不可視の糸 ~剣を持たない田舎娘が皇太子の護衛を目指した結果の革命譚~
i.q
序章
0.序章
繋がり
ほつれ
絡まり合い
織りなされるは、複雑な――――
**********
「こんな世の中なんて嫌だっ」
夕暮れが何もかもを赤く染め上げ、冷えた秋風が吹き抜ける丘。大木を背に地べたに座り込んだ少女が、傷だらけの拳を震えるほど強く握り込んでいた。端に血が滲んだ唇を開いて吐露した声。これを受け、青年が低く応えた。
「そうだな」
気を失った自らの実姉を腕に抱えながら少女はぼろぼろな小さな体をさらに力ませて訴えた。
「こんなのっ、絶対におかしいよ!」
「……ああ、その通りだ」
青年が体の奥底に溜まった重たい塊を吐き出すように、もう一度少女の目を真っ直ぐ見て深く頷いた。
同じ想いの共有。少女と青年のそれが広大な世界に極小さく弱いながらも、それまでとは違う向きの風を吹かせた。
「だから、誰かが変えなくてはならない」
「誰か?」
少女が小さな頭を僅かに傾げる。それまでに出来た涙の跡とは違う箇所に目元に溜まっていた涙が新たな一筋を描く。幼くか弱い見目の少女。その表情が次の青年の言葉で一変する。
青年はゆっくりと年齢にしては武骨な指先で自らの胸を指差し、次いで少女の胸元に同じように指先を向けた。
「気が付き、立ち上がり、行動を起こし、諦めない。そういう人間が国を――――未来を変える」
低く力強い声。それは少女に向けられて発せられた言葉だったが、自らに言い聞かせているようでもあった。
「……私が頑張れば、変わるかな?」
目を大きく見開いた少女の瞳の光は燃えはじめの炎のように強くなる。青年はその瞳から一切目を逸らさずに擦り傷や汚れの目立つ痛々しい左右の頬に手を伸ばし指先を頸に沿わすように力強く包んだ。
「お前だけじゃない。俺がいる。俺は俺のやり方でこの国を変えてみせる。だからお前も出来ることをするんだ。お前はお前の立場とこの身と心でこの世界の在り方を考え、するべきことを見つけ、出来る限り行動に移せ。俺達は同志だ。側にいなくとも目指す場所は同じ。立場も歳も性別も身分も何もかも関係ない。同じ想いを抱き続け、それにお前が立ち向かっている限り、俺も立ち止まらずに頑張る。頑張れる」
青年の指先は僅かに震えていた。それを感じ取った少女が見上げた先には濃紺の瞳。強い決意に満ちた表情。ほんの少し前に知り合ったばかりの名前も知らない青年が、嘘偽りのない心からの言葉を発している。強い想いを自らにぶつけている。それを感じ取ることが出来た少女は頭で考える前に、自らの頬を包む大きな手に自らの小さな手を重ねていた。
「――――わっ、私、頑張る! だからお兄ちゃんも頑張って!!」
今度は青年が目を大きく見開く番になった。次いで俯いて少しの時間黙った後、勢いよく立ち上がった。
「ああ。頑張る」
繰り返されたありきたりな鼓舞の単語。それらは凄まじい力で背中を押し、新しい道を切り開かせた。
運命が大きく動いたこの出来事は、――――道しるべとなった。
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