灰色の人々へ

K.night

第1話 柏原柚香の場合1

―柏原柚香(かしわら ゆずか)24歳の場合―


 シャッと小気味よい服をかき分ける音。春らしいカラフルな色合いの服から昨日一昨日来てない服を選ぶ。TVから今日の日差しは暖かいと天気予報の声が聞こえる。私は厚めのカーディガンを用意した。


 天気予報の声が聞こえたら、メイクの時間だ。日焼け止めはきっちりと塗って、嘘みたいに肌の荒さをごまかせるファンデーションを塗った。アイラインやアイブロウはさりげなく。少し血色がよく見えるくらいのリップを。チークは塗らない。肩に少しかかるくらいの暗めの茶色に染めている髪は、アイロンでまっすぐに。会社で仕事をするときにバレッタで止める。鏡の前に、出勤する私が完成した。


 「それでは今日もいってらっしゃい」、の「い」当たりでTVを消して、家をでた。天気予報の言う通り、日差しが温かい。カーディガンを私は手に持って出勤する。


 社会人になって1年が過ぎた。当り障りのない、そこそこの土木関係の会社で経理をしている。給料は、事務にしてはそこそこいい。別にお金のかかる趣味なんてないから、普通に暮らしていける。


 ただ通勤の時間は少し憂鬱だ。最寄りの駅までのるこの電車。この時間は人が多くて立ってなくてはいけない。何かを触ると人に当たりそうで、スマホも見れない。ただぼんやりと立ってないといけない。そういう時間が、嫌いだ。ぼんやりと考えてしまうから。


 なんでこんなことしてるんだろう、って。


 高校は家から一番近い、学力に見合うところを選んだ。大学も同じだ。特にやりたいことがないから、潰しが聞くからと経済学部を選んだ。必要だからと簿記の資格はとった。会社は今、選んでいる余裕なんてないぞ、と言われたから、とりあえず手当たり次第にエントリーシートを出した。1社受かったから、早々に就職活動は辞めた。


 何と言ってこの会社に受かったかなんてもう覚えていない。だけど、"とにかく経理という仕事が好きでしたいんです”なんて人、果たしてどれだけいるのだろうか。したいからするのではなく、それならできるからやるのだ。それの何が悪いのだろう。"好きを仕事にして生きていきたい”なんてよく聞くし、就活の時に"私は絶対にキャビンアテンダントになりたいの!”と航空会社だけエントリーしていた人がいたけど、じゃあなんで経済学部選んだんろう、って思った。狭い飛行機の中で客にへこへこすることが使命の人なんていないだろうに。


 過不足なくやっている。充分だ。充分のはずなんだ。なのに、いつも吊革を持つ手が汗で濡れるのを感じる。何が足りないのだろう。ほら、こんな無駄なことを考えてしまう。だから、通勤時間が嫌いだ。早く駅に着けと必死に祈っていた。

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