山姫の褥
悪質スパム
昔はこんなことなかった。
ちょっと目立ちたがり屋の気はあったけど、人に迷惑かけたり犯罪まがいのことをしてまで注目を浴びようとはしなかったのに。
「今日は某県の山ん中にある、廃病院を探索したいと思いまーす」
笑いながら、自撮り棒を使って撮影している、三人組。
スマホを持って騒いでいる金髪の男が私の幼馴染。その隣でストゼロの缶を片手にゲラゲラ笑っている、黒髪でツーブロックの男が、彼の配信仲間。それから、二人と一緒になって騒いでいる派手な茶髪の女子が、私のもう一人の幼馴染で小学校からの友人。……だった子。
私は荷物持ちというか、麓で荷物番をするためだけに連れてこられた。私が映ると視聴者のテンションが下がるからって。
「おい、お前は其処で荷物番してろよ」
「撮影の役に立たねーんだから、それくらい出来るよな?」
私が頷くと、三人は満足そうに笑って荷物を私に押しつけ、山道を登っていった。山道と言っても車で入れないだけで人が使ってる痕跡は残ってるし、其処まで山奥にあるわけじゃないから、心配はしてない。
どちらかというと、行った先で逮捕されかねないことをしないかというほうが心配だった。
「大丈夫かな……」
真っ暗なんだから見えるわけもないのに、落ち着かなくて山道を見上げてしまう。彼らの大きな笑い声さえ、もう聞こえてこない。
「……?」
あれからどれだけの時間が経ったのか。
不意に、ポケットに入れていたスマホが震えた。
取りだしてみるとグループメッセージに動画のリンクが張られていた。彼らが撮影したものをもう送って来たのかと思って開こうとしたら、パシッと誰かの手が手首を掴んだ。
「きゃ……!」
恐る恐る、手が伸びてきたほうを見る。
其処には、高校生くらいの女の子が一人。大きな瞳で私を見上げていた。傍らには大きな犬が二匹、大人しくお座りをしている。白い犬と黒い犬。犬種はわからない。白いほうは前にテレビで見たことある気がしたけど、すぐには出てこなかった。
女の子は渋谷とか原宿にいそうな格好で、内巻きボブカットの髪にも金のインナーカラーが入っている。少なくとも山で肝試しって雰囲気じゃない。
「え……? い、いつの間に……ていうか、誰? 危ないよ、こんな夜中にひとりで出歩いちゃ……」
混乱して、色んなことが纏まらないまま一気に口から溢れてきた。女の子はそんな私の様子などお構いなしに、首を横に振った。
「え、えと……なに?」
「見ちゃダメ。消して。すぐに」
「どういうこと? あ、ウィルスとかスパム?」
「……うん。うつるから」
間が少し気になったけど、クレカとかパスワードを抜き取る悪質サイトの注意喚起なんかは良く聞いてたから、その類だろうと思って開かずに消した。すると女の子はあからさまにホッとした様子で息を吐いて、私の手を解放してくれた。
「そうだ。あなたはどうしてこんなところにいるの? さっきも言ったけど女の子がこんな時間に独りでいるなんて、危ないよ」
「私はへいき。散歩だから。シロとクロもいるし」
「そうは言っても……」
私も人のことは言えないけど、一応成人してる私と違ってこの子はどう見ても十代半ばくらい。それなのに、駐車場付近とはいえ夜遅くに山道にいるなんて。
どうしたものかと思っていると、急に女の子が私の手を引いて茂みに飛び込んだ。
「な、ちょ、ちょっと……何……」
「シッ!」
女の子に強く睨まれ、口を塞がれた。
さっきからなにが何なのかわからなくて、でも騒ぐ気にもなれなくて、私はぐっと息を飲んだ。そしたら、山の上の方から異常な笑い声が降りてくるのが聞こえた。
声自体は聞いたことがある。私を置いて行った三人の声だ。でも、登っていく前の騒ぎ方とは明らかに違う。腹の底から声を張り上げているような、ヤケクソになっているような、そんな笑い方だ。それか、全身を擽られて、笑うのを止められないときみたいな。言うなれば、笑い声に自分の意志が感じられない。
声が近付く。声の主たちが、すぐ傍を通り抜けようとしている。
「……ッ!?」
女の子が私の口を塞いでいなかったら、悲鳴を上げていたかも知れない。
彼らの姿は、声に違わず異様だった。
「ぎゃはははははははははははは!!!」
三人分の哄笑が、山道を通り過ぎていく。
泣いているのか笑っているのかわからない姿で、上を向いて、笑いながら。息継ぎしている様子もなく笑い声が続く。
「おぉおいどこだよぉおお!!!」
「お前も来いよぉおおおおお!!!」
「たぁあああのしぃいいいよぉおおおお!!!」
正気とは思えない笑い声の合間に、私を呼ぶ声がする。さも楽しいことがあるかのように。私を仲間に引き入れようとしているかのように。
その後ろを、大口を開けて笑う真っ白な女が着いて行っている。
その女も上を向いていたんだけど、顎が外れて頭が後ろに落っこちそうなくらい、大きく口が裂けていた。
なにあれ。
私の頭の中は、その一言に埋め尽くされた。
なにあれ。なにあれ。本当に意味がわからない。なにが起きたのか。なにが起きているのか。いまのは本当に現実なのか。
「ぎゃ――――あはははははははっ!!」
頭が真っ白になって固まっていると、山裾のほうから頂上方面へ、もの凄い勢いで白い女と三人が駆け抜けていった。
その走り方も異様で、相変わらず真上を向いて大笑いしているのに、アスリートか野生動物並みの速さで木々を掻き分け、道なき道を真っ直ぐ突っ切って行った。腕も足もでたらめに動かしているのに、風のようだった。
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