第22話 神と悪魔を束ねる者

「んだよ……ちょっと期待した俺が馬鹿みたいじゃないか……しかも何だよ? 三組目って……治安悪すぎだろ?」



レオンはアレアと別れたあの湖のほとりで拗ねたように小石を湖に投げ入れていた。

でもなぜだろう……先ほどまでの湖と少し雰囲気が違う。

三組目……レオンがそう言ってるように、今リプスとイヴが相手にしている野盗は、アレアと別れた後すぐにやってきた野盗から数えて三組目なのだ……




一組目はまともに相手をしてやった。

こちらの話も聞かずにリプスとイヴに目星をつけ、即俺を殺しにきたから返り討ちにはしたが、余りの歯ごたえの無さと……そのくせ、今までやってきた悪事の内容の惨さ……

そのギャップのせいで途中からかなり嫌気がさした。


そして最後の一言。


「その二人には負けるが、必ずいい女をかっさらってあんたに届けるから、勘弁してくれ」


という親玉の言葉にキレてしまい、人間の姿で出せる全力に近い力で親玉を地面に叩きつけたので、地面が陥没して、湖が少しばかり拡張されてしまった……



二組目はその30分後ほどだろうか、同じようにやってきて、やはり同じようなことをするので、リプスとイヴに相手を頼んだ。



その際、リプスには一つ注文を付けた。


”男達の罪に相応しい裁きを与えること。”


イヴは難しいことはわからないと言っていたので、

殺していいorリプスもしくは俺に相談する。

この二つのゴールにたどり着くような簡単なフローチャートを教え込んだ。


二組目の時は俺に聞きに来たのだが、森の中から、同じようにやってきた三組目の悲鳴が聞こえるので、どうやら自力で結論に行きつけたのだろう。



「もっとこうさ……あの魔導師マジックキャスターにやっぱり御供がいてさ? 暗殺集団が狙いに来た! とかそういうのが起こるところだろう……」


平べったい石を見つけたので水切りを試みる。


「ホッ!」


するとこんな身体だからだろう……

石は水を切りながら遥か彼方へと消えていき、それによって生じた波紋が、広大な星空を鏡の様に移していた湖面を幻想的に乱れさせる。


「相変わらず……すごい身体だわ」


レオンはまるで他人の身体のようにそう呟くのだった。



そんな警戒心0のレオンの所に、茂みからガサガサと音を立て、先ほどの男達とは違い、見栄えのいい格好の大男が姿を現した。


「う、うそだ! こんなところで俺が! それもあんな……二人に!!」


見れば大男は全身ぐっしょりと汗で濡れていた。

しかし、体が温まっていると言う様子ではない。

ガタガタと震えている所から見ても、冷や汗……そんな所だろう。


「なんだ? あいつら逃がしたのか?」


そんな呑気な言葉をかけられ、大男は驚いている。


「ヒィ!? お、お前はいつの間にかいなくなってた、あの化け物達の……」


そこまで言って大男は口をつぐむ。


「見たところ……今の連中の親玉か? どうした? 子分達が頑張ってるんだ。 こんな所にいないで助けに行ったらどうだ?」


「そ……そんな無茶な!!」


二人によってもたらされた子分達のなれの果てでも思い出しているのだろうか?

さっきよりも激しく震えだした。

正直大男のこんな姿を見るのは不快だ。



どうしたものかとレオンが悩んでいると、


「ごめんなさ~い……」


そう言いながら全身を返り血だらけにして、少しションボリしているイヴと


「もういいですから。リリス様に頂いたお洋服です。次からは出来るだけ汚さない様にしましょうね? イヴにはそれが出来るのですから。ほら、レオン様とみんなでお風呂に入って汚れを落としましょう」


イヴの手をひき、優しく諭すように語り掛けながらリプスが森から姿を現した。

恐らく片付いたのだろう。



「あ………あああ………」


二人の姿を捉えた大男は言葉にならない声を発している。


「あれ?」

「まぁ……」


そして、大男を見た二人は、目をまん丸にして固まった。


「まだ残ってた?」


小首を傾げながらイヴはリプスを見上げる。


「と……言うことなのでしょうね……レオン様申し訳ありません」


リプスはレオンに向かって本当に申し訳なさそうに頭を下げた。


「いやいや、気にすんな。それよりどうした? 気配でも読み間違えたか?」


「寛大な心遣い感謝いたします……はい……言い訳をお許しくださるのであれば……正直……この者達単体では……その……弱すぎて、私もイヴもその……かなり意識をしなければ、すぐに意識から外れてしまって……」


リプスがかなり気を使って話しているが、もちろんこの男達に悪いと思っているからではない。

レオンの依頼を守れなかったことに対して、言い訳を言わなければならない……

それをリプス自身が良しとしないためなのだろう。



う~ん、主従関係ってやつなんだろうが、こんな扱い、慣れてないし、肩凝りそうだからやめてほしいんだけどな。

恐らく今いきなり言っても結局変わらないだろう……

これから旅を続けていく内に変わってくれることを願うか。



そんなことを思いながら横にいるイヴへと視線を向けてみる。

イヴは俺と目を合わせると


「ごめんね……レオン様」


耳も尻尾も力なく垂れさげた……

ヤレヤレ……


「いい、気にすんな」


そう言いながら慰めてやろうと頭に手を置くと、


グチャリ……


期待していた、あのサラサラなイヴの心地よい髪の感触ではなく、不快な感触が返ってきて、思わず背筋に虫唾がはしった。


「…………後で綺麗に洗おうな……」


レオンの言葉にイヴはパァっと明るくなり、


「うん!」


と、嬉しそうに笑顔で返事をした。

耳はいつも通り元気よくそそり立ち、尻尾も全力で揺れている。


獣人って感情がわかりやすくて可愛いよな。


そう思い、もう一度手を伸ばそうとしたレオンの腕は、イヴの頭上で急ブレーキをかけ、ひっこんだ。

イヴはその行動の意味が分からず、首を傾げながらレオンを見つめていた。



「ではイヴ? 最後の後片付けを致しましょう?」


「は~い」


二人は気を取り直して、逃がしてしまったこの大男の始末を行おうとする。



「まっ!! 待ってくれ」


恐怖を押しのけて絞り出したのであろう聞き取りにくい大男の声が、そんな二人を遮った。


「し、知らなかったんだ! あんた達……いや! あなた様達がこんなにも化け物……いっいや違う!! こんなにも偉大な御方だったなんて」


この大男の言葉が何か引っかかったのだろうか?

二人はピクリと動きを止める。


なのはレオン様であって、私達はその飾りにすぎません。訂正を」

「うんうん」


どうやら二人はレオンと同格とみられることが嫌なようだ。


「ヒッ! そ、その偉大なレオン様とお話がしたいのですが」


足元にすり寄ってきそうな気配を感じ、レオンは鋭く睨みつける。

大男は蛇に睨まれた蛙のように身を固くした。


誰が好き好んで大男にすり寄られたいだろうか……

俺にそっちの趣味はない。



「なんだ?」


ぶっきらぼうな答えに大男はたたみかける。


「こ、この度は私共が、御無礼な行いをしてしまい、大変申し訳ありませんでした!皆様がこれほどの御力を御持ちと知っていればこの様な行いは決していたしておりません!!」


大男は平伏しながら必死に訴える。


「警告はしたぞ」


そうだ、俺達を200近い数で囲んでいた時に警告はしてやった。

今、改心して逃げ帰り、今までやってきた己の過ちを悔いながら地べたを張って生きるのなら、見逃してやると。


「返答はNOだったはずだが?」


「そ、それはあんまりで御座います!あのような状況で誰が私共が不利な状況だとわかるでしょうか?」


大男はかなり焦っているようだ。

まぁそれはそうだろう……

首の皮一枚繋がっているだけで、返答を間違えれば子分達と同じ運命が待っているのだから。


「で? どうしてほしいんだ?」


「どうか……どうか!! この哀れな私を見逃していただけないでしょうか?? レオン様がおっしゃったように今後は地べたを這いつくばっていきます!! そ、その証拠に! この先をしばらく行った洞窟に私達のアジトがあります。今はもう……もぬけの殻になってしまいましたが、中に金なんかがあります。全て持って行っていただいて構わない!! それでも足りないようでしたら、何とかします!!当てはある!!!!だから……どうか、どうか見逃してください!!!!」


大男は地面に頭をこすりつけだした。


「イヴ」


「なぁに?」


「イヴは鼻が利くよな?」


「うん!」


イヴは自信ありげにエッヘンと小振りな胸を張る。


「じゃあ後でそのアジトとやらは見に行かせてもらうか」


この言葉に大男は顔を上げる。

その表情からはそんな物が容易く読み取れた。


「そ、それじゃあ!」


「リプス」


「はい」


「こいつの仲間達の最後はどうだったんだ?」


「そうですね……今までで一番でした」


俺の問いかけをリプスはしっかりと理解してくれたようだ。

そいて俺もまた、そのリプスからの返しから全てを理解する。


「まぁ立てよ」


俺がそんな地べたで平伏す大男に手を差し出と


「は、話が分かる御方だ!!」


大男は即座に俺の手を取った。


グチャリ……


大男が掴んだ俺の手にはイヴの頭についていたあの不快なものが、未だについたままだった。


「うっ……」


大男は一瞬、表情を歪ませた。


「どうした? お前の仲間だったものだぞ? なんでそんな顔をするんだ??」


「イッ……イダ!!」


「何が痛いんだ?」


「何が? ってお人が悪いぜ旦那……ハハッ……アッグ……」


俺の手を取り一度は立ち上がった大男が顔を苦痛に歪めながら再び膝を折る。

俺が掴んでいる大男の手からは骨が軋む様な音と、イヴの頭についていた液体等が行き場を無くし、指や手の平の隙間から不快な音を立てながら漏れ出し、地面にこぼれていく。



バギッッ! グシャ!!



そして最後にそんな音を立てながら、大男の手が俺の握力によって爆ぜた。


「ああああああああああ!!!!」


大男は手首から先がグチャグチャになった腕を必死に抑えながらのたうち回る。


「ああああ! なんで!!??? 話が違う!!!」


「何が違う? 俺が一言でもお前を見逃すなんて言ったか?」


「………!?」


大男は思い返す……レオンの言葉を。


「ヒイ」


そして自身がやはり助からないことを再認識し、どんどんと恐怖に浸食されていく。


「お前に向かって命乞いをしてきたやつはいなかったか? 罪なき者がお前に命乞いをして、お前は見逃したのか?」


この問いに大男の表情は完全に青ざめる。


「…………あ、あ……」


「お前だけその要求を聞き入れて貰えるとなぜ思った? お前だけがなぜ許させると思ったんだ? お前の仲間達とお前では何が違うんだ?」


問いかけてみても、大男の視線は天を仰ぐばかりで一向に返答はなかった。



「リプス、イヴ」


レオンはそう告げると大男から視線を外す。


「かしこまりました」

「は~い」


二人はゆっくりと大男の前へと歩みを進める。

断末魔の叫び声が静けさを取り戻したばかりの森林に再びこだました……






風呂は……やっぱ無理だよな。

後でリリスの店にでも行けば借りられるだろうか?


とりあえずこのイヴを綺麗にしてやらなければと思い、裸に引ん剝いて湖へと放り投げる。

イヴの希望もあり、なかなか高くまで放り投げた。


バチーーーンッッ!!!


「…………あの落ち方は……腹強打してないか?」


何を思ったのかイヴは大の字になって全身で水面を受け止める形で入水した。

イヴの入水で乱れた水面が静かになっていく……

しかしイヴは上がってこない。


「………おいおい」


助けにいった方がいいのか? そう思った時、


「あははははは! 楽しかった!! レオン様もう一回!!!!」


元気よく笑いながらイヴが湖から上がってきた。

よほど深くまで潜っていたのだろうか……

心配するような身体能力じゃないのは、旅に出てからの短い間でもすぐに理解できたはずなんだがな。

そうさせるのはイヴやリプスの事を俺がすでに大事に思っている証か。



イヴは俺の元に駆け寄ってくると、ブルブルと全身を震わせて体の水気を飛ばす。


「オワッ! コラッ!!」


「あ……ごめんなさい」


恐らく水なんかに濡れると本能的にこうやるんだろうな……

イヴに悪気はないのはわかっているので、優しく頭を撫でてやる。

まだ少し湿っているが、汚れは綺麗に落ち、サラサラの手触りの良い、いつものイヴの髪が戻ってきた。



「さあ、イヴこちらも綺麗になりましたよ」


リプスは装備についた汚れを落としてくれていた。

すでにしっかり乾いている。 魔法で乾かしたんだろう。


リプスが扱う魔法は炎。 

あの男達に使った炎や、今イヴの装備を乾かすために使った炎。

全く魔法と言うのは凄まじいな。



今まで好んでやってきたゲームはアクション系やRPGが多かったため、


魔法=敵を倒す物


だったけど、日常生活の中にある魔法と言うのは俺の知識の中では、余り印象にない。

この世界での魔法がどれ程身近な物なのかはまだわからないが、楽しみが一つ増えた。



「よし、じゃあ行くぞ」



掛け声を合図に、三人は大男が言っていたアジトをイヴの嗅覚を頼りに目指す。


しかし、二人は気が付いていなかった。



主人の内に秘めた、と言う感情に―――――

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