追懐島の案内人

宗真匠

プロローグ-翡翠-

 やあ、初めまして。僕は緋翠ひすい。この島の案内人だよ。

 え? まずはこの状況について説明しろって?

 大丈夫、わかってるよ。この島に辿り着いた人たちはこぞって同じことを言うんだ。

 そして、話を聞いたら皆同じように混乱してしまう。

 僕はそんな君たちの道標、案内人なんだ。これからきちんと説明するつもりだよ。だから、落ち着いて聞いてね。


 この島は『追懐島ついかいとう』。またの名を『記憶の漂着点』。その名の通り、記憶が流れ着く島なんだ。

 まあまあ、落ち着いてよ。質問は最後にまとめて聞くからさ。

 どれだけ怒っても泣き喚いても状況は変わらないんだ。まずは話を聞いてからでも遅くはないでしょ?


 この島は世界のどこかに位置しているんだ。

 僕にもその場所はわからない。日本かもしれないし、アメリカかもしれない。もしかすると南極や北極なんて辺鄙な場所にあるのかもしれない。


 ただひとつ言えるのは、この島に言語なんて概念は存在しないということ。どのお国柄の人でも言葉が通じるし、文字だってこの島特有の文字が存在している。


 現に僕は日本人だし、君はどう見ても日本人とはかけ離れた顔立ちをしているよね? それでも言葉は通じている。

 文字だって、既に君の頭の中に存在しているはずだよ。

 そう、そのよくわからない、ふにゃふにゃした文字だね。それがこの島で使われる言語だよ。


 確かに不気味だね。僕も最初は同じ感想を抱いたよ。

 だけど、慣れてしまえば便利なものだよ。この島では人種の垣根を越えられる。僕と君だって友達になれるんだ。


 あはは、酷いなあ。僕が君に何かしているわけじゃないんだ。そう邪険にしなくてもいいじゃないか。僕だって傷つくんだよ。


 まあいいや。説明を続けるね。

 ……えーっと、どこまで話したっけ? そうそう、言語の説明までだね。


 国籍も年齢も皆バラバラ。だけど、この島に辿り着く人には全員に共通点があるんだ。

 それは、何か大切な記憶を失っていること。


 そんなもの無いって?

 それは違うね。君が覚えていないだけだよ。記憶に無いことは存在しないことと同義だからね。

 だけど、それは例外無く存在する。君が覚えていないだけで、君には大切な記憶が確かにあったんだ。きっと、僕にも。


 この島に辿り着いた人たちは、この島でその記憶を探すことになるんだ。

 この島には『記憶の欠片』と呼ばれる、漂着者の記憶の断片が至る所に存在している。


 君が元の場所に戻るには、その記憶の欠片を集めて、失った記憶を取り戻すしかない。

 パズルみたいなものだよ。記憶の欠片というピースを集めて、失った記憶というパズルを完成させるんだ。


 ……急に静かになったね。え、状況についていけない? そりゃそうだ。新たな漂着者たちは皆そうだよ。

 この世界は、僕らが知っている常識から明らかに逸脱している。まるでファンタジーの世界だよね。常識的に考えれば、そんなことは有り得ない。


 でも、この島ではそんな常識は通用しない。現に記憶を取り戻して元の世界に戻った人も大勢居る。若しくは、僕のようにこの島での生活を受け入れてしまった人たちか。

 どちらを選ぶかは君に任せるよ。僕はただ説明をしているだけで、強制するつもりは無いからね。


 ここは良くも悪くも自由なんだよ。法や規則なんて存在しない。僕らを縛るルールなんてひとつも無い。

 ああでも、罪を犯すような真似は辞めた方がいい。この島での生活を受け入れている人たちの結束は強いんだ。もし犯罪者になろうものなら村八分、いや島八分にされちゃうからね。


 ごめんごめん、脅すつもりは無かったんだ。君がそんなことをする人にも見えないしね。

 ふふ、わかるんだよ。これまで多くの人を見てきたからね。君の目は青く澄んでいてとても綺麗だ。虫一匹殺すのにも躊躇してしまう性格をしているでしょ?

 あはは、君の目は正直だ。なに、悪いことじゃないよ。そんな優しい君にはきっと優しくて温かい記憶が眠っているはずだからさ。


 あ、そうだ。大事なことを説明していなかった。僕としたことがうっかりしていたよ。

 記憶の欠片についてなんだけど、これは目に見えるものじゃないんだ。

 そう声を荒らげないでほしいな。焦るのも無理はないけどね。大丈夫、ちゃんと探す手段はあるからさ。


 記憶の欠片は僕らがそう呼んでいるだけで、実際には記憶を思い出すきっかけでしかないんだ。

 それは衝撃だったり、君の記憶と関係の深い場所だったり、時間だったり、会話だったり。

 よくあるでしょ? 記憶喪失になった人が家族と会話して記憶を思い出したり、恋人との生活で徐々に思い出を取り戻したり。そんな素敵な物語がさ。

 つまりはそれと同じなんだ。この島での生活を通して見つかるきっかけを記憶の欠片と呼んでいるだけ。

 そういうきっかけを摘んでいくことで君は全てを思い出すことが出来るんだよ。


 そんなの難しいって?

 実はそうでもないんだ。早い人だと一日で、長くても一ヶ月も生活したら全て思い出せるよ。

 ただし、探そうとしていることが前提だけどね。


 何故だかこの島では、記憶を取り戻したいという強い願いが記憶の欠片を引き寄せるように出来ているんだ。

 不思議だよね。誰かが意図して仕組んでいるようにさえ思えてしまうよ。

 あ、勿論僕じゃないよ。本当に誰かが仕組んでいるとも限らないしね。

 元々ファンタジーな状況なんだ。そんな摩訶不思議な現象が起こってもおかしくはないでしょ?


 とまあ、この島についての説明はこんな所かな。

 まとめると、この追懐島は失った記憶の欠片が集まる島で、記憶を求める漂着者はその記憶を思い出して、元の生活に戻れるって感じかな。


 その顔を見る限り、納得は出来なくとも理解はしているみたいだね。

 助かったよ。君が比較的、ちゃんと話を聞いてくれる人で。

 たまに居るんだ。話も聞かずに僕に矛先を向ける人。実は僕も命懸けなんだよね。


 どうしてそこまでして案内人なんてしているのかって?

 その方が楽しいからだよ。この島で案内人をしていると、たくさんの人に出会うことが出来る。

 臆病な人。横暴な人。よく笑う人。塞ぎ込んでしまう人。急にこの海を泳いで出て行こうとする可笑しな人も居たね。

 その誰もが何かしら大切な記憶を失っている。そんな彼らの過去や人生を見ていることが好きなんだ。


 やっぱりそこまで価値があるものだとは思えない? まあ、一般的にはそうかもね。

 でも、よく考えてみてよ。

 どんな人にも必ず大切に想っている記憶がある。

 臆病な人には臆病になるだけの理由が。横暴な人には小さな優しさがあったり。よく笑う人の裏には悲しい過去があった。

 そんな彼らの歩んできた人生は、それぞれがひとつのドキュメンタリー映画なんだ。僕のちんけな記憶よりも彼らの美しい人生を眺めている方が楽しいんだよ。


 ははっ、確かに悪い趣味かもね。それでも僕は辞めないよ。あの頃よりも今の方がずっと生きている実感が得られるから。


 とまあ、話が横道に逸れたね。

 何か質問はあるかな?


 ……うん、わかった。

 この島の村長に挨拶したら案内は終わりだよ。もしも記憶の欠片探しに手こずったら言ってね。何でも手伝うからさ。


 まあそう言わずに。別に君の記憶についてどうこう口を出すわけじゃないんだ。これはただの親切心で、案内人としての務めさ。



 それじゃあ、君が無事に元の場所に戻れるよう祈っているよ。


 君の過去と未来に幸運を。

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