第9話 迫る危機

レオンの言葉を聞いた女性は、少しの間考える素振りを見せたのだが、


「こちらへ……」


そう言うとエマと呼ばれた少女の肩を抱いたまま、背の高い建物の裏へとレオン達を導いていく。



しっかりと少女を抱えていること……

そして時折、チラチラとレオン達の動向を確認していることを見ても、まだ信用されていないことは明白だ。

恐らくは外で話し込みたくない……そういうことなのだろう。



女性は裏口の扉を開け、


「早く……」


そう促すので、言われるがままにレオン達は建物内へと足を踏み入れた。

全員が中に入ったことを確認し、女性は音を立てないように注意しながら、厳重にいくつもの鍵を施錠していく。


あのエマって子はこの鍵を全部開けて出てきたのか?

観れば多分開ける手順などを間違えると開かないようなタイプの鍵だ……


「エマ……勝手に開けたらダメだっていつも言ってるでしょ……」


鍵をかけ終わり、少し気持ちが落ち着いた様子の女性が声をかける。


「だって……」


少女は何かを言いたそうにしたが、レオン達に目を向けるとモゴモゴと言った感じで口ごもった。


「お願いよ……もう……」


女性は何かを思い出したのだろうか……静かに一筋の涙を流す。

それをみた少女は、


「ごめんなさい……」


うつむき、そう呟いた。


「さあ……先にみんなの所へいって」


「うん……」


エマと言う少女は女性に促され、この小部屋から出た先にある廊下へと消えていった。



少女が見えなくなったのを確認し、女性は頬の涙をぬぐうと、少し呼吸を整えて、レオン達へと向き直る。


「先程……放浪者だとお聞きしましたが……」


「ああ……すまないな。 胸を張って名乗れるような身分じゃなくて……」


「い、いえ……そう言うつもりで言ったわけでは……それを言うならば私だって平民……ですし」


かなり疲れているのだろう……

目の下に濃いクマを作ってしまっている。

そして何より痩せすぎだ。

肌にも色艶がなく、薄汚れてしまっている……

外見から受ける印象よりも、意外と若い女性なのかもしれないが、その”若さ”を判断する部分がことごとくこんな状態では……

この人がおかれている環境はかなりまずいことは一目瞭然である。

そして、この村の状況はこの人の状態とイコールで結ばれるだろう。


しかし、先程の少女からはここまでの印象をうけはしなかった……



「なんで……この村にいらしたんでしょうか?」


「より怪しまれてしまうかもしれないけどな、この村を明確な目的地として来たんじゃないんだ」


「え?」


女性は目を丸くする。


「でも……その……力になってくださるかもしれないって……」


女性の表情には困惑……そんな物が色濃く表れた。


「それは本当だ。勿論、凄まじい程この村内部の人間関係が複雑に絡み合って……みたいな状態で困っているなら話は別だが……。もし……賊なんかにおびえてのこの状況ならば力になってやれるかもしれない」


「む、村の皆はそんな人達ではありません!」


女性の言葉は力強い。


「ああ、すまない。例え話だ。で? こんな家の中に引きこもってなきゃいけない原因はなんなんだ?」


レオンからの謝罪を受け、女性は気を取り直したようだ。


「おっしゃる通り……賊を警戒してのことです……御三方は、深淵の森の方向からいらしていましたよね?」


「あの深い森がそう呼ばれているんであれば、確かに俺達はそっちからやってきた。見てたのか?」


「はい……最初に気が付いたのは先程のエマ……ですが。この建物は見張り台も兼ねていて、上からこの辺りを見渡せますので……」


「なるほど……確かにあそこからなら道沿いを呑気に歩いてた俺達を容易に見つけられるな」


「ええ……元々この辺りで生活する者達は、あの森にはあまり近寄りません。深い森の中には神聖なものから邪悪なものまで……様々な伝承があるためです。しかし、それをいいことに、昔からそう言った連中が出入りしている……そんな理由もありまして」



隠れるにはもってこいってことか……



「そして、ここ2、3年です……賊の動きがかなり派手になっていると聞いていて。この村から離れてはいますが、真っ直ぐ東の方向にある村にはいかれましたか?」


「いいや……森の方から道沿いに向かってきたら、そっちにはいっていないな」


「そうですか……実はその村とは、交流があったのですが……賊の手が回ってしまったのか……最近パタリとなくなってしまって……お互い厳しい状況の中で助け合っていたのですが……」



…………ひっかかるな。



賊の手が回ったから厳しい状況になったのではなく、それ以前から厳しい状況で、そこに賊がやってきたから事切れた……

今の話だとそう言うことになる。

しかし、疑問に思うことを素直に問い詰めすぎると警戒されてしまうかもしれない。

追々……聞いていければいいか。


「なるほどな……その村が賊に襲われたのだとしたら次はここだと……そう考えたってことか?」


「そうなりますね……」


賊に襲われないための手段が家の中に引きこもる……

自衛としては弱い。

イヴじゃないが、扉なんか蹴破ってしまえば問題ない。

賊の目的の中には、あの地獄のような光景からもわかるように、を連れ去ることも含まれてはいたのだろうが、金品などの強奪も目的にある以上無人を装っても関係なく荒らしていくだろう。


うん……


やはり弱い。

分かりやすく村を堀で囲うとか、村の入り口に門を作るとか……

王子のあの言いようでは、そんな物、ものともしない連中だったみたいだが、少しでも侵入しにくい村なのだということを見せるべきなんじゃないだろうか?


レオンが気になるように、この村の外周には石積みの塀があるにはあるのだが、塀の高さはどれもレオンの胸の位置ほどの高さしかなかった。

自衛をする気がないのか……

自衛をすることができないのか……


「引きこもっている理由はそれだけなのか? 賊相手にそこまで有効な手段だとは思えないが……?」


「そうですね…ご指摘の通り、こんなことをしている理由がまだあります……」


女性はそう言うと壁の一部を僅かにスライドさせ外の様子を確認する。


「あちらにも森が広がっているでしょう?」


その言葉にレオンもその覗き窓から外を見る。

確かに少し離れた位置にはなるが、森が広がっていた。

深淵の森とか言われてた所より規模は小さいだろうが、それでも中々に深いだろう。


「半年ほど前からあの森のモンスターがこの村を度々襲う様になりました……」


「それまではそんなことはなかったのか?」


「ええ……深淵の森と違い、あの森は私達の生活には欠かせない場所でした。薪を集め、木の実やキノコなどの採取、勿論狩猟も……モンスターも住んではいましたが、深く入りすぎさえしなければ、遭遇することはなかったのです。共存できていたと思います……」


女性は覗き窓を音を立てないように閉める。


「それが……ある日突然……群れを成して森から外に出てくるようになりまして……」


「森の中でモンスターに遭遇するようになったんじゃなくて、モンスターがいきなり森の外に出てきたのか?」


「そうなんです……はじめのうちは森の外を徘徊しているだけだったのですが、そのうちここに気が付いたようで……。それ以来、前触れもなく森から群れを成して現れては、田畑などを食い荒らしていきます。大型のモンスターなので……私達だけでは対処することができず……このように身を隠す毎日です……」


それでか……田畑に作物が無かったのは。

とりあえず家の中までは襲ってこないってことは、知能はそんなに高くないモンスターなのかもしれない。


「ですが、この村も終わりかもしれません……」


女性は力なくそう答える。


「どうしてそう思う?」


「家の中に興味を示さなかったのは、田畑を荒らし、作物を食べることで満足して森へと帰っていっていたためです。そして……前回の襲撃で、最後の田畑の作物も食い荒らされてしまいました……満たされないモンスター達がやってきて、次に狙うのは……ウッ……ウッ……」


女性の言葉に再び嗚咽が混じり始める。


「作物がないとわかり、別の場所に探しに行くという可能性はないのか?」


あまりにも絶望の色が濃い女性に、レオンは少しでも気休めになればと声をかける。


「確かに……そうなるかもしれませんね……」


女性は同意してはくれたが、その表情は一向に晴れる様子はない……


「それだけで終わりと言っているわけではないんです。……食べ物が……村全体の食べ物がもう底をつきかけています。本来であれば今は二度目の収穫期ですので、食料に困ることはないのですが……。全てモンスターに食べられてしまいました……。保存食を村全体で分け合って、何とかここまで持ちこたえましたが……もう……」


確かに……これは絶望的な状況であろう。


「狩猟をしているって言っていたが、そちらは無理そうなのか? 勿論森は危険だろうが、あそこだけが狩場だったわけじゃないんだろ?」


「…………」


女性は押し黙ってしまった。

何か悪いことを言ってしまったんだろうか?

レオンが対応に困っていると、


「見ていただけますか?」


そう言って女性は、少女が消えていった廊下へと足を進める。

ずっとレオンの後ろで会話を静かに聞いていた二人と顔を見合わせ、レオン達は女性の後をおった。



建物の内部は薄汚れてしまってはいるが、大切にされてきていたんだろう。

ガタが来てしまっているところを丁寧に修復したような跡があちらこちらに見える。

子供が描いた絵だろうか?

そんな微笑ましい物も廊下の壁には数多く張られていた。

そして、廊下の突き当りにある少し大きめの扉の前で、女性はレオン達の到着を待っている。


「ここは?」


「まずは見てください……」


そう言うと女性は扉をゆっくりと開いた。



「え?」



扉の先でレオンの目に飛び込んできたのは、

この村の状況からは想像できない様な光景だった――――

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