【三題噺】カリパク野郎

XX

気が付くとだるまさんだった

 俺は無限に続く坂を転がり落ちていく。

 いつからこうしているんだろうか。


 分からない。


 向かう先が見えないし、どこから来たのかも分からない。


 何度か止めようと思ったけど、どうにもならない。

 何故なのか。


 それは……


 俺の手足が、胴体に無いからだった。


 達磨だ。


 なので地面を押さえる手も無いし、踏ん張る足も存在しない。


 そのため、ごろごろと転がり続ける。


 流石に俺は気づいた。

 これは、現実では無い。


 坂道を、達磨で、ゴロゴロ転がる。

 ノンストップで。


 あまりにも現実離れしている。

 こんなことが起きるわけ無いんだ。


 俺は手足は無いけれど、出血している様子は微塵も無いんだから。

 そんな状態でどうやってこんな坂にやって来たんだ?

 誰かに連れてこられた?


 その誰かについて、全く心当たりが無いしね。


 この平和な日本で、心当たりも無いのにいきなり誰かにこんな目に遭わされるなんて起きるはずが無いし。

 だから絶対にあり得ないんだ!


 でも


 何故こうなっているかは、きっと理由があるはず。


 それを考えろ。

 そこに何か、ここから前に進むヒントがあるはずだ。


 そして考えているとき。


 びゅおおおお、と凄まじい風が吹いた。

 それはまるで……


「春一番……」


 そう。

 春一番だ。


 春先の大風。


 春の風物詩。


 春……


 そうだ。


 俺はもうすでに、親公認で付き合っている恋人と一緒に、付き合って1周年の記念に、見晴らしのいい観光名所……福井県の東尋坊に行ったんだよ。

 岩ばかりでゴツゴツの、武骨な断崖絶壁。


 前から来てみたくてさ。

 だからめさめさテンションが上がった。


 そこで俺は、ちょっと調子に乗って


「写真撮って」


 東尋坊で、一番落ちるとヤバそうな場所で、わざと危険な片足立ちのポーズを取ったんだ。


 彼女は


「やめなよ」


 って何度も言ってくれたのに。


 俺は


「俺がスポーツ万能なの知ってるだろ?」


 そう言って取り合わず。


「どんくさく無いし、注意を全力で払うから大丈夫」


 そう言い張って、彼女は結構押しに弱いところがあったから最後はしぶしぶ了承してくれた。


 俺のスマホを構える彼女。

 俺はあとで写真をSNSに上げて、いいねをいっぱい貰おう。


 そう考えていた。


 そしてそのとき。


 想定外の大きさの春一番が吹いたんだ。

 それが俺の背中を押して……



 ああ……


 そっか。

 俺は落ちたのか。


 とすると、今は俺はあの世に向かっているんだろうか。


 馬鹿なことをしたな……

 たった1つの命を、くだらない承認欲求で潰してしまうなんて。


 多分、今俺は死の淵に居るんだ。


 そしてこの坂を一番下まで転がり落ちたときに、俺は死んでしまうんだろう。


 悲しかった。

 悲しくて、泣きそうになった。


 そのときだ。


「落合くん!」


 ……彼女の声が聞こえた。


 そしてどこかから、手が差し伸べられてくる。


 ……助かるのか?


 後悔と悲しみに染まっていた俺の心に、希望が灯る。

 きっと、彼女だ。


 彼女が俺を救おうとしてくれているんだ。

 だから俺は……


「今の俺には手足が無いから、キミの手を掴むことが出来ない。お願いだ! キミの右手を貸してくれ!」


 こう言ったんだ。




 こうして、俺は現世に戻って来た。

 俺は東尋坊の天辺から墜落し、瀕死の重傷を負い、特に両手足に深刻な怪我を負った。

 一時期は全部切断だと言われていたらしい。


 けど、なんとか右手だけは残った。


 右手は重要だ。

 何をするにも右手は要求されるしな。

 箸を持つにも、字を書くにも。


 他がどうでもいいってわけじゃないけど、右手は特に重要だと思う。


 一応、今の時代は性能のいい義手義足あるから、昔みたいに寝たきりになることは避けられるけど、やっぱ生身とは雲泥の差なんだよ。


「良かったね落合くん」


 俺の病室で彼女が微笑みながら、ベッドに寝ている俺にタオルケットを掛けてくれた。

 彼女のその右手はあからさまな機械の手になっている。

 義手だ。


 ……俺が生死の境を彷徨っているとき。

 絶望した彼女がフラフラと病院の外に出て。


 そこで彼女は飲酒運転の車に撥ねられてしまったんだな。


 悲惨な事故は連続するものなのか、と関係者は嘆いたらしい。

 そのときに、彼女の右腕はグシャグシャになり、切断するしかない状態になってしまったんだよ。


 酷い話だよな。


「ああ、ありがとう新江田にえだちゃん」


 俺は笑顔で礼を言った。

 キミが居なかったらどうなっていたことか。

 俺が今まで積み上げてきた、バスケや野球のスキルアップのための努力の数々が、全部無駄になるところだったよ!


 それぐらい、右腕を無くすのは重いんだ。

 しょうがないよね。


 そう思いながら、唯一無事だった右手を強く握りしめた。

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