第22話 来客

 ジョーカーとシロリンがコラボ配信を行っている裏で探索者協会では礼服を着た人物が数名、重厚に閉ざされた部屋の中で向かい合わせに座っていた。


 奥側に座っている一人は探索者協会会長である柳生誠二やぎゅうせいじ、その隣に座っている女性は副会長である天院てんいんなぎさである。


 一方で部屋の入り口の手前側に座っている一人は米国の探索者協会会長ブラッド・アルバート、そしてその隣に副会長ベッケン・ベンサムである。


 その周囲に立っているのは両国同士の訳者である。


「まずは遠路はるばるご足労いただき誠にありがとうございますアルバート殿、ベンサム殿。どうぞ茶でも飲みながらゆっくり話していきましょう」


 まず最初に柳生から話を切り出す。世界でトップクラスである米国の探索者協会がわざわざ日本政府を通じて連絡を取ってきた意図を探ろうと相手の出方を窺いながら。

 それを受けてアルバートは通訳の者を通じてこう返す。


「柳生殿。まずは今回の話し合いに応じて下さり、また美味しいお茶を淹れていただき大変感謝いたします。電話でもお話しした通り、日本人探索者であるジョーカー殿についてお話を伺いたいのです」


 いきなり本題に入ったアルバートにより、部屋内には張り詰めた空気が漂い始める。

 のらりくらりと躱されるのを防ぐため早めに切り込んだのであろう。

 まさにそうするつもりだった柳生は内心で舌打ちしたい気持ちを抑えながら努めて笑顔でこう返す。


「申し訳ありませんが、先にお伝えしました通り私どもも彼の者についての情報をあまり持ち合わせておりません」

「全ての探索者の情報を配信内から得られる身長、声などを照合し、絞り込むことは出来る筈です。それ自体は既に行なっているのでしょう?」


 図星だったのか柳生の顔が少し歪む。しかし、いくら情報を照合させても一致する人物を未だに見つけられていないのだ。

 しかしそれをそのまま伝えるわけにはいかない。なぜなら日本側がまだ見つけられていないその隙に米国側が発見し、引き抜く恐れがあるからである。


「それについてはお答えしかねます」

「ほう。それは私達が貴国をおいて引き抜く可能性があるとお思いだからでしょうか?」

「ハハッ、そんな事ではありませんよ。ただ私自身が調査に参加しているのではない為、不確かな情報であるといけないとの思いからです」


 言葉ではそう言いつつも図星であった。

 最近はこうした腹の探り合いが増えてきた。それも神の声による人類への攻撃からは特に。

 

 一大事件として報じられたそれは世界に激震を与えた。

 国が一つ滅ぶ、どんな巨大国家であったとしてもそれがどのような評価基準で選ばれるか不確かな以上油断はできない。


 世界ではあらゆる場所で有望な探索者が引き抜き、最悪の場合、誘拐されるといった事例も散見している。


「そうですか。ただもしそれが原因ならば否定しておきたいと存じます。何故なら我が国でもかようの事を実行するのが可能であるためです」

「それはどういった意味で?」

「この事は人類の存続のため必要である為、共有しておきます。あの『挑戦者の塔』、そしてもう一つ『挑戦者の洞窟』と同一のダンジョンが確認されるだけでも世界に複数個存在します」


 アルバートはそう言うと、柳生の瞳を見てこう告げる。


「挑戦者の洞窟で鍵を入手し、それで挑戦者の塔の大扉を開く。恐らくジョーカーはそれを成し遂げたのでしょう」

「なっ!? まさかジョーカーが単独であの挑戦者の洞窟をクリアしたとでも言いたいのですか!?」


 挑戦者の洞窟は攻略不可能ダンジョンであるとして国内では早々に切り捨てられたものだ。

 それを単独で攻略したというのはあまりに信じられ難い事実である。


 しかし柳生のその言葉をアルバートは首を横に振って否定する。


「とても単独では不可能でしょう。恐らくジョーカー殿を知る限られた人物同士でパーティを組み、攻略したのでしょう。我が国のトップ探索者のように」

「ということは……」

「はい。我が国トップの探索者イグナイト・ライオンハートが彼が率いる精鋭部隊によりそれをクリアしました」


 米国のトップ探索者イグナイト・ライオンハートとはランキング第2位の探索者だ。

 ファーストが神本人であるとされている今、人間の中では最強の存在だと考えられている。


「……なるほど。だから私と副会長だけに入室を許可したのですね」


 政府の役人の入室を拒む、それが出来るのは現状世界の危機に立ち向かう探索者協会ならではの荒業であろう。

 

「まあ、だがやはりジョーカー殿の場合は探索に特化した異能なのかもしれませんな。何せイグナイト率いる我が国トップの探索者合同パーティですら攻略するのに何ヶ月も要しましたので」


 その程度であのダンジョンを攻略できるはずが無い、そう思った柳生の脳裏にある一場面が想い起こされる。


「まさか、転移の能力」

「そう。私が言いたかったのはそれです」


 だからランキングに載るほど強力でなくとも攻略が可能であると言うのだ。

 確かに辻褄が合うと柳生は思う。


 同時に番人を撃破したのはやはりランキングに載るほど強いのではないかとも思う。

 これについては今後の配信活動で分かる事だろう。


「挑戦者の塔こそが神から与えられた試練なのだろう。それを伝えたかったのだ。それでは」


 そう言うとアルバートとベンサムは立ち上がる。

 会談が終了した合図だ。

 それに合わせて柳生達も立ち上がり、スッと扉を開ける。


「ありがとう」


 扉を開けて待つ柳生に礼を告げながら2人が出ていく。

 そして2人が出て行った後こう呟くのである。


「ジョーカーか……もしかするとあの子が正体を知っているのかも知れんな」


 ジョーカーと唯一関係性が判明している少女、配信者シロリンの姿が思い浮かんでいるのであった。

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