お題 「野菜の本音」

上殻 点景

第1話

 初夏に恋する乙女たちも去り、繁盛している野原が揺れるのを束の間。

 学生は、我が身に迫ることを心に感じ、執筆堂書店は今日も閑散としていた。

 

 レジの前に座る女性は、紫煙を吹かせ、年中同じような雑誌を片手に、眠たそうな目をしている。


 対して、レジ前で待つ少年は。急かす様子もなく、様子を見守るだけであった。

 手に持っていたであろう本は既にレジに置かれ、皆に使い古された紙が自己主張をすることなく乗っている。


 「煙子さんって、いつもタバコ吸ってますよね」

 「ああこれか」


 煙子さんが吸うタバコは不思議だ。不思議というのは匂いが変わった、煙が青いとかではなくだ。せいぜい、飴玉を口の中で交差点に群がる車のように転がしている、としか感じないのが関の山であろう。


 「前に来た客に口うるさく言われてな」

 「うるさく言われた、とは」

 「書店内でタバコを吸うのは非常識だー、や匂いが本に付いたらどうするんだー」

 「それはまた」


 難儀な客だ。大方、ぽつりと街の発展に取り残されたような書店だから物珍しさで入ったか、ただただお目当ての古書があったのかは知らないが、水槽の気泡が消えるように浮いては弾けを繰り返すような思考は、彼女の前では無駄であろう。

 だから、といって匂いを消したり、煙を消したり、ましてやタバコの存在を消してまで吸おうとする意味不明な人は彼女ぐらいなものであろうが。どうせ、またいつもの癖で、試したい本があったとかそんな理由かもしれないが、僕の頭にはあまり思考として存在しない考えなのでこの案は却下しておこう。


 「まあ、どうせ今頃後悔しているさ」

 「また、何か仕掛けたんですか」

 「ちょっくら、頭が涼しくなるだけさ」

 

 毎日忙しく働く書店の店長をいじめた罰さ────っと彼女はニヒルにつぶやくが顔はどう見てもいたずら小僧と大差はない。実際、レジ打ちを急かした自分も右手と左手の感覚が入れ替わったり、自分を3人称視点で見ることになったりと、彼女の気分を害してもろくなことが起こらないことは知っている。知っているが、どうにもなんというか、彼女にいじめられるという言い方は語弊を招くから────遊ばれるというのを悪くは思ってない自分がいる。だから今日も、今日とて彼女の前に立ち、言葉では言わぬがレジの催促をするという奇妙な構図が出来上がっている。


 「いやはや、もうこんな時間か」


 まあ、少しどんくさい彼女が僕の言いたいことに気付けるとは思ってもいないのだが。

 

 「なんだその辛気臭い顔は」

 「いえ、何でもありません」

 「青白い顔をしていても意味はないぞ、ビタミンを取れビタミンを」

 「毎日、野菜は食べてますよ」


 一体どこで仕入れてきた知識なんだろうか。毎回読んでるのは大体、週刊誌だし。知識を得れそうな本を読んでいるイメージは、滝が下から流れるレベルで合わない人だ。とすれば見聞きした話か、経験談という線が大いにあるが彼女は基本的に書店以外で見たことはない。まさか、大航海にでもいっていたわけでもあるまい。流れるように流れ、知るように知っているだけの僕にこれ以上の推察は無理とも感じれる。


 「今日はだなおいしい黒ビールが入ってな」

 「僕は未成年ですけど」

 「誰が貴様にやるといった」

 「じゃあ、何で言ったんですか」


 愚門である。どうせいつもの自慢したいからであろう。彼女の趣味ぐらいは大体わかっている。貧乏性で、見栄っ張り。身に宿した天才性で国一つは買えそうな頭脳なのに、いつも居眠りさせているという、見る人が見たら身投げどころか逆立ちするであろう。

 

 「じゃあ、感想待ってます────でいいですか」


 これで満足してくれないだろうか。彼女からしたら水面に水が一つ落ちたような気分かもしれないが、僕からしたら大津波に匹敵する。尺度というか、定義というか、人の話で彼女を語るにはあまりにも無理が多すぎる。故に僕は嵐が収まるのを待つ動物でいないといけないというのが悲しみだ。


 「本としては完璧だが、私への回答とては赤点だな」

 「では、どうしろと」


 少し強くなった語彙に、心が震える。もちろん怯えているのであって、決して彼女にどうこうされるのが楽しみという訳ではない。


 「簡単だ、私が夕食を食べるのを見てなさい」

 「はっ?」

 「君は私がおいしそうに食べるのを、ハンカチで口を縛るが如く悔しがるんだ」

 「はぁ」

 「なんだね、その顔は」

 「いや......」


 ギリギリだ。口が裂けても、貧乏舌の学生の前で、貴族の姫がやるような行為を成したとしても、味どころか行動の素晴らしさの、らの字も伝わらないのではない、とは言えない。少なくとも言ってはならない。彼女の夢を砕くというのは、些細に残った男としての信念として許される行為という訳でない。


 静かな柳のごとく彼女の食事を見つめ、嵐に充てられた枝のごとく歯を食いしばるとするのが結論か。


 「ふーん、そうかそうか」

 「何か不機嫌になるようなことをしましたか」

 「はい、決定ッ。君は、今日私と夕食だ」

 「どうしてそうなるんです」

 「私の気が収まらないからな。以上以下ではあるまい」


 どうやら今日も何かに付き合わされるのが決まった。

 僕としては、隅に糸を張る蜘蛛のように彼女を見てればいいんだが。どうしてこうも光を当てようとしてくるのか。

 この筋書きに光が当たることは二度とは無いだろう。ないから奇跡であったりするのだが。もし、糸を手繰りよせれる人間が数多く表れたなら、少しは必然を期待してもいいのだろうか。




 ストレスや 

 煙草吸う人に 

 食べられたい 

 ビタミンたっぷり 

 野菜の本音

 

 ────淡雪

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お題 「野菜の本音」 上殻 点景 @Kagome_20off

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