の尊大で慇懃無礼なユベールに輪をかけたような男がじっとオレを見る。身体の中まで見透かされそうな薄青の瞳。


「ユベール、番を見つけたと言っていたが、ソレか?」

 いきなり顎をしゃくってソレって何だよ。オレの眉がキリキリと上がる。

「はい」

「ふうん、ソレをどこで見つけたのだ」

「神殿に寝ておりました。最初は気付かなかったのですが、どうも中身が入れ替わったようです。かなり混乱しました」

「この前、私によく似た『竜の力』がヴィラーニ王国の方角で解放されたのを感じたのだ。密偵をやって探し、ようやっとこの国に入ったことを突き止めた」

「エルヴェ様が神殿から売られた時に助けに行って、力が解放されました」

 ユベールの言葉に何度か頷いて男は続ける。


「そうか、我が息子は病で身罷った。何か私に話がしたかったようだが、私が駆け付けた時にはすでに昏睡状態であったよ」

 何とも言えない表情でユベールを見る男。

「まさか息子と人との間に子が出来ていようとは」


 ユベールによく似た蝋人形のような顔。唇の端が持ち上げられて、表情が歪んで人形から人の顔になった。血の通った滋味に溢れた男の顔に。

「私に孫があって嬉しいぞ」

 そして男の顔はオレに向けられた。

「なるほどな、そいつは異界人だ」

「そうですか。おかしなことを言うので、もしやと思っておりましたが」

「ついでに言えば神子だ」

 ついでとかなんだ。大体何でそんな事を知っているんだ。オレ達ほとんど初対面だよな。この短時間でオレの事を見透かすなんて、只者じゃないな。


「なるほど。だからいくら神子を召喚しても来なかったのですね」

「そうじゃないぞ。最初の召喚の時失敗したんだ。その後、オレは死んだ。それで魂をこっちに呼ばれて、エルヴェの身体に入ったんだ」

「だそうです」

「まあそこら辺はどうでもよいが」

「いいわけ無いだろうが。オレこっちに来てなかったかもしれんのに」

「よく来てくださいました。お陰で私たちは寂しい人生を送らなくて済みましたね」

 ユベールが引き寄せていい子いい子という風にオレの頭を撫でる。

「そうなのか」

 ユベールを見上げると、向かいのソファにいる祖父が笑う。

「なかなか可愛い嫁だな、式はいつにするのだ。私が用意してやろう」

「なるべく早くがいいですね」

「相分かった」


 男は立ち上がり傲然と胸を反らせてドアに向かう。ハナコが恭しく玄関のドアを開けてアパートから出て行く。

 玄関の外には豪華な馬車と、護衛の男たち、そして執事らしき年配の男に秘書らしき若い男がぞろりと並んで出迎えた。

 偉いもんさんらしいけど、馬車には紋が入っていない。男が馬車に乗るとみんなが頭を下げるので一緒に下げる。馬車はあっさり行ってしまった。



「なあ、あの方はどなたなんだ?」

 アパートに戻って聞くがユベールの返事は素っ気ない。

「私の祖父らしいです」

 まあそっくりだけど、そっくりだけどどうしてあんなに若いんだ。

 そういえば名乗り合っていないけど、いいのか?


「なあ、あの人ユベールのお祖父さんなんだろ?」

「はい」

「竜人って歳を取らないのか?」

「さあ、聞いたばかりですので竜人の特性について、よく知らないですね」

 そういえばユベールの父親は病で死んだと聞いたな。

「なあ、竜人が死ぬってどんな病なんだ?」

「鱗屑硬化症といって、体表に現れない鱗が体内に潜んで血管が詰まって死ぬ病気だそうです」

 うわ、ユベールって鱗が無いじゃないか!

「お、おま、お前、大丈夫なのか?」

「はい、最近特効薬が出来たそうです」

 ユベールは握りこぶし大の大きさの瓶を取り出して見せた。白っぽい何かでコーティングされた丸薬が入っている。特効薬があるのは安心だが、それ、どこから出したんだ。

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