20 小さな教会堂


 3軒目の武具屋で目に付いた銀のショートソード。見る角度で淡い紅色を纏い、手に取ってみると軽い。

「これ、軽くていいな」

 丁度、黒っぽい剣を手に取っていたユベールが「私もこれがいいです」と振り向いた。ユベールの剣はロングソードなのでそこそこ重さがある。刀身は黒いのに振るときらりきらりと銀に輝いてきれいだ。

「それはどっちも一点モノだ。値が張るがいいか」

 武具屋のオヤジが言う。駆け出しには勿体無い武器なんだろう。

「もちろん買う」

 両方でオレの売値より少し安かった。奴隷ってそんなに高いのか?

「この剣は手入れが簡単なんだ。買ってくれたお礼にベルトを付けてやるよ」

 武具屋が剣を下げるベルトをおまけしてくれた。


 剣を下げると何となく一端の冒険者になったような気がする。冒険者には危険が伴う。ゲームでは死んでも何度もやり直しが出来るだろうが、この世界はゲームではないし、死んだ人間も何人も見てきた。奉仕活動では行き倒れを弔うというのもあった。


 死なないように気を付けるに越したことはない。

「武器に加護とか付けたらいいな。何処か祈れるとこはないかな」

 武具屋を出てユベールに聞くと「エルヴェ様、あちらに小さな教会堂があります」見ると小さな2階建ての木造の四角い建物がある。

 広い坂道の斜め上の方で、おまけに普通の建物っぽい。建物の周りは草が生い茂り、ガラスの窓は割れたのが小さな紙きれを貼って修復してあった。


「先に掃除からしようか」

 神殿に居た所為か、それとも前世の記憶か、先に掃除と思ってしまう。

「はい」

 教会の周りの草を抜くと横の石垣から水がちょろちょろ漏れている。上は家が無くまばらに木が生えて林のようだ。

「これ、折角だし受けを付けて手を洗えたらいいか」

 手水舎モドキだね。

「エルヴェ様──」

「水よ静止。土よ、ここ掘れわんわん」

 勝手に唱えた魔法でも案外何とかなるものだ。水の落ちていた辺りの土を掘って乾燥させて、

「土よ、排水溝、土よ、整地」

 溝を掘って水路に流して、そこらにあった岩でドンドンと土を固めて、

「どや、石ころ配置、仕上げ」

「エルヴェ様──」

 石ころを敷き詰めてきれいにして、水受けの岩を置いて、

「水よ動け」

 石垣から流れ落ちてきた水が、岩に落ちて溜まって下の石ころの受けから排水溝に流れ落ちて行く。周りに花を植えたら見栄えがするか。

「よっし、浄化しようか」

『浄化』

 水回りを浄化すると「パチパチパチ……」と拍手の音。

「え?」

 見回すと周りにいつの間にかギャラリーが集まっていた。

「やり過ぎです、エルヴェ様」

 小さな声で咎めるユベール。お前さっさと引き止めろよ。

「引き止めましたが」

「そうか、悪かった」


「何と奇特なお方である事か。ありがとうございます」

 黒い服を着た初老の男が話しかけて来た。この教会の管理人らしい。

「すみません。よろしければこちらで祈りを捧げてもいいですか?」

「ああ、ありがとうございます。むさくるしい所ですが、どうぞ」

「じゃあ、ついでにあの水を頂いて」

「はい、飲用にはなりませんが、どうぞどうぞ」


 大きめの瓶を取り出して水を入れて、教会に入った。中はきれいに掃除がしてあって、正面には青いステンドグラスがはめ込まれた小さな窓がひとつ。祭壇は黒っぽい木材で出来ていて燭台が二つ置かれている。


 水を置いて、ユベールとオレの買ったばかりの剣を置いて祈る。神殿で習った感謝の言葉を大いなるものに捧げる。

『クリーン』『浄化』『加護』

 教会が美しく輝き、キラキラと光が降りて来る。

「おお……」

「ありがたい事だ」

 ギャラリーは教会の中にまで付いて来て、跪き涙を流している。


「お祈りをさせていただいて、ありがとうございます。とても気持ちがすっきりしました。お布施を──」

 教会堂の神官はお布施を辞退した。

「とんでもない事でございます。わたくしこそお礼のお祈りをさせて下さい」

 やり過ぎてしまったのか? チラリとユベールを窺うと肩を竦めた。

「じゃあ、こちらに時々お祈りに来させてください」

「それはありがたい事でございます。わたくしどもいつでもお待ちしております」

「ありがとうございます。お礼にあの聖水で良ければ納めさせて下さい」

「ああ、ありがとうございます」

 聖水はちゃんと鑑定したから大丈夫だ。やっぱりちゃんと教会堂で祈ると気持ちがいいな。そういう場というものがあるんだろうか。




 装備もボチボチ揃えて、いっぱしの駆け出しの冒険者に見える頃には冒険者レベルがEになった。

 オレの課題は無詠唱魔法だ。奴隷に売られそうだった時、オレは何も出来なかった。祈ることさえ。

 これでは何かあった時に、どうしようもないだろう?


「エルヴェ様、隷属の首輪もありますよ」

「え?」

「闇魔法の隷属の魔紋もありますし、殴って意識を失わせるとか、薬を盛って眠らせるとか──」

「オイ」

「だれかを人質に取られるとか」

「……」

「ハナコ、頑張りましょうか」

『ハイ』

 どうしてハナコが頑張るんだ。オレより先にどんどんレベルアップしていくハナコ。すごい。すごいけれど置いて行かれるのか?


「エルヴェ様、ハナコはお役に立ちたいのです。褒めてあげて下さい」

「そうか、ハナコは褒めたら伸びる子なのか。よく頑張ったなハナコ」

『頑張りますので、ご主人様も頑張るのです』

「ン?」

「そういう訳で頑張りましょう」

 背後にいるユベールが当然のようにオレを抱き上げてベッドに向かう。

 何でそうなるんだ。

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