6.その娘、皇太子マニアにつき
「あぁー、今日も今日とて駄目だったぁ」
「そうだねぇ」
「どうして、この熱意があの人達には通じないんだろう」
「んー、常識的じゃないからじゃない?」
「とういうか、守衛じゃないくてもさぁ、そろそろ門前に毎日健気に通っている女がいるって、誰かが皇太子殿下に伝えてくれてもいいと思うんだけどなぁ」
「んー、それはどうかなぁ」
「私はただただ、皇太子殿下のお役に立ちたいだけなのにぃ」
「現状、守衛の迷惑になってるだけだもんね」
テーブルに項垂れ、片手には酒の入った木製ジョッキ。十六歳で成人のデューアだが、今年十九のレオーナはそこまで酒を飲みなれていない。どちらかと言えば酒に飲まれる性質だと自覚しているので、飲むのは付き合いか少しばかり弱気になっている時だけだ。
夕食時が過ぎ、賑わう酒場の一画でくだを巻いていたレオーナが酔った頭をガバリと上げた。
「さっきから、テッドさんはなんなんですか!? 私を励ましに来たんじゃないんですか!?」
「誰がそんなこと言ったの? 俺は奢ってあげるから、また面白い話を聞かせてって言っただけだよ」
「そうだった! 面白い話を提供できず、すいませんねぇ!」
「謝る事ないよ。レオーナが話は基本的に常識外れで飽きない。つまり面白いから」
「あー、テッドさんも非常識って私の事を言うぅ!」
「えっ、常識的なつもりなの?」
「えっ? いや、全くもって。私は非常識の塊ですが、何か?」
そういうとことが面白いとテッドが思いっきり破顔する。その満足そうな表情にレオーナは口を尖らせる。
「奢るんじゃなくて、皇城内の誰かに口利きしてくれればいいのに」
「あれ? 俺が皇城内で働いているってバレちゃってる?」
困ったなぁと言いつつ、全然困っていなそうな顔で頭を掻くテッドと名乗るこの男。彼がふらりとレオーナの前に現れたのは二月程前だった。
レオーナがリッカーリアに来て中央門に通うようになってから、食う寝るに困らないように働き出したのが今居る酒場兼宿屋だ。
偶々仕事を探していた時分、怪我で脚が不自由になってしまった宿主ジフとその妻と娘でギリギリの経営をしていた所にレオーナが訪れた。日中門前に通うことを許し、寝食を提供してさえくれれば、中央門から帰った後から客が寝静まり酒場の後片付けが終わるまでどんな仕事も請け負う。そう言ってレオーナは仕事を求めた。
始めは異様な雇用形態に頷かなかったジフ。しかし、レオーナが勝手に手伝いを始めそれなりに役に立つことと、路地裏で野宿していることが判明すると、人の良さが後押しして雇ってくれた。それから精力的に力仕事や体力が必要な仕事を熟し続けたレオーナは、あっという間に家族三人に気に入られた。
そうして、中央門通いと宿屋と酒場での仕事に精を出し、リッカーリアでの生活に慣れてきた頃に現れたのがテッドだ。
始めは酒場の客としてひょっこりやって来た。城下の平民然としたシンプルな服装に気取った様子のない自然な笑顔が好印象な青年というのが第一印象。世間話相手に気軽に話しかけられたのがレオーナとの最初の出会いだ。
それから不定期ではあるが気軽さが抜けないタイミングで酒場に通って来るようになり、その度にレオーナは話し相手をした。そしていつしか打ち解け、時々貰える休日の夜に予定を合わせて食事をするような間柄になっていた。
二人のする会話は主にレオーナが話役だ。テッドは自らについて殆ど語らない。レオーナが知るテッドの個人情報は名前と彼の方が年上だということくらい。無理に聞き出す必要も無いと詮索はしなかった。ただ、少年のような幼さが残る童顔に相反して体つきはがっしりと筋肉質であるため、意外と重労働者なのかもしれないと予想していた。
そして数日前、中央門からの帰り道、治安維持隊の若い兵に声を掛けられたテッドが先輩面で応じている姿を見かけたのが決定打となる。
目撃談を話せば、先輩面なんてした覚えないけどなぁ、と呑気な反応。レオーナはあまり飲み慣れない酒からくる酔いに身を任せて口を開く。
「リッカーリアの治安維持隊は国軍の一部だって知ってるんですからね。後輩らしき人に貴方が返した敬礼は玄人のものだった! 国軍基地は皇城内、隊員は基本寮生活。その寮だって皇城敷地内にある。つまり、軍関係者の貴方は皇城内に出入りすることができる立場の人間だ!」
犯人を追い詰めるような心持ちでビシッと指さすと、犯人役の方は焦った様子もなく酒の肴を口に運ぶ。
「当たりー。でも、俺が誰に口利きしたところで、皇太子殿下が君を護衛にしたいと思えるように誘導することなんて不可能だし」
さくっと期待を裏切られ、ガックリ項垂れる。テッドはそんなレオーナを軽く流して、話題を変えた。
「それより、今日はレオーナの話を聞きたがっている人がいるから会わせたいんだよ」
レオーナはテーブルにつきそうだった額を持ち上げて、首を傾げる。
「私の話ってどんな?」
「湧くように出てくる皇太子殿下情報とか?」
同じように首を傾げてお道化るテッド。いつもなら「なんで疑問形なんだ」と指摘するところ。しかし、レオーナは違うところに食いついた。
「私が語る皇太子殿下の話に興味がある人がいるんですか!?」
先ほどまでの落ち込んだ雰囲気もなんのその。レオーナは途端に目を輝かせ、身を乗り出させた。その圧に若干背を反らたテッドは可笑しそうに応じた。
「まぁ、そうかな。レオーナ自身に興味がある感じだけど、話も聞きたがってた。少なからず皇太子殿下否定派ではない人」
「その人、いつ来るんですか!? 今ですか? どのくらい居られるんですか!?」
興奮冷めやらぬ表情で立ち上がり、今にも外に迎えに出ようとする勢いのレオーナ。テッドは笑って座るように促す。
「もうそろそろ来るんじゃないかな。まぁ、気持ちはわかるけど、落ち着いて待ってなよ」
「これが落ちついていられますか! テッドさん以外に私が語る話を自分から聞きに来てくれる人なんて滅多にいないんですから!」
レオーナとテッドが打ち解けた理由は二人の人柄によるものだ。けれども、テッドがレオーナの語る皇太子談を嫌な顔一つせずに聞くという点も大いに影響していた。
というのも、レオーナは自他共に認める皇太子マニア。デューア帝国第一王子にして皇太子であるアウル・デューアに関する情報なら三日三晩話し続けても足りないくらい持っている。それらの情報はレオーナが伝聞や様々な資料を読み込んで長年に渡って入手し続けたものだ。
デューア北西部の辺境に位置するハジー村出身のレオーナは幼いころ識字教育を受けていなかった。学校に通えるのは男児のみ。女児は家事を母親から学ぶのが辺境平民の一般的な教育なのだ。それでも、レオーナは情報を得たいと思ったその時から独学で学び、家族の助けもあって読み書きが出来るようになった。その知識欲の多くが皇太子に関わる情報に集中している。よって自然と得た情報は莫大になる。
ただ、皇太子を語るには肯定派と否定派に世論は分かれる。その比率は現状圧倒的に否定派が多い。よって、絶対的肯定派であるレオーナの話を聞きたがる人間と出くわす頻度はかなり低いのだ。テッドはその貴重な一人であり、さらにもう一人そんな人物と面会させてくれるとなれば、レオーナの胸は躍り興奮せずにはいられなかった。
一旦は座り直したが、今にも椅子から離れてしまいそうになる尻をどうにか座面にくっつけて、逸る気持ちを必死に抑える。代わりに何を話そうかとウキウキで頭の中の情報を整理する。
「わざわざ足を運んでくれる人だから沢山お話してあげた方がいいですよね? ここ最近の事だったら去年の天災被害地域への減税処置と補助金交付を軍事費削減で実現した話ですかね。それもと、ご自身の暗殺を企んだ侯爵に対して通例なら一族郎党一人残らず粛清の対象になるところ、計画に関わった者だけを炙り出して罪に応じた適切な罰を与え、無関係だった者には温情をかけ処罰の対象にしなかった話もいいかも。始めは皇太子殿下の判断を甘過ぎると非難していた各種の権力者達が、温情を与えられた事に深く感謝して主犯侯爵の爵位を継いだ後、皇太子殿下の判断が間違いでなかったことを世の中に示そうと努力して、それまでと比べものにならないくらい領地を豊かにして国益に貢献したなんて、まるで創り上げられた物語みたいで聞き応え最高のはずっ。それから――――」
息継ぎの間もなく湯水のように湧き出て来る皇太子の経歴や逸話の数々。止めようと意識的に思わない限り口が止まらなくなるのはレオーナにとってもテッドにとってもいつものこと。店の仕事に引っ張り出される心配もない適度に客が入った店内で、レオーナは思うがまま語れる時間を大いに楽しんだ。
楽しみつつもテッドが紹介してくれる人物が早く来ないかと、期待に胸を膨らまさずにはいられない。レオーナはちらりちらりと人が入りやすいようにと開け放たれたままの出入り口を見ること十数回。とうとう見えた人影に体が勝手に立ち上がりそうなった、その時。
「邪魔するぜぃ。おうおう、聞いた通りしけた店だなぁ、おい。あちゃ~、しかも女が働いてやがる」
それまで賑やかだった店内に一気に剣呑な空気が充満した。
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