第3話 帰宅

玄関前の階段を一目散に駆け上がり、勢いもそのままに鍵を開けようとする。

だが、気持ちが焦れば焦るほど鍵穴に上手く入らない……


「ああ! もう!!」


やっとのことで鍵を開け、逃げるように家の中に入り、すぐに鍵をかける。


「ハァ……ハァ……」


レオンはあの一件の後から休むことなく家までの道を走った。

距離にしておよそ2kmくらいだろう。

部活引退前はサッカー部に所属してレオンだった為、体力は自信のある方だったが、流石にこの距離を休みなく走るとこたえるようだ……

更には精神状態も不安定だったため、呼吸もままならなかった。

しばらく動くことは難しいだろう。

レオンはそのまま玄関に崩れるように寝ころんだ。


「………ただいま」


なんとか絞り出したその言葉に答えてくれる者はいない……

やっとのことで呼吸を整え終るとレオンは家の中のある場所へと向かう。

リビングの一角に家族の集合写真、そして傍らにもう一枚の写真。


「父さん、母さん、姉ちゃん、婆ちゃん……ただいま」


写真の中、1人1人の顔をしっかり見ながらそうつぶやく。

皆満面の笑みだ……写真の中のレオンも例外ではない。

しかし、その声には誰も答えてくれない……


中学3年の頃、レオンのサッカーの試合を応援する為、3人は車で試合会場に向かっていた。


レオンは朝練の後、そのまま試合に臨むので、学校が用意したバスで試合会場に向かったのだが、会場に到着ししばらくした時、学校経由で警察から連絡を受けた……




――御家族をのせた車が後方から追突された後、対向車のトラックに正面衝突して




最後の言葉は警察も濁していたが雰囲気で伝わった……

トラックがかなりの速度を出していたのだろう……

車は跡形もなく、遺体の確認は警察の判断で行わなかった。


ただ遺留品と後に行ったDNA鑑定から、家族である事実が伝えられた―


そんな悲惨な事故現場の中、プレゼントの新しいスパイクが手紙と共に奇跡的に残っていた。

ここまでは現実味がなく、淡々と様々な事に対応していたレオンだったが、これを受け取った瞬間、半狂乱の叫び声が当たり一面に響き渡った……



この事故の原因は、後方よりレオンの家族が乗る車に追突してきた男で、有名な政治家であった。

追突した本人は、トラックとは別の方向にはじかれたため骨折などはしているが、命に別条は無いとのこと……


しかし、その呼気からはかなりのアルコールが検出されていた。


マスコミはこぞってレオンの事を悲劇の主人公として連日取り上げた――


しかし、不思議と事故の原因であるその政治家の名前は一向に上がってこなかった。


事故当時こそ大きく取り上げられたが、日々薄れていく世間の事故の記憶に、レオンは祖母と2人で声を上げ続けた。


そんなある日のことだ……警察が政治家との”後方からの追突の件”のみ取り合わなくなった――


次は裁判所も……


レオン達の知らないところで大きな力が働いている――


そう思った時にはもう遅かった……



「全くゴネ得だな!!!」



そんな政治家の捨て台詞と共にレオンの通帳には見たこともない金額が振り込まれた。




口止め料――




レオンから家族を奪ったあの事故の一部は世間からなかった物にされた。




どうやったのかは知らないが、今でもその政治家はテレビ出演し、



――この国の未来は~


などとのさばっている。




それでも今日までレオンがまともな人として生きてこられたのは祖母のおかげだ。

それも半年前に寿命で……眠るように安らかに旅立っていった。


高校を卒業前にして、レインは本当に一人になってしまった。


友達がいないわけじゃない……


しかし、レオンとあまりにも境遇が違いすぎて気を使ってくれているのがわかってしまう。

友達にそんな気を使わせるのが申し訳なくて、いつしかレオンの方から距離を置いてしまった……

皆がいたころはお調子者で姉からふざけ過ぎと怒られるような性格だった……

そんな性格も、もちろん思春期に入ったこともあっただろうが、それ以来何事にも冷めたような……そんな風になってしまっていた。





お金が欲しかったわけじゃない……




力だ――




俺に力さえあれば……あんな政治家に負けずに罪を償わせることが出来たんだ……




俺に、力がなかったから……




父さん、母さん、姉ちゃん……みんなの無念をはらしてやることができなかった。




そして何より俺のこの思いをはらすことが出来なかった……





最近では正直もうこんな世界にいる意味なんてあるんだろうか?




そんなことをよく考えてしまっていた……





”この世界が本当に嫌ならこのゲームを始めてみると良い……”





リリスのあの言葉が頭上をよぎる。




「ゲームか……」




カバンの中からリリスに渡されたゲームを引っ張り出した。




何とも言えぬ存在感を放ちながら、やはりそのゲームはあった。

ケースを開き中を確認すると、何も描かれていない真っ黒なディスクが姿を現した。


「見たこともない規格のディスクだな……これ本当にクロステ4のディスクか?」


手に取り、360度見渡してみてもどこも真っ黒だった。

忽然と店ごと姿を消したリリス……しかし手元に残った怪しいゲーム……

正直不気味だ。

しかし、それ以上にリリスの言葉が気になり、レオンは意を決してゲーム機にディスクを挿入した。


ディスクの回転が始まり、ゲーム機が低い起動音を響かせる。

クロステ4のゲームであれば、そろそろ画面に販売会社のロゴなんかが表示され出すはずなのだが……


「なんにも映らない……やっぱこれクロステ4のディスクじゃないじゃん……」


そう思った矢先――


荘厳そうごんな音楽と共にルクスオブダークと言うゲームタイトルがいきなり表示された。


「あれ? ロゴラッシュないのか? なんなんだこのゲーム……そういえばジャンルとか聞いてなかったな……」


ケースの中には説明書なんてものもなく……

もちろんパッケージには最初に確認したようにゲーム画面すら掲載されていない。


「…………」


しばらく待ってみたが、デモ映像やオープニングと言ったものが流れる様子はない……

タイトルの下にPRESS STARTの文字が点滅するばかりである。


レオンは携帯端末を取り出し、ルクスオブダークと言う単語を検索してみたが、ヒットはしなかった。


「なんだかなぁ……」


高校が自由登校になってしまい明日から何をしようかと悩んでいたのは事実だ。

暇つぶしがてらに、とりあえずこのゲームをやってみることに決めたレオンは、長丁場になると思ったのだろう。

まずは腹ごしらえをしようと、ゲーム画面はそのままにキッチンへと向かった。



家族が生きていたころはキッチンなんて入ったことはなかった。

しかし、祖母と2人暮らしをする過程で、様々なことを手伝うようになり、現在では料理動画を配信で流せるくらいには精通していた。


今にも壊れてしまいそうなレオンを優しく包み込んでくれた祖母のおかげだろう……



元々冷蔵庫の食材も底をつきかけてたし、ゲームも気になる……

手軽なものをテキパキと調理し、そのままキッチンで料理をかき込む。

祖母がこんな姿を見たら雷が落ちたであろう……


「……ごちそうさま」


洗い物もそこそこにつけっぱなしにしていたゲームの前に今度こそ腰を据える。

画面は相変わらずタイトルを表示し続けていた。

コントローラーを手に取り、スタートボタンを押し込む。


剣で何かを切り裂くような音と共に画面が切り替わり


・NewGame

・LoadGame


と言う選択肢が現れた。


スティックを上下させるとカーソルが上下し、その度に銃の発砲音のようなものが聞こえてきた。



”データがありません! データが無い場合はNewGameをお選びください”



「そりゃそうだよな……」


レオンはゲームをする際、イベントなどで右に向かって進めと言われると、まず左に進んでみるタイプである。

1週目で出来るだけ完全に終わらせたいという性分のためである。

その為、RPGなどでは救出対象が危ないにもかかわらず、そのダンジョンから抜け出す事が可能であれば別の村に行ってみたり、ラスボスの直前で引き返して初期村で道具屋をのぞいてみたり……


などはまだかわいい部類で、


プログラマーが見ると泡を噴出しそうなプレイもしたりする……


言ってしまえばひねくれ者である。


「……よし! まぁとりあえずやってみますか!」


カーソルをNewGameに合わせて決定ボタンを押した。


「ルクスオブダーク……」

「ルクスオブダーク!!」


「ん?」 


決定ボタンを押すと同時に女性の声でタイトルが読まれる。

一つはクールビューティー?そんな印象を受ける凛とした声で、もう一つは何処か幼さの残る活発な感じの声だった。


「なんか大分印象と違うな……」


タイトルや黒いディスクからはもっと暗めのゲームを想像していたのだが……


画面にはキャラクターメイキングをしますと言う文字が表示されている。


”カメラを起動しましたのでカメラの前に立ってください”


「え? これカメラ使うゲームなのか?」


クロステ4には最初からカメラが搭載されていてこのカメラを使って遊ぶゲームも、全盛期には多く販売されていた。


ゲームに言われるがままカメラの前に立つと程なくして


”スキャンが終わりました! ただいまモデリング作業中です”


そんな言葉が表示される。


「すごいな……こんなゲームあったんだな」


モデリングをしていると言う事は、恐らく自身の全身をスキャンした結果が反映されたキャラクターが出てくるのであろう。


しかし、レオンが知る限りではそんなゲームは開発されていなかった。


”モデリングが終了しました! ご確認ください。 やり直す場合は再撮影を選択してください”


「へ~! これはすごいな。俺がゲームの中にいる!」


多少ゲームに合わせているのだろう。

デフォルメはされている部分はあるが、誰がどう見てもレオンである。


「このままでOKっと」


”次に性格を設定します。 これから質問に答えていただきますので、該当するものを正直に選択してください”


「キャラメイキングに性格もあるのか? なんか面白いゲームだな……」


”貴方の一人称はなにですか?”


俺と……


”貴方は待ち合わせ時間を守りますか?”


はい……


そんな当たり障りのないものから


”あなたは胸の大きい女性とお尻の大きな女性ではどちらがタイプですか?”


「ちょっと……これR18指定とかじゃないよな……」


…………正直にか


どちらも好きです……


恥ずかしいものまでかれこれ100以上は回答した。



「いや……流石に長すぎるよ……これが本編でしたなんてことないよな……」


レオンがダレかけていると、


”長い間お疲れ様でした。これが最後の質問です。


―貴方は力を手に入れたら何がしたいですか? マイクに向かってあなた自身の声を聞かせてください


「マイクだって?」


クロステ4にはコントローラにマイクが内蔵されている。


ここまですべての仕様を使い切るのか………




力か………




大切な家族の顔が浮かぶ。





「力を手に入れたら俺は自分の気持ちに正直に生きる!!!!!良いものは良い、悪いものは悪い!!誰がなんと言おうと俺の信じる正義で鉄槌を下す!!」





スカッとした!




自分の溜め込んでいた物をゲーム相手とはいえ高らかに宣言してやったのだ。

レオンの中で何かが弾ける様な感覚があった。



”貴方の性格を把握いたしました。 それではゲーム本編をお楽しみください”




「お!? いよいよゲームが始まるのか」


NowLoadingの文字が消えゲーム画面が表示される。

どうやらオープニングが始まるようだ。



――神と悪魔の間に生まれた禁忌の子 レオン。




(え? 俺の名前?

名前入力なんてしてないけど……

まぁ正直レオンは色んなものに使われやすい名前だからな……)



――彼の両親はお互いに愛し合っていた。父と母と子幸せな時間だった。

しかし、その幸せも長くは続かなかった……

神界と魔界の両方にその禁忌がバレてしまったのだ……





双方の世界から追っ手を放たれた父と母はなんとか逃げ延びるのだが、やがてそれも限界が訪れる。


神界で最強の剣士として恐れられた剣神 ザンキス


魔界で最高の武を持つとされた美帝 アルシローネ


二人は逃げることを諦めた……




父からは神剣【アポカリプス】




母からは魔銃【ダーインスレイヴ】




我が子を守るようこの2つに意志を植え付け、レオンを人間界に隠すのだった……



神界と魔界との壮絶な戦いの末に2人は命を落とす……

ただあまりにも壮絶な戦いだったため、2人の死という強大な情報に隠れて

禁忌の子レオンは双方の世界から忘れ去られるのだった……





――――それから年月が経ち





「なんか壮大な話だな……でも【アポカリプス】に【ダーインスレイヴ】ってリリスの店にあったあれだよな……」




ムービが終わり操作できる画面に切り替わると、主人公のレオンと思われるキャラクターが中央に配置されている。

その井出達は黒のロングコートに身を包み、レザーのタイトなズボンにロングブーツ……

カメラを動かしてみると存在感のあるバックルが目に入る。


そしてその背中には身長とほぼ同じほどの大きさの大剣を斜めに担ぎ、そこにクロスするように、これまた大きな銃が、地面と平行に腰の辺りに据え付けられている。


「この剣と銃は……」


そう、この剣と銃はリリスの店で見たものとデザイン、大きさすべてがそっくりそのまま同じでだった。


「このゲームをやらせるためにあんな盛大な前フリをしたんだろうか? 例えばリリース前の極秘デバックをやらされてるとか? いや……でもこのゲーム1世代前のだし、最新機種ならまだしも……それにそんな物をどこの誰とも知れない俺にやらせる理由ってなんだよ……」


考えれば考えるほどわからない……


「もう考えるのはやめた! とにかくゲームを進めてみよう」



ゲームは最近はやりのオープンワールド系のアクションRPG。

そんなカテゴリーに分類されるものだ。


主人公のレオン……

スキャニングで作られてる為、操作しているレオンと瓜二つの白髪はくはつに青い瞳の青年が、様々な事件などに巻き込まれながら時には人間やモンスター、更にはドラゴンや悪魔、そして神をも討伐しながら、己の力を高めていくそんな内容のゲームだった。



「それにしてもこのゲームの主人公やりたい放題だな……」


神と悪魔の間に生まれた主人公は、ゲームスタート時点でも敵相手に圧倒的だった。

どんな相手にも一度戦闘が始まればその剣で相手を壁ごと切り裂き、銃を放てば対象が跡形もなく消え去る……


壁を走ったかと思えば、天使と悪魔の翼を片側ずつに展開し、姿そのものを人間風のそれから、神と悪魔が入り乱れたような神々しい姿に変え、力の続く限り暴れまわった。


そんな主人公のレオンには信念があった。


それは彼の信じる正義に素直だということ――


もしかしたらその行いが悪だと言われた場合もあったかもしれない。

それでも彼は自分の信じる正義のために


”モンスターを助けるために人を”


”悪魔を助けるために神を”


裁いてみせた。



「俺もこんな風になれればな……」


いつしかレオンはゲームの主人公に己を重ねていた。



どれくらいプレイしただろうか?


「……なんか外が騒がしいな……」


窓に目をやり、レオンは驚いた。


朝である。


「ええ……夕飯食べ終わってから始めたよな? 面白かったからってもう朝か……」


ゲームを一時中断し、カーテンと窓を開ける。

冬のキリッとした空気が部屋に入り、徹夜明けの頭に良い感じにしみわたり思わず背伸びをする。


「うーん! すごい面白いゲームだけど、なんでこんなゲームが話題になってないんだろう?」


正直時計すら見ないほど熱中していた。


「流石に眠いな……仮眠とってから再開しよう。どうせ予定なんてないし、朝から寝るって自堕落だなぁ……」



レオンは自分で言って笑いながら、システム画面を開き保存を選択……ベットに移動する。


流石に疲れもあったのだろうベットに入ると吸い込まれるように眠りについた。




誰かに膝枕をされながら頭を撫でられている気がする……




姉ちゃん??




いや違う……だれだろう?




そしてお腹辺りには逆に誰かからもたれかかられているような……




そんな温かさや重さ感じる……




そのどちらからもいい香りがする。





「もうすぐ会えますね……」

「早く会いたいな~!」





夢の中でそんな声をかけられた気がした……





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