不可視の糸 ~剣を持たない田舎娘が皇太子の護衛を目指した結果の革命譚~
i.q
プロローグ
1.少女の平和な日常
作者のi.qです!
只今(2024/9/10現在)本文を大改稿中です。
現状の変更箇所はプロローグの大幅加筆(重要エピソードあり)です。
プロローグの変更に伴い、続く本文も多少修正が必要なので一度非公開とさせていただきます。修正が完了し次第、順次公開していきます。
はじめてこの作品を読まれる方は、普通に読み進めて下さい。
既存の読者様は、基本的には新プロローグを読んでいただければ、最新話となる『平民の正装』の次のエピソードから読んでいただいて問題ないように現状はなっております。
ただ、細かい描写を書き換えたり、読みやすく改稿していくので、そういった変更も確認しておきたいのでしかたら、また一から読み直しをしていただければ嬉しいです。
牛歩ではありますが、毎日時間を捻出して頑張って改稿しております。
今しばらく時間はかかりますが、執筆活動が止まっているわけではないので、気長に更新をお待ちいただければと思います。
では、以下から『新プロローグ』を公開致します。
お楽しみ下さい。
****************
繋がり
ほつれ
絡まり合い
織りなされるは、複雑な――――
**********
鳥がさえずり、木の葉がさざめき、木漏れ日が煌めく。姿は見えないが獣の気配が色濃い鬱蒼とした森。その奥にザックザックと土を掻く小動物――ではなく小さな人影が一つ。
その人影は次の瞬間、猿か鹿かと見間違うかのような軽快な動きで森を駆け周り、何かに飛び掛かった。
「やったぁ、捕まえた!!」
手は指先どころか爪中まで土まみれ。頬や額、小さな膝っ小僧も土まみれ。当然着ている服も土まみれな少女が何やら両手で抱え上げ、一目散に駆けだした。目指すは少女が生まれ育った村だ。
あっという間に森を駆け抜け、村に辿り着く。そのままの勢いで村道も突っ切る。
「あっ、レオーナちゃん! また森に行ってたの!?」
「うん、そうっ!」
「また泥だらけになって! 女の子が森に一人で入るなん――」
「怪我はしてないから平気だってっ! 急いでるからお説教はなしでっ」
「コラーッ、レオーナ!!! お前は何度言えばわかるんじゃっ! 今日と言う今日は許さ――」
「村長っ、急いでるって聞こえなかった!? あと、そんなに大きな声出すと、また腰がやられるから気を付けてー」
「コラッ、待てっ、――ッウガ!? 腰がぁ」
駆け抜ける少女――レオーナの姿を見た村民が次々と声をかけ、年嵩の村長が叱りつけようと声を荒げた後、腰を痛めて悶絶。
急いでいなければ立ち止まって腰を擦ってやるくらいはしてやりたいところだったが、それどころではない。レオーナは「お大事に!」と遠ざかりながら声を掛けるにとどめ、駆ける脚をさらに速めた。
そうして辿り着いた目的地。レオーナは躊躇せずに泥だらけの手でドアノブに手をかけ、勢いよく開け放った。
「お母さん、お姉ちゃん、見て見て!! とうとう一人で捕まえたよ!! お父さんと兄さん達が帰って来たら絶対に、私が一人で捕まえたって証人になってね!!」
そう言ってレオーナが鞄から取り出して両手で掲げたのは、脳天から顎先までをナイフで貫かれた毒有りの大ガエルだった。
「「きゃぁあああああ!!」」
直後、レオーナの母と姉の悲鳴が壁を貫く勢いで響き渡る。すると、家の周りに放牧しているニワトリやらブタやらヤギやらが、その声に驚いてあちらこちらで鳴き声を上げ、家の周囲が騒然となる。さらにその鳴き声を聞きつけて何事だとやってきた近隣住民がみんな女だったため、犠牲者はさらに増えた。
震えあがる女達を目の前にきょとんとした後、自分の仕出かしたことに気が付いたレオーナ。手に持っていた大ガエルを徐に鞄にしまい、頭を片手でコツンと小突く。
「えへっ、つい興奮しちゃって。はしたなかったかしら?」
とって付けたように、ちゃめっけたっぷりに舌を出す。
十年前、片田舎に暮らすレオーナ・オーブリルの日常は少しばかり刺激的でとても平和なものだった。
しかし、平和というものは手中に握り込んだ乾いた砂の如く、いとも簡単に掌から零れ落ちることがある。
人の手が届かぬ場所で、居るのか居ないのかもわからぬ運命の神が何食わぬ顔で、人の頭を次々と指さす。
――ど・れ・に・し・よ・う・か・な――
無作為な神の指先に選ばれた人間はその運命から逃れられない。
例えその運命が悲劇だろうとも。
例えその人間がどんなに善良な者であっても。
「お父さんと兄さん達、いつになったら帰ってくるかなぁ」
土まみれどころか実は大ガエルの血まみれになっていた汚れが見る影もなく綺麗に洗い流された小さな手。森での狩りとは打って変わり、その手はお淑やかに編み物に励んでいた。
稲穂色の金髪は可愛らしいリボンで結い上げられ、服は姉のお下がりの花の刺繍が入ったワンピース。森を駆け抜けて泥まみれになっていた少女の面影は少々雑な編み目以外に今のレオーナには見当たらなかった。
「戦争が終わってからじゃないと帰ってこないんじゃないかしら」
姉からの返答が不満でレオーナはぷっくりと頬を膨らました。
「それじゃ、いつ帰って来るのかわからないじゃん!」
「レオーナ、言葉遣い」
「っ、わからないじゃない!」
兄二人の影響を色濃く受け、男勝りでヤンチャな性格のレオーナ。崩れた言葉遣いを注意されることは多々ある。ただレオーナ自身も女らしくなることに抵抗はないため、指摘されれば素直に直す。
男は男らしく強くたくましく、女は女らしくお淑やかに。それがレオーナが生まれてから九年で植え付けられた常識であった。
類まれなるお転婆娘のレオーナですら、まだ子どもだから自分のヤンチャが許されているのだと自覚していた。姉であるサニアのお淑やかさにも憧れつつ、兄達のたくましさにも心惹かれてしまったレオーナは負けず嫌いでもあった。だから許される内にやりたいことをやり切ろうと決めていた。
兄達が一人前の男だと認められるために行っていた試練。それが森の厄介者である毒有り大ガエルを一人で仕留めること。いつぞや「自分が男だったら絶対に出来る!」とレオーナが発言したのに対し、兄達が「お前には絶対無理だ」と口を揃えて否定した。その悔しさをいつまでも忘れられなかったレオーナの執念が、三日前の大騒ぎを生み出したのだった。
大人でも女は一人で森の奥に入ったりはしないし、狩など論外だ。大ガエル狩りなど、一般家庭なら卒倒ものの大問題になる少女らしからぬ行いだ。辺境のド田舎に住み、その上大層おおらかなオーブリル家だったからレオーナは多少の小言だけで済んでいた。
女は家で家事を熟して、子育てをする。それ以外の仕事は家業を陰で手伝うくらい。働くのはもっぱら男の仕事。それが当たり前だと誰もが信じる。それが彼女達が暮らす帝国デューアの常識だ。
ただそんな世の中にも特別な例外がある。男が戦争に駆り出されたときのみ、女は最低限の家業を任される。今が正にその時だった。
「でもこの前村長さんが、国土に侵攻していた敵兵が大規模撤退したって言ってたわ。だからもうすぐみんなも帰って来るんじゃないかしら」
母のカッシアの言葉に目を輝かせて喜ぶレオーナ。父と兄達が家を空けるようになってもう一年以上が経過している。大ガエルを捕まえたと自慢したい気持ちも大いにあるが、それ以上に父と兄達の武勇伝が聞きたくてうずうずした。
「父さんと兄さん達はどれくらい敵をやっつけたかな? 勲章貰って帰ってくるかなぁ?」
胸を躍らせて男家族の帰還を待つレオーナ。テーブルで同じく編み物をしていたサニアはレオーナを微笑ましく見つめる。しかし、一人夕食で使う野菜の下処理をしていたカッシアは真剣な表情になり、手を止めた。
「村長さんは敵国の敗残兵が散り散りになって逃げ回っているとも言っていたわ。彼らは国境を目指しているから、この村の付近にも来るかもしれないって」
レオーナは事の重大さが理解できずにきょとんとする。けれどもサニアの方は先ほどまでの笑顔を引っ込めた。
「もしかして、崖を目指して敵がこの村に殺到する可能性があるってこと?」
カッシアは深刻な表情で頷いた。青ざめるサニアの顔を見てレオーナがどういうことだと問う。
それからカッシアとサニアが語ってくれた話は小難しくてレオーナには全てを理解することは出来なかった。ただ、デューアと敵国であるカサドラを唯一結ぶ主要道とその近辺が国軍に封鎖されていること。それによって国外に逃げる道を失った敗残兵がいること。彼らがレオーナ達が住むハジー村の奥地にある“度胸試しの崖”を目指してやって来る可能性があるということはわかった。
度胸試しの崖とは国境線上に連なる切り立った崖の一部を示す呼称だ。
人の力だけでは到底下ることが出来ない危険な崖なのだが、ハジー村に接する一部分だけ足場になりそうな木やら岩やらが点々と崖下まで続いているのだ。それでも一歩足を踏み外したら即死は免れない。
にもかかわらず、可能性があるならと崖を下ろうとした男が過去何人も存在した。何故ならデューア独特の思想によって誘発された衝動をその男達が抑えられなかったからだ。
“強者主義”
強き者が善であり、正義である。
デューアではそんな考え方が当たり前なのだ。だから強さを誇示することが出来る度胸試しに好き好んで挑戦する者が後を絶たない。中でもハジー村の崖を下るという行為は度胸試しの中でも最高難易度とされ、プライドの高い男達を挑戦へと駆り立てる要素があった。
過去に生還を果たした成功者は数十年前にたった一人。その男は当時国中で成功を吹聴し、鼻高々にこう語った。
『下るのは然程でもなかったが、登りは絶望的だった』
つまり、度胸試しの崖の情報は国中に出回っており、敗残兵の耳に入る可能性も大いにある。そして命を賭ける必要はあるが正規のルートが封鎖されている今、敗残兵にとって下ってしまえば追跡される可能性が限りなく低い崖は魅力的に思えるかもしれない。国に帰れる逃亡ルートと認識されていてもなんらおかしくない状況なのだ。
「確実な情報ではないみたいなんだけど、用心するに越したことはないからね。戸締りをしっかりするようにして、決して外を一人で出歩かないようにとおっしゃっていたわ」
カッシアの言葉にサニアは顔を青ざめさせる。だからレオーナは大好きな姉を元気付けようとした。
「大丈夫だよお姉ちゃん! お父さんも兄さん達もこの村と家族を守るために戦争に行くって言ってたもん。負けて逃げ出すような弱者なんてあっという間に三人で捕まえちゃうよ!」
両拳をぎゅっと握って力説する小さな頭を立ち上がったカッシアがさらりと撫でた。
「そうね。軍の精鋭による追跡隊もしっかり組織されたらしいし、いざという時はきっと三人がここに駆けつけてくれるわ」
二人の言葉にほっと胸を撫で下ろしたサニアを見て、レオーナは調子に乗った。
「それに悪い奴がここに来たら、私が二人を守るよ! 大ガエルを捕まえられたんだから、年寄以外の男達が出払ったこの村では私が一番の強者だもん! 敵なんか、ギッタンギタンにやっつけてやるよ!」
「こぉらレオーナ。そういうことを女の子は言わないの」
「えっと、じゃあ、ギッタンギタンにやっつけてやるわ!」
言い直したレオーナに対して、頭を抱えるサニアと苦笑いのカッシア。
この日もオーブリル家は平和だった――
――とはいかなかった。
この会話の直後。日暮れの少し前。ハジー村を隣国カサドラの敗残兵が襲った。
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