18 新生活


 古くから漁業の盛んなエデッサの街は、砦のある山の麓のビエンヌ公国の軍港と、新しく出来た歓楽街があり非常に賑やかである。

 最近、この街にヴィラーニ王国から流れて来る人が増えているという。だから明らかに怪しげな格好をしているオレたちも目立たなかった。


 オレは平民のエルヴェになった。公国は身分制度が少し緩い。あまり差別も無く実力でのし上がれる。国は議会制で、貴族議員と平民の議員がいる。

 ビエンヌ大公は公国に君臨する象徴的存在だという。

 エデッサの街は自治都市として独自に自警団組織を持ち、砦と軍港は国が治め、歓楽街と漁港は市民の代表が運営している。


 オレ達4人はビエンヌ公国のエデッサの宿に落ち着いた。

 しかし、オレ達は賑やかな歓楽街を避けて、古くからある漁港側のこじんまりした宿に泊まったので、宿には風呂が無かった。

「風呂ーー!」

 と泣き叫ぶオレをあやしながらも、やる事はやるユベールであった。


 ユベールとふたりきりになって、押し込めていた質問をする。

「なあ、オレこの世界に来てから男しか見ていない」

「男しかいませんよ。他に何がいるんですか?」

 女がいないとか、ああ、ファンタジーな世界だ。

 別に勇者ハーレムとか望んでいないけれど、彩りとか欲しくないか。


「大体、子供はどうする? お前、母親とか居ただろ」

「母が卵を孕んで、私が生まれました」

「口から?」

「下からですよ」

 当たり前だという風に溜め息をつかれた。

 うーん……。

「大丈夫ですよ、エルヴェ様。その時はちゃんと介添えいたします」

 ええと、もしかしてオレがこいつの子供を産むのか?

 じっと顔を見ると嬉しそうにキスをする。そうなのか!?



 翌朝、オレとユベールの間に居たハナコがするりと抜け出した。

『おはようございます』

「ふえ? ダレ……?」

 寝ぼけ眼で返事するが、この部屋にはオレとユベールだけだ。ユベールはまだオレの背後にいるし、今のは誰だ?

『ハナコでございます』


 薄く目を開けると、目の前に半透明の人形が居た。ご丁寧にちゃんと服を着ている。顔の造作もちゃんと作ってあって、髪もあるようだが。ハナコに服を買ってやってはいない。というか、今までにょろにょろだったのだが。


「お前、ハナコなの? いきなりどうしたんだ、ハナコ」

『私は、レベルアップして、話せるようになったのです』

「私たちの頑張りの賜物ですね」

 ユベールはまだオレの身体に手を回したままだ。

『はい。これより私は、執事を目指したいと存じます』

「期待していますよ、ハナコ」

『はい、頑張ります』

 オレをほっぽらかして、二人で勝手に話を決めている。

 執事って何をするんだっけ? オレ達にそんなものがいるのか? まだ家もないのに。目指しているからいいのか。


 支度をして食堂に下りると、レスリーとローランは、もう食事を終えてお茶を飲んでいた。

「おはよう、エルヴェ。遅かったな」

「おはよう、レスリー、ローラン。遅くなってごめん」

「おはようございます」


 オレ達は取り敢えず、朝の食堂でこれからの事を話し合った。

「僕達はこのエデッサの街に住んで、仕事を探しながら、しばらく王国の様子を見ていようと思うんだ」

「ここで落ち着いたら、家族にも連絡を入れようと思っている」

 レスリーとローランは堅実だ。


「そうか、オレ達は冒険者ギルドに登録しようと思っているんだ」

 オレがユベールと話し合ったことを言うと驚かれた。

「冒険者になるのか、変わっているな」

 冒険者は変わっているのか。まあ、仕事内容を考えれば堅気とは思えないけれど、ゲームでは当たり前だっただけにちょっとショックだ。

 そうか、神殿勤務だと常識じゃないんだな。

「商業ギルドに登録して、仕事を探すのもいいかもしれないね」

 レスリーが言い出して、そういうのもあったなと気付く。

「どちらも登録できますよ」

 ユベールが言うのでみんなで行くことにした。



 エデッサの冒険者ギルドは宿の近くにあった。新興の歓楽街を避けて漁港寄りの宿にしたから、昔からあるギルドの近くになったらしい。


 ギルドの建物は古かったが大きくて立派で、中は役所のように部署が別れ整然としていた。隣に商業ギルドの建物があり、裏には訓練場があるという。

 広い食堂があったが、まだ昼には早くて人はあまりいなかった。


 受付で名前を書いて登録する。

「どちらからいらっしゃいました?」

「ヴィラーニ王国から」

「では検問の仮証書を見せて下さい」

 受付はオレの証書を受け取ると、例の半球の水晶の下に置いて、新しいカードをかざした。光が一往復してカードが輝く。

「こちらがエルヴェ様の冒険者カードになります。カードは身分証明になりますので無くさないように。無くした場合は賠償金が発生します。3回無くすと登録が無効になります、お気を付けください」

「詳しい事はこちらに」とパンフレットをくれた。


 カードには名前と年齢、そしてランクが書かれている。

『エルヴェ、16歳、冒険者ランクF』

 いたってシンプルで安心した。

 誕生日がいつなのか、いつの間にか16歳になっていた。

「私も20歳になりました」

 自分のカードを見ながらユベールが言う。

「そっか、誕生日祝いでもするか」


 オレが冒険者登録して、嬉しそうにカードを見ていると、レスリーとローランも釣られて登録した。ユベールはすでに効力が切れているとかで、エデッサで登録し直した。登録料は銀貨1枚で、冒険者登録は3年放置で無効になるそうだ。

 まだまっさらなカード。倒した魔獣や、採集した素材など納品したものなどが書かれて行くという。


 ついでに商業ギルドにも登録した。

 何が納品できるのか調べると、普通に回復薬とか毒消しとかあった。

 オレ、製作とか出来るんだろうか。


 昼過ぎに登録が終わったので、ギルドの近くの食堂で食事をした。

 魚介類のたくさん入ったスープだ。美味い。新鮮な魚介類をふんだんに使った濃厚な出汁のスープにパンをちぎって入れて食べる。美味い。魚もエビも大きな貝も美味ーい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る