第24話

 最近、高校時代の夢を見る。

 想い出のある保健室で働いているからか?


 高校一年生の数学で習った、確率。

 苦手とする生徒が多いらしい。

 元々、確率の計算は得意だった。

 高校受験の時、とくに目指している職業がなかったから、どんな大学に進むにしても、有利となる様に私立高校の理系に進学した。

 私立高校の一部には、独自のネットワークを利用した『指定校推薦』というものがある。

 公立校にはない制度だ。

 指定校推薦、一般推薦、AO入試、一般受験、これらを全て利用できれば、志望大学に入学できる確率は上がる。

 ちょうど高校に入学するタイミングで、特進クラスが設置された。

 理系か文系か選べたけど、理系を選んだ。

 昔から数学が得意だったし、文系から理系に移る方が難しいから、最初から理系にいた方がいい。これも、計算だった。

 計算通り、私立高校の特進クラス(理系)に入学し高校生活をスタートした。

 特に変わりない毎日。別に良かった。だって、計算は狂っていない。

 計算外の事が起こったのは、一年生の春。体育の授業で、クラスメイトと接触。

 授業中の事故だけど、体が小さかった俺の方が吹っ飛ばされて頭を打った。

 気づいた時には保健室のベッドの上だった。

 必死に呼ぶ声で目を覚ました。目覚めた時、優しく声をかけてくれた人。

 それが保健室の先生、岸圭一きしけいいち先生だった。


 頭を打っていたので、その後も定期的に声をかけてくれて心配してくれた。

 その優しさが嬉しくて、用がなくても保健室に遊びに行く様になった。

「先生、大好き!」というと「お前は本当に可愛いな!」と返してくれる。

 例え本心じゃなくても嬉しくて、会う度に伝えた。そして、答えてくれた。

 そんな優しさを好きになった。

 いつの間にか、俺の心の中に『岸先生』が居座ってしまった。

 それが、恋なんだと気づいた時には、一年生の冬休みの前だった。

 恋心を自覚した途端、失恋した。

 岸先生には恋人がいた。同じ学校の現国の女の先生だった。

 最初から、叶わぬ事は分かっていた。大人と子供、同性同士、先生と生徒。

 想いが通じる確率なんてゼロに等しい。

 でも、なぜかこの恋を諦められなかった。

 だから、一生懸命に側にいられる方法を考えた。想いを内に隠して。

 伝えたら、側にいられなくなってしまう。

 自分が大人になれば、大人同士。卒業すれば、恩師と元生徒。

 そうやって、確率を上げようとした。

 だから、岸先生と同じ養護教諭を目指した。

 一緒の学校で働けなくても、同業者なら理解し合える。特別になれると信じて。

 なにより、保健室でいつも幸せそうに笑う、岸先生のみている景色がみたかった。

『岸先生と同じ保健室の先生になる』

 気づいたら、そう宣言していた。


 担任の先生も両親も驚いていた。

 だけど、否定する材料を与えなかった。

 どの進路にも対応できる様に勉強も授業態度なども納得させる成果はあげていたから。

 順調にプロセスを踏み、二年生の夏休み前。

 一学期終業式の日。

『.....結婚するって、本当?』

『本当だよ』

 視界が暗転した。

 最後の最後まで、計算で解けなかった。

「同性同士」が、明示していた――――確率ゼロパーセント

 みてみぬふりをしてきた。

『蓮にもいつか、そういう人が現れるよ』

 ……でも、それは、岸先生じゃない。

 胸が痛かった。側に居たかった。

 この恋心は、伝えることなく、保健室に閉じ込めることにした。

 その方が、岸先生といられる確率が高いから。

 岸先生は正規雇用だし、

 若いから介護問題なんかも、まだ先の話。

 休職の可能性は低い。

 仕事で保健室にいる時間が一日で一番長い。そう、計算して。

 それなのに、大学三年生、看護実習に向かう前のこと。

 岸先生は、学校を離れる事になった。

 不妊治療中の奥さんと、岸先生のご両親との仲が悪化し、奥さんを守る為に両親と決別。

 そして、奥さんの籍に入りなおし奥さんのご実家に引っ越したそうだ。

 叶う事もなかった、伝わる事もなかった想いは、ただ、宙に漂い、浮遊し続ける。

 あの日から、動く事もできずに。

 後悔はない、未練もない。

 だって、そこに、想い出も一緒に、閉じ込めてあるから。

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