第9話 蝦夷でも戦だ!

大槌城 大槌得守


 なんだかしらんが敵を狭隘地に誘き寄せて、待ち伏せをして大将を討ち取っちまったらしい。

 小勢力が格上に勝つにはそれしかないだろうが危うく殿様が討ち取られるところだったと言うから、首の皮一枚生き残ったというところか。


「こんな針の穴を通すような戦は勘弁してほしいね」


「若も大概でございますぞ」


 玄蕃が嘆息しながら言ってくる。


「そうか?思い当たることは無いが」


「千徳城の一番槍があるではないですか」


「あれは別にそんなこと無かったろ?皆大砲の威力に腰を抜かしていただけじゃあないか」


 そう言うとやれやれと言う感じで玄蕃が額を抑える。


「何にせよこれで目の上の瘤がだいぶ小さくなったわけだ。俺達も来年にはまた蝦夷に行けるだろうからしっかり支度しておかねばな」


 一難去った祝いをと行くのかと思いきや逆侵攻をかけているとかいう。


「全く血気盛んだねえ」


「殿はあまり興味がなさそうですな」


「ん?そんなことはないが俺はどっちかというと海の方が好きだからな」


「しかしこのあたりに水軍はありませぬからなあ」


「なに、若様がいれば俺たちが活躍する日もそう遠くないさ」


 水軍としてか遠洋航海としてかどちらがより活躍できるかわからんができることをやっていくしかない。


 しばらくして遠野に凱旋したと知らせが届き祝いの席に出席するが、久慈備前という久慈の次男が当家との誼を結ぶため、自ら人質となってやってきたという。


 船乗り的には国家備蓄基地へのタンカー業務くらいしか印象にないが残念ながら備蓄基地への移送は俺はやってなかったので本当に久慈の印象は薄い。前世の久慈市民の皆さんに謝っておく。


 その久慈備前は挨拶をした後に末席に下がっていく。これまでは俺が末席だったんだが千徳城の活躍でだいぶ序列が上がったからなあ。隣だったらこそこそ話しできたのにな。


 そして祝宴に為ったと思ったら葛西の重臣大原さんがやってきて若様の祝言が同たら話している。ちょっと待て若様はまだ数えで七歳、前世なら小学校に上がったかどうかって言う年齢だぞ。いくら何でも早すぎないか。そしてその相手は浜田雪だとか。父親の浜田三河守(清之)は若様の傅役だ。傅役としては形はどうあれ娘を次期当主に嫁がせたのだから満足だろう。


 大原さんが帰ったあとの宴会は戦勝祝に若様の婚約祝に久慈との盟がなった祝となったのでそれはそれはみんなしこたま呑んで食って踊り明かしてやった。


 年が明けて永正2年の挨拶ではその大原さんが祝言の日取りを告げにやってきた。偉い人ってのは結婚一つするのも大変だねえ。っておれもそっち側だがはてさて俺はどこから奥さんもらうことになるんだろうな。それと伊達が遣いを寄越してくるのか。まあ俺の知っている伊達は伊達政宗と伊達みきおくらいしかいないわけだが、あの二人ってなんか関係があるんだろうか。


 大槌に戻って冬の荒々しい海を眺める。


「俺もいずれあったこともない女を迎えることになるのだろうか」


「上に立つものが誰彼構わず手を出しては民が困るであろう」


「父上。それはそうでございますな」


「しかしまあお前もそろそろ室を迎えることを意識するようになったか」


「これでも色気付く年頃なんでね」


 今は数え十七歳だから満だと十六歳、高校生くらいだからな。前世はもう初老だったけど、元の人格に引っ張られているのか気持ちも十代だ。


「はっはっは!しかしそなたもそろそろ正室を迎えねばならぬ歳ではあるな」


「しかしそれも相手があってのことですので」


「うむ。殿には儂から話しておこう。本当は阿曽沼から迎えたかったのだが……」


「こればかりは致し方ありません」


 無い袖は振れないが、いやしかし見知った女を娶りたいね。と思いつつ蝦夷航海の支度を進め、霧の日を避けて船を出し、北へと向かう。風はそこそこだ、波もそこそこでまさに航海日和ってやつだ。


 1年ぶりの蝦夷は少し去年と空気が違う気がするが気のせいだろうか。カッコ(小舟)にのっていると丸木舟がやってきた。


「オマエタチ、アソヌマカ」


 聞き覚えのある声と片言の日本語。これはベッチャロの通訳のたしかホヌマ殿か。


「そうだ。去年も来た阿曽沼の者だ。そなたはホヌマ殿か!」


「ソウダ。チョウロウ、オマエタチ、マッテタ」


 少し疲れたような、ホッとしたような顔でこちらを見てくる。


「一体どうしたのでしょうな?」


「わからん。まあついていくしかあるまいよ」


 通訳のホヌマについていき、長老のエカシトンブイと再会する。簡単に挨拶を済ませたところで助力の願い出がやってきた。


「シブチャリ(日高南部)というところに攻められているのでなんとかしてほしいということか」


 シブチャリはシュムクル(日高北部)の勢力との抗争で劣勢となって人手が足りなくなったことからこちらに手を出して人足を徴発しようとしてきたそうだ。すでに近くのコタンのいくつかはシブチャリに敗れてしまったところもあると。


「頭ぁ、どうします?」


「まあ乗りかかった船ってやつだ。お手伝いさせてもらいましょう。ただ一つお願いがございます」


「ナンダ、イッテミロ」


「一つはこの場所に来るために湊、船を付ける場所を作りたいのでそのための土地を頂きたいというのと、それに合わせて我らが村を作ることをお許し願いたい」


 そう言うと長老が少し考え、お祈りをしたのち許可をもらえた。これで俺達の湊を作ることができる。あとはお礼も兼ねて贈り物を広げると農具や工具に針などは喜んでくれた。


「河口に船を入れましたが川の深さがわかりませんのでここまでは運んでこれません」


「やむを得ん。投錨して半舷上陸させろ。今のうちにしっかり休ませろ」


「はは!」


 投錨を終え、荷を降ろし、休むまもなく砦の建設にかかる。攻め込まれているようだから雑でも柵があったほうがいいだろうということで砦の建設にとりかかり柵と櫓が完成したところで敵が現れた。


「間に合ったな。皆戦支度だ」


「いやはややはりたまには鎧を着ませんとな」


 狐崎の三男鯛三が嬉しそうに鎧をつけていく。


「鯛三、貴様弓が得意だったな」


「は、普段から弓の鍛錬は欠かしておりませぬ」


「よし、ではこの滑車弓を使え。これなら普通の弓より遠くまで届く」


「これが若様ご考案の滑車弓ですか」


「滑車が壊れやすいので俺はあまり好かんがな」


 装備を着込んで小屋の外に出ると、ベッチャロの連中が俺達の鎧を羨ましそうに見つめてくる。


「あーこの戦が落ち着いたら進呈しよう。それよりあんたらは人を斬ったことがあるのか?」


「アル。シンパイナイ」


 斬ったことがあるなら足手まといにはならんか。向こうもこちらの柵に気がついたようだ。


「ホヌマ殿、奴らはなんと言っているのだ?」


「サカラウヤツ、オトコハミナゴロシ」


 おやおや物騒な。俺等も変わらんがな。


「鯛三!ここから狙えるか?」


「おまかせを」


 そう言うと涼しい顔で矢を放ち、敵が何人か斃れ引き上げていく。苛立ちを晴らすようにベッチャロの村に火をつけて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

戦国大航海 海胆の人 @wichita

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ