春の妖精[読切]

@tyoko_reta

花の妖精[読切]

ある春の日、君は、僕の前に現れたんだ。誰よりも綺麗で、可憐で、愛らしい君は、まるで桜のようだった。


今日は新学期、の一日前。春休み最終日だ。明日になったら高校2年生、勉強も友達関係も苦手な僕には、「新学期」という言葉はなんだか重く響いた。


いじめを受けているわけでも、成績が極端に悪いわけでもない。

友達と呼べるかは分からないけど、二人組を作るときは、あまりものにならないくらいの関係ならある。


ただ、学校に行くのは少し憂鬱だった。


そんなことを考えながら、マンションのベランダから、ぼーっと桜並木を見つめる。

僕の真上の部屋の人が育てている花の香りが、僕の鼻をくすぐった。

そして、瞼を閉じて花の香りをかぐ。


「うわぁ!」


頭上から可愛い声が聞こえた。小さい女の子の声だ。

びっくりして目を開けてみると、僕の両手に乗りそうな大きさの、小さな女の子が上の階から落ちてきた。


ギリギリのところで両手を差し出し、僕は女の子を受け止めた。

「ギリギリセーフ…」

よく見てみると、女の子は、羽が生えていて、桜の花びらのような形をしていた。

体も小さいが、年齢も四、五歳程度だった。

「ありがとう!」

羽が生えている小さな女の子は、可愛い声で、僕にお礼を言った。

「わたし、はなのよーせい。」

「花の妖精…?」

「そう、おはなのよーせい。ほら、はねがあるでしょう?」

そう言ってその子は宙返りをした。

「にぃに。にぃに、おなまえは?」

その子は興味津々に僕のことを見つめてくる。僕は君のお兄ちゃんではないんだけどなぁ。。。

「僕は、春翔。春に翔けるって書いて、はると。それと、僕は君のお兄ちゃんではないんだ。」

「?……にぃに。」

僕の言っていることにピンと来ていない様子だった。

「君、名前は?」

「めっ!」

その子はしかめ面をしていた。そんな顔も可愛い。でも、なんで名前を教えてくれないんだろう。もしかして、名前が「めっ」とか?

そんなわけないか。。。

「ようせいさん!」

急にその子が叫んだ。

「ようせいさんって、よんで!」

そういうことか。

「妖精さん」

「えへへ!」

そういうと、妖精さんは、初めて笑った。すると、妖精さんの周りから桜の花がたくさん出てきた。

びっくりしている僕に、妖精さんは、

「わたしがね、ニコってすると、おはながさくの!」

と言った。

「綺麗だね。」

そういえば、桜並木、さっきよりも花が咲いている気がする。


「はるー!起きてるのー?」

げっ、姉ちゃんだ。見つかったら、アイスを買う羽目になる。

どうしよう、妖精さんのこと、隠した方がいいのかな?

「いたーっ!」

「うわっ!?」

僕は慌てて妖精さんを隠した。

「なーに隠してんの?」

「え、えーと、、、」

僕が言い訳を考えてるうちに、後ろに回り込まれてしまった。

「は?」


「えっと、こ、これには深い理由がありまして、、、、」


「っっっっっ、かわいいいいいいいいいいいいい!」


「うぇっ!?姉ちゃん、妖精さんのこと、見えるの!?」


「妖精さんって言うの?可愛いねぇ」


お姉ちゃんがでれでれになっている。

「目の保養、、、」

「ねぇね!」

妖精さんは姉ちゃんのハートを鷲掴みにした。

「・・・・っ!」

お姉ちゃんはキュン死した。

「おい、姉ちゃん。起きろ!」


そうして、妖精さんとの生活が始まった。

妖精さんはどこにでもついてきた。新学期の始業式にも、教室にも。

そして、周りの人には妖精さんのことは見えていないみたいだ、、、なんてことはなくて、頭のてっぺんからつま先、羽に至るまでしっかり見えていた。


妖精さんはいつも飛んでいたので、はじめはみんなびっくりしていたけど、状況を飲み込むと、みんながデレ始めるので、妖精さんと僕は一躍学校の有名人になった。

妖精さんが僕のもとに現れてからは、勉強もできるようになって、友達もできた。前までは考えたことのなかった、「親友」という存在もできた。



いろどりの無かった僕の学校生活は、まるで花が咲いたように染まっていった。

満開の桜並木のように。


でも、時間が進むにつれて、妖精さんの姿を見ることは少なくなっていった。


「妖精さん?」

ある日、僕は妖精さんの姿が数日も見えなかったので、さすがに心配して探し始めた。

しかし、どこを探しても妖精さんの姿がない。

「あ、ベランダ!」

ベランダに行って、窓を開けようとした。

「こないでっ!」

妖精さんの声が聞こえた。

「妖精さん?」

「や!こないでぇ。。。」

泣いているのだろうか。僕は急いで窓を開ける。

すると、妖精さんは消えかけていた。ほろほろと崩れていた。

「妖精、、、さん?」

「何で来ちゃったの?」

「なんで、何で崩れてるの?」

「さくら。」

「さくら、、?」

僕は半泣きになってオウム返しする。

一瞬思考停止した後、桜並木の方を見た。

「っ!」

桜は、もう散っていた。

ちらほら見える花らしきものも、きっと花びらになっているのだろう。

そんな、そんな、そんな、そんな、

「そんな、、、」

さくらが散ったから、妖精さんも、、、

そういえば、妖精さんは桜並木の桜が咲き始めたころに現れたっけ、、、

「にぃに、には、きてほしく、な、なかっ、、、うわぁぁぁん。」

「大丈夫、大丈夫だよ。僕が、なんとか、、、」

「春翔、最後に聞いてくれる、私の名前。私の名前は、、、」


飛花ひか


「!」

飛花。僕が昔飼っていたウサギの名前だ、、、今は、、、

「げんき、だしてね、、、」

飛花は言った。

「嫌だ、飛花、おいてかないで。飛花がいなくなった世界なんて、意味がないんだ。飛花、、、!」


そういえば、僕の日常から彩が無くなったのは、飛花がいなくなってからだ。いつまでも泣いていたら、「もう泣くなよ」って言われて、自分の気持ちに蓋をした。そうするうちに、全てがどうでもよくなって、モノクロの世界に閉じ込められてしまった。自分を閉じ込めてしまった。


でも、妖精さん、キミが現れてからは、前みたいに、彩のある生活が戻ってきたんだ。

そう、満開の桜みたいに。


「泣かないで。私、にぃにが笑ってる方が好き。」


そういうと、飛花は、泣きながら笑った。桜のように綺麗で、可憐で、愛らしくて、、、今までで一番、輝いている瞬間だった。

























気づけば、飛花はいなかった。


桜のように、儚く、散っていった。


でも、飛花が笑ったからだろうか。


前笑ってくれた時のような、花はなかったけれど、


ほんのりと色づいた、春の香りがする香りがする桜の花びらが、手のひらには残っていた。


僕は、心に花びらをしまった。


僕の心は、ほんのりと色づいていた。

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