16 ヒーローvs悪役、力じゃなく色恋で戦い始める



「はぁ………美味しかった…………」



ニッコニコの笑みで響季のカレーを平らげた雪菜さんは、恍惚の表情を浮かべたあと。




「私、女として負けてんじゃん!もー!!」




頭を抱え、机に突っ伏していた。




「いや、僕別にそんなつもりじゃ………」

「そういうとこじゃい!無自覚に新妻っぽい雰囲気出さないでよ!!」

「カレーなんて誰でも作れるし………」

「謙遜しないで!!私ご飯作れないよ!?沙夜歌が居ないとサプリメントとエナドリしか摂取しないんだよ!?」

「いやでも、雪菜さんだってお綺麗な方だし、モテそうだなって………」

「え、そういう事も言えるの………何この恐ろしい子………」



あらら、響季のご配慮が雪菜さんには全くの逆効果だったようだ。めんどくせぇ。





「ねー、梨央は私が負けてるとは思ってないよね!?」




そして彼女は、俺の肩に手を置き、至近距離にぐいっと近づいて尋ねてくる。もっとめんどくせぇ。



………あと、ガチで近い。


もともとオレンジっぽい香水の匂いはしてたけど、ここまで近づけるとシャンプーの匂いまでしてくるのよ。こっちはアンズの匂いなのよ。明確に近い感じがして緊張するんだよ………。



「負けて、ないっす」

「だよね!?特にどこが!?」

「えーっと………」

「うんうん!!すぐ出せるよね!?」



詳しく聞いてこないで………。だからめんどくさいって言われんじゃないの?



「そうですね………」

「なんだろうなぁ〜??」



考えろ考えろ。これミスったら確実にこの人泣くぞ。病んで明日学校サボるぞ。まあいつもサボってるけど。




うーんと、最近印象的だった出来事………。














「―――他人の感情に、敏感なところでしょうか。助けようと思ってしまうくらいに」









「………感情に、敏感」





向かいにいる響季は、気づいていないだろうが。

ゼロ距離に近かった俺には分かる。



その言葉を聞いた瞬間、雪菜さんが少しばかり目を見開き、口角を上げたことを。


「ちゃんとわかってんのね、君は」―――と言わんばかりの、そんな些細な変化。




………たぶん、これは正解の選択肢。




「さっき、一人で展示を見てた沙夜歌さんをそっとしておいたのが全てな気がします。

 まあ俺も多少の変化くらいは分かりましたけど、雪菜さんは全部の感情を分かった上で俺を止めましたよね」

「そうだね」

「あと、会話の中でふと出た『疲れた』も察して、俺にご飯届けてくれてるし」

「うん」

「何なら、風紀委員会の部屋を生徒会から勝ち取ったのも、沙夜歌さんが欲しいって言ったからハニートラップ仕掛けたって話ですし」

「そうねぇ」





「バカみたいに他人の感情に敏感で、しかもそれに基づいて他人の為に行動しちゃう。

 そういうところが、雪菜さんの良さじゃないですか?」




思うがままに言葉を紡いで、至近距離の彼女に伝えていく。

雪菜さんの大きな瞳孔に向かって、言葉を投げつけていく。



こういう言葉は、ちゃんと相手に伝えたほうが良い。



少なくとも、世界に背を向けて人を信じていなかったを部屋から連れ出す―――そんなくらいには、パワーがある。










「まぁでも、その割に恋愛が絡むと感情無視の獣みたいですけどね。大丈夫ですよそんな焦らなくても―――ッ?」





少し気恥ずかしくなって軽口を叩く俺だったが、困惑して口を止める。






………何故なら、横から迫っていた雪菜さんが急に背伸びして。





俺の頭を引き寄せて、ぐしゃぐしゃに撫でてきたからである。







「あの雪菜さん、めっちゃ荒いです」

「梨央くんは素直だなぁ」

「………どうも」

「よーく細かいところに気づくねぇ、君は」

「感じたままを伝えただけです」

「お姉さんからのご褒美をたくさん受け取りな」

「………ありがとうございます」

「あれー?何か照れてない?」

「………照れてねーし」




アンズとオレンジの香りに鼻が溶けてしまいそうで、多分りんごみたいに赤くなってる頬を隠すように、俺はぷいっと顔を逸らす。




「普段はボケたりツッコミしたりで面白いだけなのに、急にカッコいいこと言い出しちゃってね〜」


「だから本心だからカッコいいもクソも無いんですよ」


「しかも私が撫でたらめちゃめちゃ赤くなってんの。かわい〜」


「…………なんでバレてんすか」





「君が言ってくれたんだよ?私は感情に敏感だって」





そして雪菜さんは、えへへと上機嫌になり。

「洗い物くらいはやるよ」と言って、キッチンへと移動する。






「…………うぅむ」



そんなルンルンの後ろ姿を見て、俺はまた考え込む。



雪菜さんの考えは、割と読みやすい。

基本的に恋愛のことばっか考えてる単純さんだし、そもそも感情が表に出やすい人だから、だいたいの気持ちは読み取れる。




にしても。


彼女はイキりやすいし病みやすいし。


自分の感情のまま生きてると思ったら、他人の感情優先することも多いし。


かわいいのかカッコいいのか分かんなくなるし。




………やっぱ、女の子はよく分からん。













そんなことを思っていると。








「―――あのー、僕も居るんですけど?」






………デジャヴのように、俺のことを見続けている方が1名。




「あっ……………」




「僕を夫婦みたいって言う割に、自分が一番奥さんらしいムーブしてたよねあの人?」




「…………言い訳の一つも浮かびません」








―――ジト目をした、響季の姿であった。







「流石の僕でも、目の前でイチャつかれたら手も出そうになるよ」

「やめてください」

「…………ま、僕防御専門なんで攻撃できないんですけどね。ハハッ」

「自分で悲しいこと言って落ち込むなよ………」



響季はそう言ってとぼとぼとキッチンに向かうと、カップを3つ持って戻ってきた。



「はい。これ梨央くんのぶん」

「あ、さんきゅ」

「これが僕ので、この派手なヤツが雪菜さんのね」

「OK」



てきぱきとカップを並べ、牛乳を注ぐ響季。

そんな彼女に、ふと疑問が浮かぶ。



「ってか、雪菜さんの分当たり前に用意してるけど。あの人にキレてたんじゃなかったのか?」

「え?なんで?」

「いやその、目の前でイチャつかれたから機嫌悪くなったのかと………」

「僕そこまで嫉妬深くないよ?」

「なら良いんだけど」

「むしろ、雪菜さんの新たな一面見れたなって」



そう言って、響季はキッチンを見る。


そこには、機嫌良く食器を片付け、何なら「私がコンロもシンクも全部キレイにしとくよ!!」と張り切っている雪菜さん。




「梨央くんも、あの人がヒーローだったこと知ってるでしょ?」

「…………そりゃまぁ」

「僕みたいにヒーローに憧れてた人は、たぶんあの人のことみんな知ってる」

「…………まぁな」

「魔法なんて使わずに基本徒手空拳でぶん殴る異端者。なのに清楚で性格も良くて、おまけに結構強い。それがヒーロー時代の浅井雪菜さん」

「………そうだったな」

「だから、最初はビジュアル変わり過ぎて分かんなかったけど、名乗られてからすぐ気づいたよ。梨央くんどんな人脈してるの」

「………ほんとに、自分でも変だと思うくらいの人脈ナンダヨネ〜」



言えねぇよ。悪の組織で一緒にヒーローボコってますとか。何ならこの間迷惑かけたヒーロー本人になんて。





「でも」




そう言った響季は、驚きを孕んだような顔を見せる。

けれど、どこか嬉しそうな感情も見えている。




「ヒーロー時代のあの人は完璧すぎて人間味なんて無かったからさ。

 僕は、今みたいにフリーダムに生きてそうな、あの人のほうが好きかもな」



「…………ま、俺もそう思うよ」



心からの同意を持って、俺は深く頷く。



「なんて、赤の他人の僕が言えた事じゃないけどね」




…………いやそんなことないぞ。

一戦交えて一線越えかけた相手は赤の他人なんて言えないぞ。








「ねーねー!!」



そんなやり取りを交わしながら、俺と響季は成長した娘を見るみたいな温かい気持ちで、キッチンの雪菜さんを見守る。



うっわ楽しそう。無邪気で可愛いな。

少しはわがままも聞いてあげようかな―――



















「今日この家に泊まっていい!?」






「「……………はい??」」





あのさ、わがままって限度があると思わない?

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