第5話 羨ましい存在

「機嫌悪そうだな。何かあったか?」

「別に」


 次の日、学校にて向井からそう尋ねられる。実際は機嫌が悪いというか単純に考え事をしているだけなのだが、訂正するのも面倒くさい。

 実はあれからクエストの画面が『ダンジョンの鍵を開く』のまま変わらず、しかもそのクエストを達成することが出来ないためどうしようか悩んでいたのだ。

 日を跨げばクエストが切り替わるって思ってたのに。ていうか今日中に達成しないと今までせっかく上げてきた報酬のランクがどんどん下がっていくってことに腹立つ。

 一番最初は何だっけな。確か缶詰の缶とかだったかな。


「今日は白崎来てないな」

「だろうな。来てる方が珍しいし」


 一応今度配信に出演するという名目で連絡先は交換して、いつどこで撮影するかっていうやり取りを交わした。

 土曜日に『飛竜の丘』っていうワイバーンばっかりが出てくるダンジョンの前で集合っていう話だ。

 まあ、何かがっつり仕事って感じだからあまりドキドキとかはない。


 俺の異能のどこに惹かれたんだろう?魔物を殴ってただけなのに。

 それよりも向井の炎を操って魔物を倒す異能の方が全然配信映えしそうだ。


「そういえばさ、今朝のニュース見たか?」

「うん? どのニュースだ?」

「ランキングのニュースだよ」

「あー、あれね。確か白崎さん、結構な順位だったよな?」

「結構な順位ってお前。20位だぜ? えぐくね?」


 ランキングが20位、それすなわちこの世界で上から20番目に強いという事である。

 それがどれほど凄いのかというのはもちろん分かっているが、何せ他人だしなぁ。知り合いとかだったら喜んでいたのかもしれないけど。


「日本だけで言ったら5位だったっけ?」

「まあ、1位が何て奴か分からんが、それを省いたらそうなるな」


 未だ正体不明のランキング1位。探索者の間ではもちろん、一般人の間でも常に話の種となる程には不可思議な存在だ。

 神が作った癖に文字化けしてるって何なんだよとは思うが、ランキング1位が実力を隠した謎の存在というあまりにもロマン溢れる構図は嫌いではない。

 これである日突然、開示されようものなら冷めると言ったものだ。


「凄いよなぁ。配信者としても成功して、おまけに探索者としても最上位だなんて。将来安泰だろうな。つくづく羨ましくなるぜ」

「俺から見たらお前の人生も中々に羨ましいけどな」

「そうか?」

「そうだろ。だって向井、お前次の上級探索者への昇格試験受けるんだろ?」

「あーその事か。おう、そうだぜ。受かるかどうかは分からんけどな」

「受かるだろ。授業の時であんだけの結果を残してんだから」


 授業では既に向井は上級探索者の試験の基準を突破していた。俺も一応基準は満たしてはいたが、実績があまりにも少ない。

 上級探索者になるには確か探索者として3つのダンジョンの最深層にまで行くことが必要なのだが、俺はまだ1つしかその項目を達成していないし。


「イケメンで高身長、おまけに上級探索者ときて羨ましくない訳がない」

「へっ、お前からそう言われると照れ臭えな。ていうか上級探索者ならお前もいけるだろ」

「いや、無理だ。ずっと初心者用のダンジョンに籠もってるような奴が3つも最深層まで行けるとは思えねえ」

「初心者用? そんなダンジョンあったか?」

「あるぞ。全く誰も寄り付かない、この世で一番不人気なダンジョンが……まあ場所は教えないけど」

「なんでだよ」

「そりゃそうだ。こっそり来られて俺の無様な姿が万が一にでも見られたら恥ずかしいってもんじゃねえ」


 大声で歌いながら魔物を狩っていても恥をさらさず自由にダンジョン攻略が出来る、そんな魅力もありつつクエストではあそこの最深層しか指定されないこともありつつでいつも『挑戦者の洞窟』に籠もっているのだから。


「てか初心者用ダンジョンなら普通寧ろ人気だろ」

「さあな。潜っても割に合わないんじゃないか? 確かダンジョンのドロップ品0だし」

「え、マジ? そりゃ誰も寄り付かないわな」


 俺はというと別にクエストの報酬でダンジョンのドロップ品は手に入ってたからそれほど苦でもないんだけどな。


「そういや、俺ってお前と一回もダンジョン探索したことなかったな。今度の土曜日とか一緒に行かねえか?」

「あ、すまん。土曜日は予定があるんだ」

「予定? 何の?」

「いやなんか、白崎が一緒に配信を撮りたいってさ」


 ……うん? 何か急に静かになったな。え、それになんか周囲からの視線が痛いような。


「はあああああ!? てことはなんだ! お前、まさかシロリンの配信に出るって事か!?」

「そういう事だな」


 そりゃあ白崎の配信って言ってんだからシロリンに決まってるだろ。個人チャンネルとか持ってたっけ?


「いやなんでお前そんな冷静なんだよ」

「むしろ何でそんなに興奮してんだよ。別に配信に出るだけだぞ?」

「普通は配信に出たくても出られないんだって。あの氷の女王に話しかけられるのですら珍しいってのに配信依頼とか。お前どんだけラッキーなんだよ」


 氷の女王というのは白崎の事を指す。彼女の異能が氷であること、そして彼女があまり誰とも話さず学校では常に素っ気ないことから本人が居ないところではそう呼ばれるようになった。


「はあ、お前が羨ましいぜ」

「なんでそうなる」


 何故か立場が逆転したその時であった。ガラリと教室の扉が開き、白崎が入ってきたのである。

 そして俺の方を見るとこちらへ歩いてきてこう告げたのであった。


「押出君、配信の事で話があるの」

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