第17話 闇に潜むものたち

 その後、移動は予定通りに進み、特に問題もなくラクロー村に到着した。

 人の生活を感じさせない、寂しげな村だった。

 それも当然で、もうここに普通の村人たちは住んでいない。戦線が近くなってきたので村人たちはすでに退避し、今では物資の集積所として利用されている。居を構えているのは軍の人間だけだ。

 管理官が、到着した部隊を出迎える。


「お疲れ様。旅はどんな感じだった?」


「何事もなく、だ」


 バーナムの言葉を聞いて、管理官が口元を閃かせる。


「それはよかったな。物資よりも貴重なものを連れているんだ。平和なことに越したことがない」


 そして、興味深げな視線をチラリとエルンストに向けた。


(……俺のことを言っているのか……?)


 ヨハンの従士という肩書きはこんな場所にも広まっているらしい。興味本位の視線にはも慣れてしまったので、それほど気にもならない。

 それ以上の干渉はなく、エルンストは宿泊施設へと案内された。

 明日からは補給物資の搬出を手伝いながら3日ほどここで休み、再び帰路に着く予定となっている。

 空間が余っているだけあって、通されたのは個室だった。特に広くはないが、誰の目も気にせずにすむのはありがたい。久しぶりのベッドはとても気持ちよく、少しだけ、と思ったらそのまま眠りについてしまった。


 ――目を覚ます。


 昼過ぎに到着したはずだが、外はすっかり暗くなっていた。食事は各自、携帯食ですませることになっているので、特に誰かが呼びにくることもなかったのだろう。


(変な時間に寝てしまったな……)


 変に目が冴えると困るな、と思いつつ、エルンストは部屋の端に置いていた剣を手に取った。

 眠気が来ないのなら、ぐったりと疲れてしまえばいい。


(よし、今日は時間をかけて鍛錬しよう)


 部屋を出る。

 が、一直線には外に出ず、建物の中を少し探検してからにすることにした。


(……先生から、新しい建物に入ったら、まず構造を調べておけと教わったな……)


 学生ゆえの生真面目さだった。普通の兵士であれば、それほどの気構えはない。そうそう問題など起こらないからだ。慣れと不精は大人の特権なのだ。

 村の中心的な施設だったのだろう、かなりの部屋数を誇る建物だ。ぐるぐると廊下を歩きながら、エルンストは構造を頭に叩き込んでいく。

 そんなことをしていると――

「……おや?」


 おそらくは談話室だろう、ドアのない開けたスペースに椅子と机が並んでいる。その奥に透明のガラスで仕切られたケースがあり、剣と盾とコートが飾られていた。


「これは……?」


 近づいてみると、衣装に関しての説明文があって『王国暦534年 ヨハン・フロイデンより賜る』――

「ヨハン様の装備!?」


 なぜ、こんなところに? 思わず、エルンストは魅入ってしまう。


「2年前?」


 さらに詳細な説明を読むと、『王国は我々の故郷を見捨てるおつもりですか!?』と言って村の退去を渋る村人たちにヨハンが『そんなことはない。その証拠に私の魂をこの村に残していこう。これにてここは王国の重要な場所となった。帝国の犬どもにこの地を蹂躙させることなど決して許さぬ』と言って、村人たちを説得した――というものだ。

 つまり、そのヨハンの魂として残したものが、この装備ということだ。


(ピレネー砦のときのもの!)


 エルンストを助けたときに身につけていた装備だ。人生に刻まれた記憶なのだ、いつだってありありと思い出せる。

 ピレネー砦から敵を解放した後、ラクロー村にやってきて軍事拠点とする旨を通達し、この説明文にあるようなやり取りがあったのだろう。


「こんなところで、ヨハン様の装備に出会えるなんて――」


 油断すると、時間を忘れて視線を奪われてしまう。それほど、エルンストにとってヨハンは特別であり、最初に出会った日の姿は憧れの姿だった。


(いかんいかん、感動している場合じゃない……)


 エルンストは無理やり視線を引き剥がし、後ろ髪を引かれる思いで部屋を出る。

 本物のヨハンの気を引こうとしているのに、代用品に喜んでいる場合ではない!

 だけど、元気とやる気がもらえたのは事実。

 頑張ろう、と思いながら、エルンストは気合を充足させた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 エルンストたちが滞在するラクロー村から少しはなれた場所に雑木林がある。

 そこに、数十人の男たちがたむろしていた。

 全員が鎧に身を包み、臨戦体制を整えている。鎧のデザインは王国のものと微妙に違っていて、胸には獅子の紋様が描かれている――

 見る人が見れば、それが帝国軍の騎士たちが愛用する鎧だとわかるだろう。

 本体から独立した遊撃隊で、防衛網を突破して前線より少し奥にあるラクロー村まで侵攻してきたのだ。


 ――ラクロー村への攻撃を開始せよ。


 それが軍部からの命令だ。

 その全権を任せられた部隊長レイエスが木陰に佇み、静かにラクロー村を眺めている。


(補給拠点を叩くのは定石だが、今回はなかなかイカれた話だ)


 襲撃のタイミングには条件がついていた。

 やってきた補給部隊が村に入った直後を狙え。理由は、補給部隊の中に『あのヨハンの従士』がいるから――

 捕獲か殺害か、生死は問わない。

 ヨハンの存在は日に日に大きくなりつつある。いずれは帝国の前に強大な敵として立ち塞がるだろう。それに抵抗するための作戦というわけだ。

 どうしてこんな情報を帝国側が知り得たのか。

 詳細は聞かされていないが、王国側からのリークだろうとレイエスは考えている。警備網を突破する際に提供された情報も、王国内部の人間の干渉がなければ難しい。


(……裏切り者なのか、あるいはこちらのスパイなのか……)


 気にはなるが、今日は深く考えている暇はない。ヨハンの従士とやらの身柄を押さえないといけないのだから。


(しかし、従士制度か……実に意味不明だな)


 貴族の男子同士が特別な友愛関係を結ぶ。帝国にはそのような制度がないので、価値観が理解できない。

 どうしてそんなものが必要なのだろうか?


(こんなふうに弱点が生まれるだけなのにな。従士とやらが攫われて、あの天才ヨハンがどんな顔をするのか楽しみだ)


 レイエスは思考を終わらせると、部下たちに襲撃の指示を出す。


「いくぞ、お前たち。目標は2つ。あそこの壊滅と、黒髪黒目のガキの捕獲――ま、殺してもいいが、首は持ってこい。徹底的にやるぞ」


 

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