22 不機嫌なユベール


 翌日、なぜか不機嫌なユベールが珍しいことを言う。

「少し用事がありまして出かけてきます。早めに帰って来ますので──」

「分かった。オレ、商業ギルドに行って他に出来る事がないか聞いてくる」

「そうですか。ギルドだけですね」

「うん」

 ユベールは少し不安そうな顔をして出て行った。


 ヴィラーニ王国の離宮で助けられてから、ずっとユベールと一緒だった。片時も離れたことがないぐらいに。まあ、これまでの事を思えば、彼の気持ちは分からんでもない。取り敢えず出来るハナコを連れて行こう。



 商業ギルドに行って相談する。

「その、自分に出来る事は無いかと思って」

「さようでございますか、エデッサに登録してあるギルドは現在、薬師、鍛冶、木工、布・布製品、製陶、細工でございます」

「たくさんあるんですね。細工というのは?」

「石や貴金属など様々なものを細工して装飾品を作るギルドです。係のものを呼びましょう」

 呼ばれてきた細工ギルドの人は優し気な中背の男だった。


「どうぞこちらへ」

 案内されて行ったギルドの部屋には、指輪から時計まで様々なものがあった。

「このような棒材から切り取ってハンマーで叩きます。ある程度叩いたら熱処理して柔らかくします。成形して磨いて出来上がりです」

 うーん、オレに出来るのかな、という不安が湧く。薬師ギルドと同じく『初めての製作・細工』のレシピ本を貰った。これは、やればやる程道具が増えるってやつだな。


 商業ギルドの出入り口でレスリーと鉢合わせした。

「エルヴェ、ひとりなの?」

「そう言うレスリーもひとりじゃないか」

「丁度良かった、相談があったんだ。僕んちに来ない?」

「うん」



 レスリーたちのアパートに行って、お祝いを渡して、相談を聞く。

「これ、鏡。いつか貰っただろ。オレあの時とても嬉しかった。それに、レスリーがオレに初めて話しかけてくれた」

「いや、僕はそういう性格だから……」

「とっても素敵な性格だと思う。ありがとうレスリー」

 レスリーは恥ずかしそうに頬を掻いた。それから溜め息をついて話始める。


「ローランと喧嘩したんだ。あいつ焦っているのかな、力仕事みたいなのばっかし受けて、疲れて機嫌が悪くなって──」

 そういえば冒険者ギルドの後、何となく機嫌が悪かったな。


「僕はお店とかで働くのが好きなんだけど、ちゃらちゃらして軽薄そうにに見えるって──」

「レスリーは特技が『懐こい』だからお店で働くのはいいと思う」

「エルヴェ、僕の特技って、分かるの?」

「うん、センスがあるから散髪屋とかアクセサリー屋とかいいんじゃないか」

「エルヴェ、ありがとう」

 レスリーはぱあっと顔を輝かせる。


「そうなんだアクセサリーとかやりたいよね」

「オレ、今日ギルドの細工のレシピ本貰った」

 オレが本をレスリーに渡すと嬉しそうに見る。

「これいいな、作ってみたい」

「他に木工とか布・布製品とかあった。色々試してみたらいいんだよ」

「そうだなあ」

 話しているとローランが帰って来た。


「俺は何も出来ないんだ。力仕事でも負けるし──」

 ローランは早く一人前になりたくて焦っているようだ。

「お前の特技見てやるよ。あんま人の見るの好きじゃないんだけど」

「エルヴェ、そんな事できるのか?」

「うん」


 内緒で『鑑定』をして、じっとローランを見る。特技のところは──。

「んー、ローラン、『数字好き』?」

「あ、ローランはね、計算とか早いんだよ。買い物してたら計算早いし正確なんだ」

 レスリーがすぐに反応する。

「ローラン真面目だし、仕事そういうの探したら?」

 事務系の仕事とか出来そうだよな。経理とか帳簿の管理とか、請求書とか契約書等の書類もきっちり作ってくれそう。


「そうか、そうだな。エルヴェありがとう。俺って体格だけが取柄かと思って、ユベールさんみたいに力が強くないし、レスリーに呆れられたら、頼りなかったら、どうしようって思って」

「ローラン、僕はローランが好きだよ。もう、すっごく頼ってるんだよ」

 おう、べったりだ。アツアツでいいな。


「そういえば、今日仕事に行った時、聞いたんだが」

 ローランがちょっと照れてから、仕切り直した。

「エデッサの街から馬車で2日の所にダンジョンがあって、温泉があるそうだ」

「温泉?」

「そういや、エルヴェってお風呂とか叫んでいたな」

「温泉行きたい!」

 何と、この世界にも温泉があるという。


「馬車で2日。ダンジョンと温泉。よっしゃー!」

 オレのテンションが高くなったところでお迎えが来た。

「こんばんは。エルヴェ様、お迎えに上がりました」

「ああ、もうこんな時間。邪魔したな」

 話に夢中になっていた。もう外は薄暗い。

「ありがと、遅くまで済まない」

「またなー」



 ユベールとエルヴェを見送って、レスリーが呟く。

「エルヴェ、変わっているよな」

「ああ、びっくりしたな。特技が分かるなんて」

「ユベールも変わっているんだよな。愛想ないけど」

「そうだな、はじめは怒ってんのかと思っていたぜ」

「ああ、それはホントに怒っているかも。アイツヤキモチ焼きだから」

「──! そうなのか」

 ローランはちょっと冷や汗をかいたのだった。



 ユベールは朝から機嫌が悪かった。

「どちらにいらっしゃったかと、探しました」

 真っ直ぐ前を向いて言う声も低くて、まるで咎めているようだ。

「何怒ってるんだよ」

「別に」

 むっつりと唇を引き結んで、腕を掴んで早足で歩く。離そうとか振り払おうとすると、余計にガッチリと両手で抱込んで歩き出した。


 アパートに着くとユベールはダダダと階段を駆け上がり、オレをベッドに投げおろした。

「何すんだよ──!」と睨み上げると光る眼が見下ろした。

「そんな顔でキリリと眉を上げて、その濡れた瞳で睨みつけて、そそられます」

 襲い掛かってくる。獣のように。

「あ、いや!」

 ピンポーン。

「誰か来た」

 逃げようとしたが押さえ付けられる。


「気を散らさないで下さい」

「──でもっ」

 ガチャリと寝室のドアが開いて男が覗き込んだ。

「おい」

「今取り込み中です」

「や、助けて……!」

 知らない誰かに手を伸ばした。しかし、その手を掴んで頭の上に押さえ付ける。

「いや、その」

 戸惑ったような男をチラとも見もしない。獲物を捕らえた魔獣のように。

「明日来てください」

「分かった」

 男は肩をすくめて出て行った。

「あ──……!」

 あとは悲鳴のようなくぐもった声ばかり。

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