第21話 審判を下す者

「まぁ……イヴったらあんなに全身を汚して……後でお風呂に入らないと……そうですわ! 折角だからレオン様もご一緒に……」


リプスはややため息交じりに離れた位置からイヴの様子を眺めていたのだが、何やら思いついたようで上機嫌だ。

その視線の先のイヴなのだが、次々とあの男達を肉片へと変えていっていた……

恐らくワザとなのだろう……その肉片へと変わる瞬間に盛大に血や内臓などを辺りにぶちまけているため、その返り血など諸々をイヴは真正面から受けている。

気の弱い人間ならばその姿を見ただけで、卒倒してしまうのではないか……そんな有様である。


しかし、当の本人に至っては、玩具と戯れるように無邪気な笑い声と笑顔を周囲に振りまいているので、


血さえ赤くなければ……

そんな感じだろうか……



「ヒッヒィイイイイ!!!!」


リプスの周りを囲んでいた男達は、そんな大虐殺を目の当たりにし、腰が抜けてしまう者も現れた。


「な……なんなんだありゃあ!!!」


悲鳴にも似た叫びにリプスは返す。


「なんなんだ……とは失礼ですね。 私の可愛い妹の様な存在のイヴに向かって……」


イヴを物扱いしたようなその男の言いように、リプスはあからさまに機嫌を損ねている。

その冷ややかな視線はリプスの現実離れした美しさもあいまって、男達の背筋を凍らせるには十分だった。



「ひ……ひぎゃあああああ! た……たすけ!!!!!!」



そんな最中にも、離れた位置からは断末魔の叫び声と


「あ~~~! もう壊れちゃった。 次~~♪」


その場にはとても似つかわしくない楽しそうな声が響いてくる。



「そ! そうだ!! この、この女を人質にとれば、あ、あのバケモノも大人しくなるんじゃないか!! 妹みたいなことこいつが言ったろ」


男達の一人が名案を思い付いたようだ。


「おお! そ、それだ!! 早く!!! あいつがこっちに来る前に」


その言葉にまだ腰が抜けていなかった男がリプスの元へと駆け寄り後ろに回り込む。

左腕でリプスの首を締め上げようとしたのだが……残念なことにそうはならなかった……


「あれ? ……馬鹿だな。こんな位置に回り込んで俺はどうしようとしてたんだ??」


どうしたことだろう。男の様子がおかしい。

羽交い絞めが成功しなかったことに驚いているというよりは、リプスの後ろに立っている自分に驚いているような……


「お……おい……お前……その左腕、どうなってるんだ?」


男の異変に気が付いた者が声をかける。

そこ声に男は不思議そうに首をかしげた。


「左腕……ってなんだそりゃ? うまいのか??」


男の身体には、誰の目にも明らかな変化が現れているのだが、どうやら男には認識できないようだ。

丁度肩から先、先ほどまで間違いなくあった左腕が綺麗さっぱりと無くなっているのだ。

しかし、傷も無ければ血も出ておらず、男は痛がる様子も見せていない。


「うまいのか? ってなんだよ! 無くなっているだろう!! 左腕が!!!」


しかし、そんな叫びも男には伝わらない。

まるで男からしてみれば左腕と言うが消えてなくなったような……


「私の身体に、無断で触れていい殿方は、全世界において……レオン様だけです。殿方以外でしたら……リリス様に、イヴ……ぐらいでしょうか? レオン様と友好関係を結んだ方でしたら……警告までで我慢することもあるかもしれませんが……貴方達の様な下衆にはその様な施しはありませんので……ご注意くださいね」


口調こそ柔らかいが、その視線からは絶対零度と言う言葉が自然と脳裏に浮かび上がってくるほど、冷めきっている。



そう……男の左腕は、リプスによって文字通り消されてしまったのだ。

物理的に、なんて言う可愛いものではない。 

その物を消されてしまった。

そのせいで消された本人は、右腕のみの状態が生まれてこの方正常な状態という認識に切り替わるどころか、左腕と言う知識そのものがないのだから、リプスの後ろに回り込み、ここから自身が何をしようとしたのかが分からず、滑稽に思えてしまった……と言うわけである。



リリスが店でレオンに言った


”まぁこの子達クラスに無断で触ったら多分存在が消えてなくなるけど”


どうやら……あの言葉は大げさに言った……と言うことではなかったようだ。

リプスのその言葉に左腕を消されてしまった人物以外の男達が後ずさりを始める。


「あら? どちらに行かれるんですか? 私がレオン様より仰せつかった命は、あなたたちにを与えることです。今しばらくお付き合いいただかないと……」


そう言うとリプスの周りに小指の先ほどの大きさの、濃い黒が混じったような紫色の炎が、空中に不規則に浮遊し始める。


恐らく男達はその異様な光景ばかりに気を取られ、気が付いてはいないだろうが、その炎の数は男達の人数分出現すると、それ以上は現れなくなった。



「そ、そんな焚火も起こせねぇような火で何しようってんだ!? ハッ! ハハ!! あいつの腕は驚いたが……とんだこけおどしだ!! お前達、こいつはハッタリの名手だぜ! こんなショボイ魔法で俺達を相手にするなんて無理だ! 向こうのバケモノが来ないうちに全員でとっつかまえるぞ!!!」



虚栄だろうか? 男の声は少し震えているのだが、この言葉に賛同するしかない男達は、「そうだ!」「オーー!!」などの言葉を掛け合い、お互いを何とか奮い立たせている。


そんな叫び声にもリプスは特に顔色一つ変えることなく、言葉を続ける。



数多あまたの生物は……生まれ落ちたその時より大小さまざまな”ぜん”と”つみ”を積み重ねていきます……”つみ”よりも”ぜん”の多いもの……”ぜん”よりも”つみ”の多いもの……様々です」



リプスが口先で手のひらを返し、優しくフーッっと息を吹きかけると、小さな炎達はまるで、自らの親の元に歩みを進める赤子の様な速度で、ゆっくりと男達の元へと向かっていく。


怪しい色の炎……そこから感じる威圧感は、とても小指の先ほどの大きさの物とは思えない。


「万物は皆平等と説く”神”がいます。その者の元では、”罪物つみぶつ”も”善物たるぶつ”も……全ては同じ救いを与えられるのかもしれません……」


リプスのこの言葉を待っていたように男達の元へと向かっていた炎が、一回り大きくなったように見える。

しかしそれは一律ではない、一回りだけの物もあれば、二回り以上大きくなった物もある。



「私は【アポカリプス】審判を下す者……さあ、貴方達の”とが”を悔いなさい」



次の瞬間、炎は巨大な火柱へと姿を変え、物凄い速度で男達の元へと到達した。



「ぎゃああああああああああああ!!!!!!」



50人を超える男達が一斉に紫色の炎に焼かれる。

余りの痛みにその場で崩れ落ちる者、気が動転し周囲を走り回る者、なんとか炎を消そうとのたうち回る者……様々だが皆一向に炎が消える様子はない。


不思議なことに、火だるまになっている男達がのたうち回るので、芝生や周辺の木々にも炎が燃え広がりそうなのだが、男達が燃えるばかりで、そんな気配は一向にない。



衣服が焼け……皮膚が焼け落ち……筋肉や脂肪が剥き出しになり、苦痛で意識が飛びそうになるのだが、男達は誰一人としてそうはならない……


「ひいいいいいぁああああああああ」


吸い込む空気も灼熱の為、喉が焼ける。

肺の中に入る空気によって内側からも焼かれる。


「もういやだぁぁぁ!! こ、殺してくれーーー!!!」


自然と男達はそんな言葉を叫び出す。 しかしそんな言葉は聞き入れられない。

その代わりに男達の頭の中にはそれぞれ違いはあっても似たような映像が流れ出していた。



それは男達の記憶――



村を襲撃し、泣き叫ぶ子供や、そんな子供を庇おうとする両親を笑いながら殺した。

何かの気まぐれで生かしておいた村人は、余興として男達で殺し方の意見を出し合い、奪った酒や食料をあおりながら、殺した。


この子だけはと、むせび泣きながら我が子を庇う人妻を、力なく横たわる旦那と子供の前で犯した。


行商人の一向を襲った際に捕まえた少女達を、代わる代わる犯し続け、最後には壊れてしまい、大半の物が殺してくださいとにじり寄ってきたが、それでもかまわず犯し続け、1ヶ月後衰弱して死んでいった。



――その死体は



そんな記憶が次々に男達の頭に鮮明によみがえってくる。



そう……これは


男達への酬い。



「あぁぁぁぁぁぁぁ」


肉が焼け、内臓が熱によって破裂しても、意識は飛んでくれない。

鮮明な痛みが男達を襲う。

ついには肉が焼けつき骨になる者まで現れる……しかしそれでも炎は治まる気配はない。

そしてそんな状態にもかかわらず……その骨はもがき苦しんでいる。



「今回の方々はよほど”とが”があるんですね……先程の方々よりも燃えが激しいです……安心してください。 貴方達のとがは私の炎がすべて焼いてくれますから……とがを燃やし尽くしさえすれば……貴方達の思う”神”が待っているかもしれませんね?」



リプスはそう言うが……


果たしてその先に待っている”神”とやらが……男達に救いを与えるかは……定かではない。

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