第22話

「どうしてん? 深刻な顔して」

「いつも真面目ですー」

「そうか、帰れ」

「ちょっと、そこはどうしたの? って優しく聞くところでしょー!」

「さっき、聞いたやろ! ……そんで?」

「夏休み前に、進路希望調査を提出しろって言われて」

「そんなん適当に書いとけばいいやん」

「……よくないよ!もしなれなかったら」

「受け取った教師が、将来その職にちゃんと就いているか監視する訳ちゃうやろ」

「うっ、そう、だけど」

「な? 宇宙飛行士とかミニスカポリスとか適当に書いとけばええねん」

「なんでコスプレが選択肢に入るの? なんにもやりたい事がないんだもん。どうすればいいか分からないのー」

「他人が出せる答えちゃうやん、こればっかりは自分で考えなあかん」

「考え方を教えて欲しいです……」

「大体、将来の夢ってなんやと思ってるん?」

「え? いい会社に入る、とか?」

「じゃあ、いい会社に入れたら夢終了なん? その後どうするん? 夢のない生活なん?」

「……それは」

「どの職に就くか、やなく、どんな自分になりたいか。そっちの方が大事やと思うで?」

「どんな自分になりたいか?」

「今は、一から考えて答えを出そうとしてるよな? 逆から考えたらええねん」

「逆からって、どういう事?」

「自分の将来のなりたい姿から逆算して今する事を決めるんよ」

「その将来なりたい姿が分からないから困ってるんだってばー」

「しゃーないな、計算式つかってイメージを教えたるわ」

「え、なんで計算式?嫌なんだけど」

「簡単やから。いくで、1+1=? って聞かれたらなんて答える?」

「2?」

「そうよな。じゃあ、2=? って聞かれたらなんて答える?」

「イミガワカリマセン」

「さっき言ったやろ? 1+1が答えや」

「あー、そういう事?」

「他にも答えはあるで、考えてみ?」

「4-2とか?」

「そうやな、1×2、6÷3、√4、2の1乗とかも正解になるな」

「2の1乗って?」

「……俺が悪かった」

 先生が言うには、式を先に作るんじゃなく、答えを先に決めた方が正解の選択肢が増えるって事らしい。海外の計算問題は、この出題の仕方を採用する事が多いんだって。

「それで、どう将来の夢を考えるの?」

「そうやな、泉は将来どんな大人になりたいと思う?」

「んー、カッコいい大人?」

「どういう人をカッコいいって思う?」

「誰にでも優しい?」

「誰にでも優しい人っていうのは、どんな事を心がけていると思う?」

「一日一善?」

「一日一善するには、何が必要やと思う?」

「ちゃんと周りの人を観察する?」

「これが、最後。周りの人を観察する為に、今できることはなんやと思う?」

「みんなの顔をみて話す?」

「ほら、できた」

「え? なにが?」

「泉は、今日からみんなの顔をみて話す。それが出来るようになると、周りの人を観察する事が出来るようになる。そして、一日一善できるようになる。それが積み重なって、誰にでも優しくなれる。それが染みついたら、カッコいい大人になれている」

「すごい!」

「な? 将来のイメージを決めて、少しずつ紐解いていくと、今する事が見えてくるんよ」

「はじめて知った!」

「理想の自分になれたら、次の理想を同じような手順で考えていけばええ」

「やから、進路希望調査で聞かれているのはあくまでも就きたい職業なんよ。そんなん、どうでもええやん。なりたい自分に必要なスキルを身に付けられる仕事、それが将来就くべき職業って事や」

「……じゃあ、俺に必要なスキルは」

「誰にでも優しい人が就いている職業って考えればいいんやない?」

「そうか! 誰にでも優しい人が就いている職業か」

「正解はないから、違うと思ったら何回転職してもええ。今の自分の考えでええよ」

「そうか、じゃあ、この前ボランティア活動で行った老人ホームの人とか、優しそうだった。皆、笑顔だったし」

「それは、介護士っていうんよ」

「介護士?」

「そう、お年寄りや体の不自由な方の介助をする仕事やな」

「どんな学校に行けばなれるの?」

「職員室の隣に進路指導室ってあるやろ? そこに、学校のパンフレットや資格の取り方なんかの本が置いてあるから。担任の先生に頼んで、利用させてもらい?」

「分かった。行ってみる」

「あとは、学校に頼んでボランティア活動で行った老人ホームに職場見学に行かせて貰うとか。介護士の人に直接話を聞いた方がイメージしやすいやろ?」

「そんな事できるの?」

「生徒が頼めば、ダメとは言わんやろ。あとは、泉のお婆ちゃんが施設を利用しているなら、そこに一緒に行って話を聞かせて貰うとかな」

「そうか、そういう事もできるんだ」

「どうや? 進路希望調査、書けそうか?」

「うん! 先生やっぱりすごい!」

「どういたしまして」

 照れて微笑む顔が可愛いと思った。

 ずっと聞きたかった事を、この機会に質問してみる事にした。

「ねえ、森谷先生はなんで保健室の先生になろうと思ったの?」

「言ったやろ?不純な動機って」

「えー、知りたい。教えてよ!」

「……そうやな、好きな人と同じ景色がみたい」

 ……好きな人?誰?

「……それで、保健室の先生になったの?」

「そうや」

「……じゃあ、夢、叶ったって事?」

「そうやな、毎日幸せやな」

「……好きな人、って、保健室の先生なの?」

「そうや」

 森谷先生は、いつも、どんな話でもちゃんと目をみて話してくれる。

 だけど、『好きな人』 そう言った、先生の目は俺をみていたのにその日にはきっと――――俺は映っていない。

 うるさいくらい、心臓が音をたてる。

 もしかして、まだ、その人の事が好きなんじゃないか。

 ……ねえ、先生。

 これから、どうなりたいと思ってる?

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