第11話 魔法障壁

「イヴ。頼んだ」


「はーい!」


元気よく返事をしたイヴは、毛皮の匂いを嗅ぐ。


「……うん! 覚えたよ」


30秒ほど念入りに匂いを嗅いでいたイヴが、ドヤ顔を向けてきた。


「ありがとな」


レオンはそんなイヴの頭を撫で、イヴが嬉しそうに目を細め、全力で尻尾を振る。

いつのも光景だ。



食料になる野生の動物やモンスターの知識がレオン達にはないので、食料になる部分を取った後、革製品にするべく保管されていたモンスターの毛皮の匂いをイヴに覚えてもらった。

この匂いを追えば、知識のないレオン達でも食料になるモンスターを問題なく獲ってこれるというわけだ。


ちなみに、放浪者と言う身分は案外便利なもので、


”この辺りのモンスターに詳しくない。”


この言葉もすんなりと受け入れてもらえた。


下手な鉄砲なんとやら……と言うことも考えはしたのだが、いくらモンスターといえども、無駄にこちらから追い立てて殺すというのはレオンの気が乗らなかった。


「たった三人で大丈夫かい?」


村を出る準備を整えるレオン達に、村長の奥さんが声をかけてきた。

年齢は70歳くらいではないだろうか?

村長である旦那さんもやはり兵士に連れていかれたらしい。

旦那さんも年齢はそんなに変わらないだろう……

そんな者まで連れて行って領主は何がしたいのか……


フレムの呼びかけで、残された村の人々は家の外に出てきている。

母親が残されている家庭では、子供はその家で見ていたようで、フレム達の見ていた子供達と合わせると、この村の子供達は150人ほどだった。



大人が270人ほどで……計420人分の食料か。

蓄えを考えてとりあえず3日分は欲しいな。



「ああ、問題ない。一つ聞きたいんだが、この毛皮の主を獲ってきた場合、1頭で何人分くらいの食料になる?」


「そうじゃの……」


村長の奥さんは少し考えると、


「1頭獲れれば、全員おった頃の村の皆が十分に食べても、1回の食事で余るほどにはなるの」


「1頭につき1000人分以上にはなるってことか……」


となると単純計算で4頭……余裕をもって5頭は欲しいな。

毎日同じ肉では飽きてしまうかもしれないが、こんな状況だ。

そこは我慢してもらおう……


「このルズと言うモンスター、大きい個体は4mを超える。村の男衆がいた時も、4、50人で綿密に計画を立て、罠などを使用して獲っておったんじゃ。腕には自信があるのかもしれんが……くれぐれも気をつけるんじゃぞ……」


村長の奥さんは心配してくれているようだ。


「ああ、覚えておくよ」



「お兄ちゃん、お姉ちゃん! がんばってね!!」

「気を付けてね!!」



レオン達の元にフレムの所の子供達が駆け寄ってきてくれる。


「ああ。 腹減ってると思うけどもう少し待ってってくれな」


子供達に声をかけていると、


「本当にお気をつけて……」


フレム、そして一緒に子供の面倒を見ていた女性も声をかけてくれた。


「少し食ったからって本調子には程遠いだろ。無理して俺達が帰ってくる前にまた倒れんなよ。子供達が悲しむぞ」


「え? 逆に心配されてしまいましたね……」


そう言ってフレムは少し笑顔を見せる。

僅かにだろうが、余裕が生まれたと言うことだろう。




村の人はレオン達に挨拶をすると、また家に中へと戻っていった。

レオン達はそれを確認した後、深淵の森へと続く村の入り口までやってきた。



どうやら男衆がいた頃もこちら方面では狩りをしなかったらしい。

ルズと言うモンスターはこの辺り一帯に生息しているらしく、乱獲と言うほどの頭数ではないと思うが、村の男衆が無事に帰ってきたときのことを考えると、日常に影響の出る可能性のあることは極力避けるべき……そうレオンが考えたためだ。


入り口の側には放置されている馬車があった。

引く馬がいなくなってしまったからだろう……

少しくたびれているが、まだ使えそうだ。

獲物をもってかえることを考え、使わせてもらうことにした。

レオンはアロクネロスを呼び出し、馬車を固定する。


「頼むな」


主の声にアロクネロスは軽く吠え、車輪が半分土に埋まってしまっていた馬車を難無く引っ張り出す。

少し軋む音はするが、やはり問題なさそうだ。


「では、レオン様まいりましょう」


全ての準備が整え終わったのを確認したリプスが出発を促す。


「その前に1つ……」


「なんでしょうか?」


レオンはそんなリプスを呼び止めた。


「リプスは炎系の魔法以外に何か使えるのか? アレアの時に今回の結界に似た障壁みたいなの出してた気がするんだが?」


「はい。 様々な魔法が使用可能です。アレアさんも言っていましたが、魔法とはそれ即ちと言うことになります。創造主より数多の知識を与えられている私には造作もないこと。様々な知識を理解し、様々な構成元素を理解し、様々な術式を理解し、それらを自らの知識として組み合わせ、処理できる量、そして素養……全ての兼ね合いで、その者が使用することができる魔法の階級、魔法の威力……そんな物が変化していきます」


「なるほど……」


「その中でも、私が秀でている物が、炎と障壁関係に関する魔法です。結界と障壁は厳密に言えば違いはあるのですが、同じ物と認識していただいて問題ありません」


リプスは丁寧に返答してくれた。


「リプスのその答えのおかげで、気がかりだった1つの不安が片付きそうだ」


「不安ですか?」


リプスは不思議そうに首をかしげる。


「俺達がこの村を離れている間にモンスターに襲われでもしたらどうするか……そんなことを考えていたんだが……」



アレアの魔法を防ごうとした時に、リプスは障壁のような物を出していたことをレオンは思い出していた。


「無意識のあの子が強度はないとはいえ、あの規模の結界を張れたんだ……障壁に秀でているリプスなら、強力な障壁でこの村全体を守ってやることができるんじゃないのか?」


「はい。何の問題もありません」


特に驚く様子や戸惑う様子も見せないため、リプスにとっては本当にたいしたことではないのだろう。


「障壁の強度はどうされますか?」


強度か……


守ると決めた対象が留守の間に……

そうなってしまっては目も当てられない。


「強度を高くしたい場合、何かデメリットはあるのか?」


「強力な物を展開する場合、強力な媒体を必要としますが……こちらは気にしないでください。そしてもう1つが消費魔力です。これは勿論強度、展開範囲などで消費量が倍々に増えていきます……」


媒体は気にするなってことは、リプスに何かあてがあるってことか。

で、消費魔力……これに関しては俺が気にすることは無縁だな。


「そうか。であれば何者かに村の人達が襲われる危険は限りなく低くしておきたい。魔力は好きなだけ俺から持って行ってくれてかまわないから、リプスが持てる最大に近い強度の障壁でこの村を守ってくれ」


「かしこまりました」


レオンの言葉を聞き、リプスは障壁の準備に取り掛かる。

間違いなくと言う言葉をはるかに越した障壁が出来上がることは明白だが、あの子供達の笑顔を守ると決めた以上やれることはやっておきたい。

そして、レオン自身リプスの障壁にも興味があった……



「いきます……」


目を閉じ、静かにそう言い放ったリプスの足元に、大きな魔方陣が展開される。

それと同時にリプスの目の前に、あの細剣が1本リプスの前に現れ宙に浮く。

足元の魔方陣が回転を始めると、また1本細剣が現れ、先程の剣の隣で宙に浮く……


次に、一回り大きな魔方陣が現れたかと思うと、最初の魔方陣とは逆の回転をはじめ、やはりもう1本細剣が現れて、隣で宙に浮く……


そんなことを繰り返し、計12の大きな魔方陣と189の小さな魔方陣、そして12本の細剣が現れた。


全ての魔方陣は最終的に、横回転を左右のどちらかに行いながら、縦方向へも回転を始めたため、現在リプスは魔方陣でできた、半球状のドームの中で詠唱を続けている。


そして細剣だが、その詠唱を行っているリプスの目の前で、まるで時計のように円を12等分した形で宙に浮いてた。



「仇なすこと……何人たりとも許されざる……我が化身と共に守らん……!」



リプスの目が見開かれるのと同時に、目の前の細剣がそのままの状態で村の中心へと飛んでいく。

村の中心に到着した細剣は円を12等分した角度を維持したまま、1本1本が村の端へと飛んでいき、地面に突き刺さる。


次の瞬間リプスの周りの魔方陣が忽然と姿を隠し、村の中心に現れたかと思うと、魔方陣が爆発的な速度で肥大化した。


そして、リプスの細剣がそれをせき止めたようにして急停止し、強大で、強力な障壁へと姿を変えた……



「完了いたしました……」


とてつもなく強力な魔法であることは知識のない俺からしてもすぐにわかる。

それを顔色一つ変えることなく詠唱するリプスに身内ながらに驚きを隠せない……


「媒体ってリプスの剣だったんだな」


「ええ……本来であれば展開するための媒体探しをする方が困難な障壁です。ですが、レオン様の強大な御力を頂いております私からすれば、媒体などいくらでも出せますし、消費魔力もレオン様のおかげで特に気にする必要もありませんから大変ありがたいです。有事の際にはレオン様をお守りするために躊躇なく展開することができますので」


そう話すリプスはとてもうれしそうだ。


「この障壁であれば、破壊できる者などほぼいないと思われます。仮に破壊できる者が現れても、易々とは破壊できませんからこれに攻撃を加えている間には戻れます」


「上出来すぎるな……」


レオンは展開されている障壁に寄りかかろうと、手を伸ばして……


派手にズッコケた。


レオンの体重を支えるはずの障壁は、まるで何もないかのようにレオンの腕をすんなりと通してしまったからだ。


「ぐ……なんでだ?」


「レオン様……お怪我はありませんか?」


ズッコケたレオンの側にリプスがしゃがみ、心配そうに顔を覗き込んでくる。


「怪我なんて勿論ないが……障壁通り抜けたぞ?」


「あの……障壁は……私達は通過できますので……」


リプスは非常に申し訳なさそうに呟く。


恥ずかしい……

でもパンチしなかっただけまだましか……

そんなことしていたらもっと派手にズッコケていたに違いない……


恥ずかしさを誤魔化そうとリプスから視線を逸らしたレオンの視線は、別の場所で凍り付いた。


レオンを心配してしゃがみこんだリプスの……が目と鼻の先にあった。


「ブッ!」


「キャ!? どうかされましたか??」


レオンは慌てて立ち上がると


「イヤ? なんでもないぞ?」


平常心を装ってリプスにそう返答する。


しかし、


「そうなんですか? フフッ」


リプスのそのと言う笑いに、狙ってたんですか?

とは思いはしたが、それを確認する度胸は……

ゲームのレオンと融合した俺にも無いようである……



「よし……じゃあ、ルズとやらを狩りに行くか!」


レオンは自分の気持ちを切り替えるために、わざと大きな声を出す。


「はい!」

「おー!」


自分の気持ちを切り替えるためにわざとらしく大きな声を出したにもかかわらず、二人はそんなレオンに笑顔で続いてくれたのだった。

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